(前回の話)日本ではAORの名盤『ジャック・マグネット』で名前が知られるヤコブ・マグヌッソン。もう少し正しくはヤコブ・フリーマン・マグヌッソン。彼は驚異的な情報網を持ち、物怖じすることなく積極的に物事をおしすすめる。私はいつもその姿に脱帽する。
彼と初めて会ったのは、二回目のアイスランド訪問時だったと記憶している。うーん、3度目の時かなぁ。どちらにしても現在のホテル・ナトゥラ、旧ロフトレディルに泊まっていた時のことで、突然部屋に彼からの電話が入った。
「日本から音楽関係者が来ていると聞きつけた、明日ぜひ会ってほしい」
え”〜〜、どこから私のことを聞いたのぉ?レーベル・オーナーでアイスランド著作権協会の人らしい。そんな偉い人に単なる音楽好きの私が会っていいのか(萎縮するのは日本人の悪いくせ)。会いたいと言われても何が目的かわからないし、こちらは権力も財力も何もなく、空が広いとか静かだというどーしょーもない理由でレイキャビクが好きなだけなので、会っても時間を無駄にさせるだけだ。よって全力で断ったが、相手はどうしても会ってやる!と思ってるらしく、結局は私が折れた。
言い負かされて会うことになったが、変なウソ電話かもしれない。とはいえ、失礼なことは避けたい。私はヤコブなる人の身元を確かめたく、当時懇意にしてもらった故インギムンドゥル・シグフースソン駐日アイスランド大使に電話を入れた。
うろたえている私に大使は「ユーカ、アイスランドは日本とは違う。会社に属してないとか、経済力がないとか心配しないでいい。話をしたいと言われたなら、会って話をすればいいじゃないか」と諭された。どうやらヤコブは有名な人らしく、大使も知り合いだという。とりあえずは詐欺とか、そういうのではないことが判明した。
あの頃の私は40代前半で、フリーランス活動歴はすでに長く、初対面の男性と仕事の話をすることが苦手だった。仕事の話が苦手なのではなく、相手の反応を思うと臆病というか、億劫になるのだ。まして話の内容が音楽関係ということ以外はわからない相手と、何を話せばいいのやら・・・。
ヤコブは印象的な人だった。身長が190センチはあろうか、長いコートをひるがえして歩く姿にスター性を感じたし、男性の平均身長が180センチのアイスランドでもひときわ長身の細身で目立っていた。見た目もかっこいいし、そして何にも増して弁が立つ。この人、本当にいったい何者?
その時の話をよくは覚えていないが、たぶん彼の提案に、私がことごとく無理だと言ったであろうことは簡単に想像がつく。それでも彼はそれがダメならこうすれば?と、次々にアイデアを出し、私を押し切ったのではと。で、彼と会うと、いまだに毎回そのパターンだし。
彼はアイスランドのポピュラー音楽史上最強のグループ、スツーヅメンのキーボード奏者であり、音楽著作権協会の会長を長年務めた人だ。アイスランド出身アーティストといえばビョークやシガーロス 、ムーム、近年ではアウスゲイルを思い浮かべる人も多いと思うが、アイスランド国内ではスツーヅメンの方が100倍人気が高い。自分は政治家になる気持ちはないというけれど、政治の世界にも影響力があり、音楽家の著作権料にかかる税金を引き下げる法案を通した立役者でもある。前述の名盤は、アメリカは西海岸のなうてミュージシャンを起用して制作しているし、ロンドン在住時代の作品にも、そうそうたるメンバーが参加している。
付き合いが長くなり理解できるようになったのは、彼が物事に取り組む時はとても積極的で、周囲を上手に巻き込み、あれよあれよという間に、乗せてしまわれる説得力と人間的な魅力がある。そう、なんだか知らないけど、性格がチャーミングなのだ。
最初に出会って以来、アイスランドを訪れる度に彼にはお世話になり、自宅に何度もお招きいただいた。現在は私が最も信頼している音楽関係者で友人だ。
会った当初彼から「日本でアイスランド音楽祭をやろう」と提案された。彼は物事をサクサクと計画していく。「どのくらい資金が必要かな?コストは航空運賃、宿泊費、会場代が大きなところかな。600-800万円もあればできるよね。日本とアイスランドが折半するとして。ユーカ、それじゃ外務省へ行こう!」という具合だ。
思い返せば愛知万博の件でシッギと文部科学省へ行く前に、私はヤコブに連れられて外務省へ行ったことがあった。お役所嫌いの私はそれを断ったけれど、彼のミーティングの補佐として来てくれと言われたので、主役じゃないならいいかと思って行った覚えがある。その時に彼の口から出た言葉が衝撃だった。
「こちらのユーカが日本でアイスランド音楽専門のレーベルを立ち上げるので、つきましてはアイスランド音楽フェスティバルを氷日共同開催したいと考えています!」
え”〜〜、そんな話したっけぇ?!レーベルの話はあったけど、ダメになったって説明しなかったっけぇ?!アイスランド人、どこまでいい加減なんだぁぁぁ・・・・。
その時の外務省の担当のひとりが、後に駐日アイスランド大使となるエリン・フリーゲンリングだったようで、東京の大使館で彼女に会った時、「ずっと以前、一度レイキャビクでお会いしましたよね」と言われて、目が飛んでしまった。(次回に続く)
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小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、アイスランド在住メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。本場のロック聴きたさに高校で米国留学。学生時代に音楽評論家・湯川れい子さんの助手をつとめ、レコード会社勤務を経てフリーランスに。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。アイスランドと日本の文化の架け橋として現地新聞に大きく取り上げられる存在に。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。