東京オリンピックを巡って、朝日新聞社の東京五輪組織委員会とのスポンサー契約が時事問題化している。朝日新聞社は読売新聞社、毎日新聞社、日本経済新聞社と共に組織委と「オフィシャルパートナー」契約を結んでいる。
新聞社は株式会社、利潤の最大化が目的
ちなみにこれら五輪組織委のスポンサー新聞社など国内新聞社が自社を呼称する際、「社」を省略し、「株式会社」であることを伏せ、「公器」と自称する場合がほとんどである。朝日新聞は株式会社という組織形態を取り、この目的は一般企業と同様に利潤の最大化である。
ちなみに、筆者が主宰する五輪専門メディア「Around The Rings(ATR)Japan」は、鮫島さんの「SAMEJIMA TIMES(サメタイ)」と同様、筆者の個人メディアで、ボランティア記者の集まりである。ATRJと本部のATRは編集長同士の信頼関係で成り立っており、資本関係はない。
ATRJの調べでは、新聞社のスポンサー契約の内容は、東京五輪パラリンピックという呼称とロゴ・マークの使用権、商品/サービスのサプライ権、大会関連グッズなどのプレミアム利用権、大会会場でのプロモーション、関連素材の使用権、となっている。
この調査はこれら新聞社が五輪組織委とスポンサー契約を結んだ2016年に実施した。その際、組織委の戦略広報課は、「詳細な契約内容については、契約上の守秘義務により開示しかねます」と回答した。
ジャーナリズムの三大原則は「独立性」「批判的視座」「市民社会への誠実性」
報道機関の主目的は公権力を監視し、市民社会に危機を警告することである。ゆえに、英語ではウォッチ・ドッグ、日本語では社会の木鐸といわれる。権力を監視するためのジャーナリズムの基本原則として、1)Independence(取材源からの独立性)、2)Critical(事実関係への批判的視座)、3)Integrity(市民社会への誠実性)―の3点が求められる。
朝日新聞社は公権力を監視する報道機関である。当然、朝日新聞社も以上のジャーナリズムの原則を死守する義務がある。五輪組織委は朝日新聞社の取材源でしかもスポーツ界の公権力である。一方で、朝日新聞社は五輪組織委とのスポンサーシップという利害関係を持つ。
朝日新聞社は五輪組織委との経済的な独立性を担保できているとは言い難い。また、世間の人々に対するこの問題の情報開示とその説明責任といった誠実な態度があるとも思えない。つまり、この時点で、朝日新聞社は報道機関としての機能を失い、五輪組織委という公権力の広告機関に成り下がった。これは読売新聞社、毎日新聞社、日本経済新聞社とて同様である。
「透明性」を欠く五輪組織委スポンサー新聞社
報道機関としての公権力への独立性について、朝日新聞社は2016年当時、ATRJの取材に対して、以下の通り回答した。
報道機関として公正な報道の立場を貫いています。オフィシャルパートナーになったことによって、IOC や大会組織委、スポンサー企業などへの取材が甘くなったり、本来あるべき報道を損ねたりするようなことはありません。また、朝日新聞は社内で『編集の独立』が保障されており、経営サイドなどから編集内容への介入はありません
また、朝日新聞社はATRJに対して、五輪組織委とスポンサー契約を結んだ理由として、「オリンピック憲章で謳われている『スポーツを通じ、若者を教育することにより、平和でより良い世界の構築に貢献する』という理念に共感し、過去の2002 年サッカー・ワールドカップなどのスポーツ・イベントのスポンサー経験もあったことから今回の契約に至った」と説明した。
ついでながら、朝日新聞社以外の2016年当時の五輪組織委のスポンサー新聞社の回答もここで紹介しよう。
ATRJ は読売新聞社に対してFAXと電話で再三に渡り取材を申し入れた。だが、読売新聞社は木で鼻をくくるように「プレスリリースとその当時の紙面以上のことは伝えることはない」と回答した。そのプレスリリースは以下だ。ちなみに「サメタイ」の既報にあるように、この新聞社は世論調査を歪めてまでも、五輪組織委に加担している。
読売新聞は、2002 年から 12 年にわたり新聞界唯一の JOC オフィシャルパートナーとして日本代表選手団を応援し、2 度にわたる東京招致活動も支援してきました。この間、報道機関としては、読者の信頼に応える公正な報道に努めてきました。今後もこの立場を堅持しつつ、東京 2020 大会がより良い大会になるよう選手たちを応援するとともに、障がい者スポーツの振興にも一段と力を注いでまいります
サメタイの読者の方々はもうお気づきであろう。つまり、読売新聞社は、正体不明のコンサルタントへの不正送金など汚職まみれの東京五輪招致委員会と一心同体だったわけだ。その紙面から招致活動への反省は一切見られなかった。
日本経済新聞社も同様に取材を申し入れたが、同社広報課は「プレスリリースで発表したことと、当時の紙面に書かれたことがすべてで、それ以上に伝えることはない」と回答した。このプレスリリースは以下の岡田直敏社長の声明だった。
東京2020 オリンピック・パラリンピック競技大会をオフィシャルパートナーとして応援できることは大きな喜びです。この大会が日本の先端技術や伝統文化などを世界に伝え、日本経済の活力を一段と高める場になることを期待しています。日経は英経済紙のフィナンシャル・タイムズ(FT)グループを仲間に迎え入れ、これまで以上に良質なコンテンツを発信していきます。スポーツはもちろん、日本経済や社会の躍動する姿を伝えてまいります
この声明文で興味深い下りはFTに関する箇所だ。日本経済新聞社が英出版大手PearsonからFTグループを買収した際、欧米のジャーナリストからFTのジャーナリズムの独立に懸念の声があがった。日経新聞社は企業の収益結果などのニュースを公式発表前に特権的に入手していると批判された。日経新聞社は取材先や公権力と経済的な利害関係があり、報道機関としての資格を疑問視された。この一例が日経新聞社と五輪組織委のスポンサー契約であるのだろう。
最後は毎日新聞社である。この新聞社の紙面にATRのエド・フーラ編集長が「五輪を語ろう」というコラムを持つ。同新聞社の社長室広報担当は「公表されているものを超えて、特別なものはない」としたうえで、詳細な内容については守秘義務があると回答した。また、五輪スポンサー契約については以下の回答を得た。
大会パートナーであることと、報道機関としての毎日新聞が業務をなすことは切り離されています。大会組織委員会から大会パートナーとして報道に特別の便宜が図られたり、報道のための特別の情報がもたらされたりすることはありません。紙面をごらんになっていただく通り、パートナーになって以降も、読者、市民の立場に立って報道することに全く変わりはありません。大会の成功のために は、正当な批判も必要であると考えます
五輪組織委とスポンサー契約を結んだ朝日新聞社は一方で5月下旬、社説で東京五輪は中止すべきと主張した。この際、スポンサー契約を破棄するのか、夏の高校野球大会の開催も中止するのか、ということに関しては沈黙した。これらについては「サメタイ」の鮫島主筆の論考に詳しい。
乃木希典や新渡戸稲造に「野球と其害毒」を語らせた後に高校野球の主催者に
スポーツ・イベントとの関係で朝日新聞社の二枚舌はいまに始まったことではない。明治時代後期、東京朝日新聞社は乃木希典や新渡戸稲造を動員して、その紙面で1カ月以上にわたり「野球と其害毒」と銘打った特集を打った。
それが大正時代初期になると一転した。野球と教育の相乗効果を説くようになり、大阪朝日新聞社は現在の夏の高校野球大会を主催することになった。その際、大阪朝日は以下のように紙面で主張した。
「運動競技界における最も必要なことはよき鞭撻であり、監視であり、更によき指導であるといへよう。・・・積極的に各種の競技を自ら計画し又後援するようになったのも、この精神から出発したものに外ならなぬ」
朝日新聞社が高校野球を主催した背景には、経営の安定化と業務の拡大があり、その一環として読者を呼び込みやすいメディア・スポーツに着目したのである。現在、朝日新聞社が五輪組織委とスポンサー契約を結ぶのはこれと同じ文脈だろう。
なぜ、朝日新聞社が五輪組織委とスポンサー契約を結んだのか
前置きが長くなってしまった。さて、ここからが本題である。サメタイの読者のみなさんらは、「なぜ、朝日新聞社が五輪組織委とスポンサー契約を結んだのか」という点に興味があるようだ。筆者の実体験に基づいて、その謎解きをしていこう。
朝日新聞社が五輪組織委と結んだスポンサーシップの契約額は15億円とも60億円とも言われる。これについては両者とも契約内容の秘匿義務を盾に公開する気持ちは毛頭無いようだ。「公的な国際イベント」に関する「公的機関」と「新聞という公器」との契約が公開されない、というのはどうも腑に落ちない。実態は私的な機関と私的な営利企業との随意契約なのだろう。
公表した契約内容は以上に示したとおりである。あの内容で数十億円もするとは思えない。ここで筆者の妄想を披露したい。
筆者は1996年アトランタ五輪で共同通信のアトランタ支局員として、アトランタ五輪組織委と記者用の宿舎の割り当て交渉をした。メイン・プレスセンターはアトランタ市内の中心地にあった。
筆者はそこに接続するホテルをと交渉したのだが、組織委担当者にはスポンサー用だとして断られた。結局、そこから徒歩10分の宿舎を確保することができた。五輪閉幕後にホームレスのシェルター(保護施設)になるアパートだった。
アトランタ組織委の担当者は日本のメディアではここがプレスセンターから最も近いと太鼓判を押した。この時点で、共同通信社は宿舎争奪競争で朝日新聞社と読売新聞社を出し抜いたと自負していた。
五輪が開幕すると、朝日新聞社と読売新聞社の記者が、なんとプレス・センターに隣接する豪華高級ホテルから出勤してくるではないか!このホテルはIOCとスポンサー契約を結んだ日本の大企業の宿泊施設として使われているはずだった。
そして筆者は、誇り高き共同通信社がホームレスの家などに押し込めるなど言語道断と、周囲からいわれなき非難を浴びまくった。そのおおもとは当時の共同通信社運動部長、その後社長に上り詰めた石川聰氏である。この石川氏は現在、東京五輪組織委の内部組織、メディア委員会の副委員長をつとめる。
五輪スポンサー契約にはロゴの使用権以外にも実際にはいろいろある。ここでサメタイの読者には2018年平昌冬季五輪当時を思い出してもらおう。
この大会のチケットは事前に完売したと報じられていた。だが、ふたを開けてみると観客席はガラガラ。実はこの空席、オリンピック貴族とスポンサーに割り当てられた席だった。あまりの寒さにスポンサーやその顧客が競技場での観戦をためらった。
そう、五輪のスポンサー契約には実際、宿泊施設の優先割り当てと、五輪チケットの割り当てがあるのだ。
ちなみに平昌五輪取材で、筆者がATR本部からあてがわれた宿舎は競技場からもメイン・プレスセンターからもあまりに遠すぎる、場末のラブホテルだった。平昌五輪はマイナス20度の凍てつく中行われ、多くの大会ボランティアが離脱したことも話題になった。
五輪開催地の好立地の宿泊施設のほぼ全てとチケットの約半数がオリンピック貴族とスポンサーが事前に配分される。一般の人々に五輪チケットがなかなか手に入らないのは、このためでもある。
「消息筋」によると、朝日と読売はアトランタ五輪期間中の紙面の広告枠と宿泊施設とをバーター取引したそうだ。これであれば、現金のやりとりもなく、帳簿にも残らない。まるでマネー・ロンダリングの手口のようだ。
今回の東京五輪でもスポンサーに対して高級ホテルや競技場の特等席があてがわれる。つまり、五輪期間中のホテルやチケットはスポンサーの取引先への絶好の接待資源になる。
オリンピックなど国際的なスポーツ・イベントのプレミアム・チケットは法外な値段で取引される。例えば、五輪開会式のチケットがヤミ値で正規の値段の10倍以上することもがよくある。
これは筆者が実際に「調査報道」した経験があるから、よく分かる。世界3大スポーツ大会のゴルフのマスターズ・トーナメントを取材したときのことだ。1996年当時、地元住民に優先される3日間の練習ラウンドのチケットが99ドルだった。本戦のチケットはほとんど手に入らない。
そこで筆者はこの「市場価格」を調査しようと、場外でうろつく複数のダフ屋に記者証の値段を聞いてみた。この記者証は試合を観戦できるだけでなく、記者室で配られる無料のクラブ・サンドを好きなだけ食べられるし、記者会見にも出られる。しかも、選手の社交場となるクラブ・ハウスにも出入りが可能だ。
この記者証の値段はなんと、2万ドル(約240万円)!の値が付いた。これを記事にしたのだが、速攻でボツになったうえ、東京のデスクからこっぴどくお叱りをいただいた。
また、話が脱線した。賢明なサメタイの読者は、もうお分かりだろう。つまり、特等席の五輪チケットは入手が困難だが、スポンサーならばそれが可能だ。しかも、23区内の高級ホテルの割り当てもある。朝日新聞社の経営難は明白だ。新聞事業以外のビジネスを開拓する必要がある。
ここからは筆者の妄想になる。これまでの朝日新聞社のスポーツ・イベントとの経緯から類推すれば、朝日新聞社は新規・既存の広告主や取引企業に対して、長期契約の見かえりとして、五輪期間中の宿泊施設や五輪のプレミアム・チケットを分配する。それも、帳簿に残らないようにと、現金取引でなく、バーター取引として。この部分をぜひ、朝日新聞社の記者に取材してもらいたい。
この記事は、米五輪専門メディア「Around The Rings」日本版(ATRJ)にも同時公開されます。筆者の小田光康さんはATRのボランティア記者として長野五輪からオリンピックを取材してきました。SAMEJIMA TIMESはATRJと連携し、東京五輪について報道していきます。
小田光康(おだ・みつやす)1964年、東京生まれ。麻布大学獣医学部環境畜産学科卒、及び東京大学運動会スキー山岳部卒。パブリック・ジャーナリスト兼社会起業家、明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所所長。専門はジャーナリズム教育論・メディア経営論。現在、東南アジアの山岳少数民族に向けた感染症予防メディア教育開発プロジェクトに携わる一方、長野県白馬村でコーヒーのフェアトレードとヒツジ牧場の経営を軸とした地域振興策に関わる。将来の夢は白馬村でコーヒー屋とヒツジ追いを経験したのち、タイ・ラオス・ミャンマーを転々とするオートバイの修理工とゾウと水牛の獣医師になること。写真はタイの屋台で焼き鳥にかぶりつく筆者。