前回のコラムは日本の衆議院選挙と豪州の政治を振り返って「民主主義の政治は、お金を使い数で勝った一部の人々のためだけでなく、みんながより幸せに、ハーモニーのように暮らせる社会をつくることではないか」という内容を書きました。
同時期にオーストラリアで起こっていたのは、警察+権力者(州政府)VS一般人(虐殺反対)の対立でした。人々からは「虐殺は歓迎され、虐殺を反対する人々は罰せられる」「豪州は警察国家ではない!」という強い非難が巻き起こっています。(後半で書きます)
良心は邪魔になるのか
日本の衆議院選挙後の様子を見ると、違う雰囲気を感じました。「チームみらいは、批判しなかったから賛同を得て、議席を伸ばした」」「高市首相も他党を非難しなかった」という、まるで〝批判や非難”が悪い事のように、そして、「裏金や宗教団体との利権関係には、目をつぶれ」「大したことがない」とでも言うような雰囲気をつくっているかのように、感じました。
〝不正を批判するの?しないの?”これが、日本とオーストラリアの大きな違いだと感じました。日本文化の特徴、同調して協力できることは、美徳であり、世界から称賛されています。それが、モラルに反することにまで、同調してしまうと、“おかしな社会”になってしまう、のではないでしょうか。
日本でも、不正やおかしいことを批判する政治家や人々がいます。しかし、それらの人々の声が、エコーチエンバー内から広がらないのは、世論に大きな影響を与える大拡散機である大手TV局や新聞社が”おかしい事”や”不正”を厳しく追及せず、ジャーナリズムの役割である、〝人々に注意喚起しない”からだと感じます。
立候補していた三好りょうさんは、2月18日の伊勢崎賢治さん(参議院議員)の池袋での街頭演説を取り上げ、次のように投稿していました。
最後の「魂の預け先を間違えなければ、議席は近づく。良心は逆に邪魔になる」という言葉が印象的でした。
〝紛争解決請負人”と呼ばれ、長年国連で働いてきた伊勢崎賢治さん(参議院議員)は、2月18日れいわの新体制・池袋街宣で次のように訴えていました。
「半年前に(参議院で)当選して、総務省に当選証書もらいに行った時 与野党超えて、『よかった。よかった』ってすごい、なれ合いなんですよ。そうは、なりたくないね、って『こういう連中みたいにならないようにしようね』って堅く誓い合ったんですよね。奥田(ふみよ)さん…』」
「統一教会の問題。TM(True Mother文書)これが出ちゃったわけですね。もし同じことがアメリカで起きていたら、どうなると思います?外国の宗教団体や団体が、国内の政党の政治活動・資金繰り、これらに密接に関与したことが、証明されたら国家反逆罪と言います。今エプスタイン問題で大変なことになっているでしょう。司法長官がつるし上げられているでしょう。問題は違うけれど、ああいう状態になるんです。ほっとかないんです政治が。こういうことは国家反逆罪なんです。これに対してメディアが動かない。日本の野党も動かない。日本にも(国家反逆罪と)同じようなものがあるんです。外患誘致罪って言うんですけど、刑は〇刑しかなくって、ちょっと怖いんですけど、まだ使われたことがない法律なんですけどね。それくらい重大なんですけど、たぶん日本社会は、その重大さに気づいていない。単なるスキャンダルで終わってる。〝国家の安全保障を揺るがす大問題”なんです。そういった連中がスパイ防止法と言ってるのが、またおかしい…」(こちら街宣の動画)
そして、伊勢崎さんは「“日本を戦争をしない国。子どもたちを戦争に送らない国”にすることがミッションです。それができれば、潔く辞めます」とも訴えていました。
統一教会、TM文書、裏金は、政治家が、利権を得るために、国民ではなく、外国の人々のために行われていたならば、外患誘致罪につながる可能性があり、重大問題だということでしょう。日本の大手メディアが、こぞってこれを指摘し批判し、報道すれば…。
野党が結束して、これを厳しく追及すれば…。立憲民主党の多くの候補者たちが、モラルに反して同調せずに、野田佳彦前代表に”ノー”を突き付けて、公明党と組まずに、団結して公約を守る形で立候補していれば…。与党を厳しく批判し、対峙する候補者たちや小さな政党が、もっと議席を取っていたかもしれない…。そんな思いが、よぎりました。
批判は悪口なのか?
“批判は必要な事だ”と分かったのは、オーストラリアでした。学校で出さなければならないエッセイの内容に内省した”批判的な考え方”が組み立てられていなければ、合格できない、という経験でした。批判は、”良いものにするための善いことだ。必要だ”という考えが一般的です。これは、高校教育でも行われています。(こちらNSW州のWeb )
教育の在り方が、社会の在り方、人々の考え方に大きな影響を与えることを実感しました。
中小企業や個人事業主が倒産に追いやられ、非正規を増やし、物価高で、より税金が増える消費税。その消費税廃止に反対し、緊縮派の石破前首相には、あまり良い印象がありませんでした。しかし、おにぎりの食べ方にいちゃもんを付けるのは、政治と関わりのない悪口のようで、不可解でした。
伊勢崎さん(参議院議員)は、パレスチナでの惨状を終わらせ、パレスチナ国家承認の活動のために尽力している数少ない議員です。そして、それを実現するための超党派の人道外交議員連盟をつくり、石破前首相も参加していたそうです。成果として、石破前首相の国連でのスピーチに 「これまでにない強い言葉で、イスラエルの蛮行を日本政府として糾弾する」という言葉を入れたことだ、と話していました。
大量虐殺反対は罰?
批判的思考を大切にしているオーストラリアでは、“人権や言論の自由”が脅かされていると感じる人々が、各地で大きなデモを起しました。去年12月シドニーのボンダイ・ビーチでハヌカを祝うユダヤ人の人々のうち、15人が射殺されました。主犯は、警察に射殺され、その動機は語られません。反ユダヤに関する事件が相次ぐ中、「なぜ警察は、予防のためのより厳重な警備をしていなかったんだ」という非難があります。
この事件を機に、豪州では”イスラエル政府批判は、反ユダヤ(ユダヤ人差別)”で、罰せられるという法案が可決されました。石破首相のスピーチ「これまでにない強い言葉で、イスラエルの蛮行を日本政府として糾弾する」と言えば、豪州や欧州では罰せられたり、ビザを取り消されたり、強制送還されるかもしれません。私の知り合いも職場で「イスラエルは、残酷なことをしている」という発言が、厳しく注意され、クビになる恐れもある、という話をききました。
しかし、他の国々は、批判しても、構わないようです。?マークが飛び交います。
歴史で知らされる事、知らされない事
ここでは、私が不思議や疑問を抱くことですが、真相は定かではないので、読者の方の想像力で、点と点を繋げて考えていただければと思います。
私を含む、ほとんどの日本人は、学校教育でホロコストやナチスのことを知らされ、多くのユダヤ人の人々が命を失ったことを学びます。そのせいか、歴史的に印象に残る出来事として、私の頭の中にはめ込まれました。
例えば「東洋のシンドラー」とも呼ばれた杉原千畝(リトアニアの日本人外交官)は、第二次世界大戦中、迫害されていた多くのユダヤ人にビザを発給し、彼らの亡命を手助けしたことは、美談としてで知られています。
そして、私が日本の学校教育で知らされず、知って驚いたことは、以前に31回で書いた、政府による自国民の大量虐殺の歴史です。ソ連では主に約1927年~1953年に、中国では文化大革命(1966~1976年)の間です。
これらの時代のそれぞれの国では、共産主義という(全体主義)のもとに、私財をもつことを戒められ、人々は計画的な大農場や工場での労働を強いられます。それに反対する人々は、裁判では冷笑され、罰せられたり、処刑されたり、独裁的政治だったといわれます。これらによる死者は、何千万人とも言われ、ホロコーストの数を、はるかに上回るようです。
現代では、民主主義と聞こえの良い名前に変わりましたが、高い税金で、厳しい生活が強いられ、高い相続税で、住宅や土地を持つことさえ、難しくなっているようです。一方で、他国へは巨額がプレゼントされ続けます。自国民には、経済的困難を強いているようでなりません。
オーストラリアでは、相続税はありません。”死への税金”と呼ばれ、人々は強く反対しています。
なぜ、自国民の大量虐殺が行われたという、ソ連の大粛清と中国の文化大革命の悲劇については、詳しく教えられないのか、取り上げられないのでしょうか。
その時、ソ連では、ヨシフ・スターリン(ロシア人ではなくグルジョア人)が、中国では、毛沢東が独裁的リーダーでした。1949年末から2か月間、毛沢東はソ連を訪問し、スターリンと親交があったとされます。
豪州では、毎年1月27日は、ホロコーストを思い出す日として追悼が、報道されます。1945年のその日は、ユダヤ人の人々が強制収容されていたアウシュビッツ強制収容所から解放された日です。そして、ナチス軍を破り、ユダヤ人の人々を解放したのは、スターリン率いるソ連軍だったことも報道されます。なぜ、スターリンは、自国民を迫害する一方で、ユダヤ人の人々を解放したのか?
「大量虐殺が問題だ。ユダヤ人差別ではない」
オーストラリアでは“問題の置き換え”が、問題視されています。イスラエル政府は”大量虐殺非難はユダヤ人差別だ”として、ガザでの出来事を容認するようにしているようです。また、豪州政府が、パレスチナの国家承認をしたから、反ユダヤ(ユダヤ人差別)が広がっているとも非難され、イスラエル政府批判を禁止する、法律が制定されました。与党が、過半数を占めるので、難しくありませんでした。
これに対して、「自由・人権が、奪われる」と大きな反対の声が、上がっています。
2月9日 ボンダイ・ビーチでのユダヤ人の人々の射殺事件後、ユダヤの人々を慰めるために、イスラエルのヘルツォグ大統領が、豪州政府により招待されました。
これに対して、強い反対の声が豪州各地で上がりました。理由は次のとおりです。
①ヘルツォグ大統領は、イスラエルを代表する存在で、国際司法裁判所はイスラエルがジェノサイドの罪で告発されている事件を審理しています。
②国連の調査委員会は、ヘルツォグ大統領は、ガザに落とされる爆弾にサインをしたり、攻撃を煽る言動があるとして、認定しました。
③これらの理由で、ヘルツォグ大統領の訪問に反対する人々がおり、国が分断されるからです。
風の流れを変える
シドニーでは、ボンダイでの事件後、デモ行進が禁止されましたが、“ヘルツォグ大統領の訪問に反対”と“虐殺反対”抗議のために、タウンホールに多くの人々が集まりました。(参照はこちら)
私もいたたまれずに、向かいました。そこで、目にしたことは、戦時中の日本にタイムスリップしたような錯覚をする出来事でした。広場は、デモが広がらないようにか、警察に包囲され、身動をとることが困難でした。私が見た範囲では、過激で暴力的な抗議者は目にしませんでした。“パレスチナ人の解放”“虐殺反対”という平和を求める声が強く上がっていました。
ヒジャブと呼ばれるイスラム教のスカーフを被った、女性を囲む警察官に、人々がブーイングを続け、警察官が立ち去って行きました。
報道では、両手を上げて(非暴力を示す)抗議者に、襲い掛かり暴力をふるう警察官たち。ビデををとる高齢者に突然襲い掛かる警察官たち。祈りを捧げる人々を、掴み上げ引きずり出す、警察官たち。ひ弱そうな若者を何度も強打する警察官たち。警察の突進で倒れ「本当に怖かった」と証言する入院した高齢の女性(こちら)など、信じられない光景でした。NSW州知事(労働党)は、警察は困難な状況をよく管理した、と称賛しました。しかし主要メディアも、SNS同様にPolice Brutality (警察の暴力)だと報道しました。(詳しくはこちら。過激な映像が含まれるので、ご注意ください)
まるで、抗議に参加させないように、見せしめに”怖い目に合わせている”という声もありました。
以前紹介した、児童虐待と闘い、克服し、撲滅活動を続けるティムさんのスピーチが注目を集めていました。彼女は次のように抗議集会で激しく抗議しました。
「いわゆる民主主義国家では、ジェノサイドで利益を得ている!私たちのような平和的な抗議者を罰する一方で、爆弾に署名した戦争犯罪者を両手を広げて歓迎する」
「 from Gadigal to Gaza, globalise the intifada !」と叫ぶと歓声が沸いていました。Galsigalとはアボリジニ(豪州先住民)の言葉で、シドニー周辺を指します。intifadaは、パレスチナで「蜂起」という意味で、「シドニーからガザまで、蜂起を世界に巻き起こそう」と訳せるでしょう。これは法律で、禁句とされようとする表現です。(こちらその様子)
このような、恐怖にも関わらず、抗議は続いています。反虐殺のユダヤ人団体・パレスチナ擁護グループ・グリーン党等、議員たち・弁護士たち、それを支持する人々が“不当な警察の暴力””表現の自由の規制法廃止”を訴えています。不当だと思われることに、どれだけ人々が、“同調せず、団結して、声を上げられるか”にかかってくるようです。
冒頭の写真は、もう一つの禁句とされようとする言葉、”From the river to the sea, Palestine will be free” (ヨルダン川から地中海まで、パレスチナ人を自由に)を描いた手製のポスターを掲げる人です。
下の写真は、2月9日の抗議の様子です。





今滝 美紀(Miki Imataki) オーストラリア在住。 シドニー大学教育学修士、シドニー工科大学外国語教授過程終了。中学校保健体育教員、小学校教員、日本語教師等を経て早期退職。ジェネレーションX. 誰もがもっと楽しく生きやすい社会になるはず。オーストラリアから政治やあれこれを雑多にお届けします。写真は、ホストファミリーとグレートオーストラリアン湾の沖合で釣りをした思い出です。