今回は読者からのリクエストのあった「AUKUS」(英米豪の防衛協定)や日本との関係について、豪州の一般の人々・各政党・専門家の見方やメディアの報じ方をお伝えしたいと思います。ここ数か月、豪州で活発に議論されているテーマです。Japan日本に言及されることも度々あります。
日本と豪州が似ている点は、米が最重要同盟国であり、地理的にアジアとの関係が深いことでしょう。
一方、違う点は外交・防衛問題についての主要メディアの報じ方です。この違いが日豪の政治的・社会的な違いを生み出していると思います。
前回の記事を紹介する鮫島さんのツイートに対し、日経記事「原潜を最大五隻購入 豪紙報道」を紹介しながら「(豪州は)中国への敵視による軍事的包囲網を英米と進めている」と指摘するコメントがありました。この見方について私は懐疑的です。
日経が取り上げたシドニー·モーニング·ヘラルド紙(SMH)の報道は、軍事産業と関わる中国タカ派(China Hawks中国に攻撃的)のみの専門家を集めたもので、豪州では不安を煽っているという議論が巻き起こっています(こちら参照)。Twitterでもトレンドになりました。
日経の記事は、SMHの記事の断片を取り上げたもので、記事の背景を深く読み込まない日本の主要メディアにありがちな報道だと感じます。
公共放送ABCでは、専門家·政治家·一般の人々等がスタジオに集まり、全国生放送で論議する『Q+A』という番組が毎週放送されます。
2月14日の放送では、83歳の女性が「生まれてからずっと戦争が続いて、ますます厄介になり、よい世界になりそうにありません。他国と摩擦を生む中、豪州は米と英に縛られる軍事同盟AUKUS(AU豪:UK英:US米)を結びました。従わなければならないのですか」と質問しました。与野党第一党の議員は、いつものように同盟国の大切さを話しました。
しかし女性は納得していない様子で、更に「ベトナム戦争をはじめアメリカに引きずられて豪州は数々の戦争に行かされた。再び戦争に参加するのですか」とたずねると、司会者はグリーン党議員のみを指名しました。「グリーンは絶対に戦争にも原子力潜水艦(原潜)にも反対します!」という答えに大きな拍手が湧きましたが、与党の労働党と野党第一党の自由党の議員は答えませんでした(以下のユーチューブでその様子が見られます)。
AUKUSとは2021年に前政権(自由党+国民党〈宗教裕福層派、自民党に似ている〉)のモリソン前首相が「アメリカとの関係は強固で永遠だ」と宣言して豪英米と結んだ新たな軍事同盟です。政権交代後の労働党政権もこれを引き継ぎました。
3月14日に英米からたった8隻の原潜を$368ビリオン(約40兆円)で購入することが与党や国会内で議論することなく、首相·外相·防衛相の最高機密Top Secretとして決定され、突然発表されたのです。あまりの不意打ちに、豪州国内ではキツネにつままれたような大きな驚きが広がりました。
2030年代に米から到着する3隻は中古で管理や維持が難しく、残り5隻は英米のデザインと技術をもとに豪で建造され、完成まで最低30年は要するという代物です。
Guardian ガーディアンの世論調査によると、55%は巨額の費用に値しないと考え、19%は分からないと答えました。過半数の豪州国民はこれに納得していません。
日本でも生活苦の方が増える中、米から軍事品購入が約15年前に比べて約30倍(1兆5千億円)に膨れ上がっていると知りました。米が費やす膨大な軍事費用を、日本や豪州の国民が、時代遅れの売れない武器を破格の価格で買い取ることで肩代わりしているようにしかみえません。
日本でこれを指摘する議員の方を見つけましたが、他にもいるのでしょうか。主要メディアは全国に伝えているでしょうか。
前述のSMH紙3月8日は、戦争が3年以内に起こる可能性があり、軍事力を高め準備しないといけないと報道し、一面には仰々しいイラストとタイトルが飾られていました。また沖縄とグアムが戦火に落ちれば、米兵がオーストラリア北部に撤退することが計画されており、豪政府はそれを恐れているということが記されていました。
私の周囲の人々にたずねると、これまで米が起こしてきた数々の残酷な戦争やウクライナのことを考えれば驚かない、という反応でした。
これに対し、中国との友好を深めてきた労働党の前首相Paul Keating氏が、3月15日にNational Press Club全国記者クラブ(政治家、専門家、話題の人を招く記者会見で、ABCが全国へ生放送します)に招かれ、AUKUSについてメディアとの質疑応答を行いました。その激しく辛辣な内容はユーチューブでも配信され、大きな反響を呼びました。
現職の記者や政治家は、反発を招かないように当たり障りのない発信に終始しがちですが、Keating氏はすでに退職して失うものがなく、思う存分に痛快な発言を連発し、まるでエンタメのようでした。Guardianガーディアン紙は「もっとも記憶に残るKeating氏の会見」と表現しました。日本にも当てはまる部分が多く、日本の政治家やメディアに向けられた批判のような錯覚さえ覚えました。
その会見の内容をまとめると以下のようになります。( )内は私見や説明です。
1 労働党の首相・外相・防衛相への非難
AUKUSと原潜の購入は、今までの労働党政権で最悪の取引だ。8千トンもあって巨大で見つかりやすい8隻の原潜によって広大なオーストラリア大陸を守れるはずがない。一握りの爪楊枝を投げつけるようなものだ。従来の豪州産を数多く備える方が遥かに安いし、より国を守れる。
本当の目的は、原潜を中国付近に展開させて中国の核反撃を抑え、米のスーパーパワーを東南アジアで維持することだ。英米に繋がれた手錠に自ら鍵をかけたようなものだ。
英米豪首相のサンディエゴでの発表会は歌舞伎ショーだった(岸田首相夫人の米訪問やG7広島サミットもショーの一部ではないでしょうか)。3人のうち巨額を支払うのは我らのAlbo(豪首相・労働党)だけだ。Brexitブレグジット(EU離脱)の失敗で、ヨーロッパで居場所を失った英首相は Sucker(騙されやすい人)を探していたんだ。豪州には今、扱いやすい首相、問題から逃げたい外相、米に近い防衛相がいる。「再びアジアに影響力を及ぼすことができるいいチャンスだ!」ということで、豪州ははめられたのだ。
外国で花輪を掛けてもらってお金を配って回ることが外交じゃない。国を守り繁栄させるため、大国である中国や米とどう渡り合うかが外交だ。地域に平和をもたらす解決方法を提案しなかったんじゃないか。AUKUSに同意することで、自らは(英米や政権時代にAUKUSを締結した野党第一党、自党のAUKUS賛成派からの攻撃にさらされる)リスクを避けることができるが、それは自らの政治信条を曲げることになるんじゃないか。
(以下はAUKUS式典を伝える英首相のツイートです)
2 アメリカについて
米にとっては、中国が自分たちよりも成長し、力をもつことが問題だ。彼らのPlaybook(脚本)に、それは記されていない。
米が世界のリーダーとして数々の戦争を起こす中、4000年の歴史がある中国は、悠々と国内の成長に集中し経済·生活水準·教育を発展させた。より発展させるために一路一帯をアフリカ、南アメリカ、ヨーロッパではポーランドまで伸ばし、約140か国と協力して交通路、港、インフラ整備をしている。争いではなく繁栄をもたらしている。(IMFによると、2023-2028年までの間に中国の世界経済への貢献は米の2倍になると予想されています。日本の中でいくら誹謗中傷しても、広い世界では中国と協力し繁栄をどんどん築こうとしています)
中国は永遠に米の戦略の支配下にいたくないんだ。それが罪なのか?
寝ている犬を蹴飛ばすように、事を荒立てようとしているんだ。(Not let sleeping dog lie. They are kicking it. そう言えば小さな子どもが、寝ている犬にしつこくちょっかいを出し、大怪我をすることはよくあります)
中国は東には興味がない。西のアジア、中近東、欧州、アフリカに目を向けている。(日本には米軍との基地が30もあり、警戒はしているでしょう)
3 メディアとのバトル
ここから先は、氏とメディアの激しいバトルの様子を紹介します。
豪州には日本と同様に中国に厳しい主要メディアがあります。しかし氏は、適切ではないと思う質問を、遠慮なく指摘し非難しました。
The Australian紙の「中国も原潜を造っているが、どちらがより挑発的か」という質問には「米は、はるかに中国を上回る軍事費を使っている、何で『挑発的』という言葉を使うんだ。間違った言葉の使い方だ」と指摘しました。
Sky Newsの「なぜ中国は攻めてこないと思うのか」に対しては、「なぜお互いに有益な貿易をしているのに攻撃する必要があるんだ。8千キロ離れた大陸からなぜ危険や犠牲を払って攻めてくる必要があるんだ。君が質問しようとしているのは分かるが、質問はあまりに非常識過ぎて答えられない。まずSky Newsのイメージを払拭しないといけない」と言い返しました。(確かに中国と豪州の間にも、数々の米軍基地があります)
ABCが「中国は豪州への貿易制裁や東シナ海で領海を犯すような巡航をしているが、脅威ではないのか」と質問すると、「米は『国際海洋法という海の憲法』に批准していない、だから東シナ海で中国が警戒している。貿易のトラブルを、軍事の脅威に置き変えるのは、話が飛躍しすぎている。愚問だ」と非難。ABCがすかさず「サイバーアタックはどうだ」ときくと「サイバーアタックは米や露もしているじゃないか。世界の状況を把握していない質問だ」と一蹴しました。
前述のSMH/The Age紙の「ウイグル人権問題はどう思うか」というお決まりの質問に対しては、次のように反論しました。
「先週の記事はショッキングな内容だった。高潔さや誠実さに欠け、君は恥じらいの中に頭をもたげなくてはいけないほどだ。その上、こうして公共の場で厚かましくそんな質問をするなんて驚いている。自分を奮い立たせてオーストラリアのジャーナリスト界から出て、正しいことをするべきだ。中国タカ派の意見を集めた、あの記事は偏見に満ちた悪質なものだ。インドに豪首相が訪問した時、仏教支持政策のもとイスラム教徒に対する残虐な行為について誰一人として質問しなかった(こちら参照)。自分はウイグル問題を擁護しない。でも、中国に対するウイグル問題の侮辱は、中国への対抗意識から発生している。もし中国が豪州の長年の人権問題とされる刑務所での原住民の高死亡率を指摘したらどうだろう。偉大な外交は、相手の社会内部の問題を同じテーブルで指摘し合っていては成り立たない」
SMHは「私たちは、我社のジャーナリズムを誇っています。国内に論争を起こすという大切な貢献ができました」と反論しました。(確かに、このように違う見方や考え方も大きく取り上げて紹介されることで、人々に考えるきっかけを与え、議論が巻き起こり、平和を願う声が強まり、広まったと感じます)
その後、同記者が再びウイグルについて言及すると、氏は「君は誠実さが足りない、なぜなら君が支持するインドのモディ首相のカシミアでのイスラム教徒に対する問題を同じように認識し取り上げないからだ。インドに対しては優しいだろ」とダブルスタンダード(二重基準)を指摘しました。(後日、ABCから分析記事が出され、他の国々に存在する人権問題が指摘されました。日本でも入官での外国人に対する人権問題があると聞きます。豪州の人々は自国や同盟国の過ちや悪い点は棚に上げ、いつまでも特定の国のみを非難し、自国の人権問題を一向に解決しようとしない、ご都合主義ダブルスタンダード二重基準に、飽き飽きしていると感じます)
同記者の「自分の党をAUKUSで厳しく批判したが、労働党を分断することにならないか」という質問には「豪首相には『党より国を優先しなければいけないCountry before party』と助言した。長期戦略の国益を馬鹿げた党内闘争やいざこざで妥協してはいけない(労働党には、左の庶民派と、右の裕福層派·米寄りのグループがあります)。代々労働党はアジアや中国との友好関係を築いてきた。AUKUSの問題を理解しないといけない」と説明しました。(この会見に労働党議員からの非難·誹謗中傷はなく、首相を含め歓迎している議員たちがいるという報道がありました)
氏の遠慮ない発言にYoutubeやSNSでのコメントには、言いたいことを代弁してくれたという多数の賛同が寄せられています。「KeatingはSMHの質問に答えなかったけど、見事な切り返しだった」と称賛するツイートもありました。
この会見後、豪首相や主要大臣は「特定の国は挙げず、原潜は一般的な防衛のためで、主権を守るためだ」と強調したうえ、「アジアでの戦争は大惨事だ。決して起こしてはいけない。落ち着いて対応し、中国との関係を発展していきたい」と説明し、9月には豪首相の中国訪問が発表されました。
これに対し、ジャーナリストPeter Cronau氏は、豪国民の大半が米中戦争への関与に反対しているのに、それを報道しない主要メディアを批判しています。彼は寄稿で「戦争賛成派の圧力、シンクタンクThink Thank(軍事政策研究所)の恐ろしい噂を広げる人々(scare-mongering)、軍事品の宣伝、ジャーナリストへの悪意のある有害な情報の流出・国防担当者たちの自信、政治界のリーダーたちの疑わしい主張に、人々は気づいているようだ」と指摘しています。
アジアでは、日本と台湾だけがAUKUSの原潜契約に好意を示す一方、東南アジアのほとんどの国々は核兵器禁止条約に参加しており、核が平和目的以外に使われるのではないかと心配したり非難したりしています。太平洋の島々では、1950,60年代に英米の行った核実験の舞台となり被害を受けた歴史が今も鮮明に思い出されるようです。また、米か中国か、選択を迫られることを嫌っているようです。
豪では最近、中国と中東のリーダー、EU議長、フランスのマクロン首相、プーチン首相が好意的な会談を行っことが伝えられ、ウクライナ戦争を終結し、戦争のない新たな世界づくりが始まるかが注目されています。米国は対抗意識からか、この動きに消極的です。
日本はどうするのでしょうか。このダイナミックな世界の流れに乗ることなく、ただ盲目に米に従っていくのでしょうか。
豪上院のJordon議員(脳性麻痺ながら23歳の最年少で5年前に当選。第3勢力のグリーン党)は、3月21/22日の国会で、AUKUSを批判し、米の戦争への参加を止めるよう次のように力強く訴えました。
「国会の議論が無く$360ビリオンの公金を英米軍事工場に与え、AUKUSは豪州に危険を招いている。最大の惨事だ。国の主権を弱体化している。英米と永遠に鎖を繋ぎ、跳べと言われれば、とれだけ高くですかと米にお伺いを立てる。Keating前首相の正しい批判と会見に、2大政党は黙ったままだ。今なお戦争と平和の正しい判断ができない議員たちは、自分の利益だけを考えている。ベトナム、イラク、アフガニスタンの人々は米が襲ってきた戦争で大変悪質な訪問者だったことを知っている。米は自国利益のために争いをつくり、自国利益のために戦いを止め、ただ戦地から立ち去った。豪州の人々はこの無謀な国のことを深く理解している。自分たちの主権と独自の平和への道を描くべきだ」
3月27日ABC番組「Q+A」の全国生放送では、米の前共和党議員が「米は聴かない時もあるが、目標に達するために協力し合わなければいけない。同盟関係を信じている」と発言すると、Jordon議員は反論し「また別の悲惨な戦争より、この国にはやらなくてはいけない大切なことがあるんだ。あなたは百年の友情の話をするが、ベトナム戦争や戦争犯罪に付き合わされた。20年間で$トリリオン(何十兆円をも)をつぎ込んで、アフガニスタンでは、国を破壊しタリバンを復活させただけだった」と伝えました。
日本は第二次世界大戦後、平和憲法が国と国民を守り、戦争に参加せずに済みました。その尊さを否定し、多くの政治家は自己利益を優先して戦争ができる憲法改悪へ動いているようです。
豪州では、世界大戦後も米の数々の戦争に付き合い、千人以上の兵士が亡くなり、もううんざりしているようです。最近の世論調査では、90%が戦争に参加する場合は国会で議論して投票することを望んでいることが示されました。
ひとり一人の国会議員に、戦争参加に賛成するのか反対するのか、明確な態度を示すように迫ることは、戦争から国民を守ることになるでしょう。
シドニーから電車で南西へ10分ほど行くとMarrickville(豪首相選挙区) という町があります。冒頭の写真はその町のストリートアートです。ベトナム戦争から逃れてきた難民の人々が住み着き栄えてきた町です。ハーブが効いたベトナム料理の香りが漂います。そこで3月19日に “No to AUKUS and War on China ”「AUKUSにも戦争にもNOノーだ」という平和集会が開かれました。会場はいっぱいでした。
労働党や第三勢力のグリーン党David Shoebridge議員も参加しました。氏もCronau氏と同じように「メディア·軍事産業·エリート気取りで出世欲に満ちた非道徳な政治家たちの最も強力な勢力が団結して『戦争だ』と吠えている」と伝えたのが印象的でした。数々の顔が思い浮かびます。(こちら参照)
最近よくWar-mongerやFear-mongerなど、戦争と危機を煽る人々を指す言葉をよく見聞きするようになりました。日本でもそのような人々に心当たりがあるのではないでしょうか。
同盟国は大事ですが、一国の世界覇権への欲望のために、多くの庶民が犠牲になり、常識を超えた莫大な軍事費や度重なる自分勝手に始めた戦争への参加まで強要されるのならNO!と言うべきだと思います。
一握りのWar-mongerやFear-mongerとその仲間たちの乱暴な大声に押し切られることなく、反対の声をより高く上げなくては、と思いを新たにしました。
今滝 美紀(Miki Imataki) オーストラリア在住。 シドニー大学教育学修士、シドニー工科大学外国語教授過程終了。中学校保健体育教員、小学校教員、日本語教師等を経て早期退職。ジェネレーションX. 誰もがもっと楽しく生きやすい社会になるはず。オーストラリアから政治やあれこれを雑多にお届けします。写真は、ホストファミリーとグレートオーストラリアン湾の沖合で釣りをした思い出です。