政治を斬る!

こちらアイスランド(10)どの役所も女性が上司で男性は部下だった〜小倉悠加

ところ変われば、常識もひっくりかえる。

日本の常識が世界の隅々まで通用するとは思っていない。ほんの2年間弱とはいえ、北米に住んでいたこともある。現地の家庭で暮らし、アメリカでは高校に、カナダでは大学に通った。日本との文化差は、少しは認識があるつもりだ。当然ヨーロッパや北欧では、北米とはまた異なる物事の違いがきっとあろうという意識は持っていた。なのにアイスランドでは全くの無防備が露呈した。

2005年、愛知万博が開催される。アイスランド音楽を扱う会社を前年に起こし、自社からCDをリリースしたアーティストを、この機会に愛知万博へと意気込んだ。会社とは名ばかりで、実態はしがないフリーランスの延長にすぎない。音楽家を招聘する財力は、基金や政府団体に頼ることになる。

日本国民の多くがそうであるように(違ったらごめん)、私は役所が嫌いだ。仕事は遅いし、形式的なことばかりウルサイ。平等なのか融通がきかないのか、解釈はそれぞれだろうが、私はここに「生理的にキライ!」という意味不明の言葉を使うことにする。

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2004年一般投票によりアイスランドの国花とされたHoltasóley(チョウノスケソウ)

自社レーベル第一号アーティストであり、ジャズ大学の学長であるシグルヅル・フロサソン(通称シッギ)から「文部科学省へ相談に行こう」と言われた。ゴッ冗談でしょう。そんな大きな組織が動くわけがない。私は数々の理由を連ねて文部科学省のミーティングを断った。時間と労力の無駄と切り捨てた。

シッギは温厚で、私のどのような言葉も包み込んでくれるが、この時ばかりは彼も譲らなかった。「アイスランドの政府機関は怖くないから」とかなだめられて、引っ張られて、しぶしぶ連れて行かれた気がする、

政府機関だ。アイスランドにしては、ものものしいセキュリティだった。ドアが二枚あり、最初のドアをくぐったところで守衛に用件を伝え、担当者にアポの確認がとれて、初めて次のドアが開かれた。

エレベーターで上階へ登ったあと、シッギと私が通されたのは、ごく普通の会議室のような場所だった。

私の横には背広の紳士が座り、目の前にはスーツ姿の女性が着席した。まずは男性に名刺を差しだした。が、その紳士から名刺は女性に渡すようジェスチャーで促された。「確かに。ここは北欧。レディファーストの国だ。それでは女性から」と名刺を渡し終え、話を始めた。

「アイスランドと日本は島国の捕鯨国仲間で仲良し、人口は日本が一億二千万人、アイスランドが28万人で隔たりがありますがーー」と切りだすと、

「あら、人口は28万4千人ですよ」と間を入れず、女性から訂正された。

1億2千万人の国にいると、人口は10万人の単位でも細かいと感じるほどだ。まして数千人を正されようとは!誤差のような細かな数字を指摘されたことに若干の衝撃を受けながら、話を進めた。

愛知万博のアイスランド・デイにシッギのカルテットを送り込んでほしいというお願いだ。私の言葉は終始男性に向けられた。しかし常に言葉をはさんでくるのはこの女性だった。なるほど、偉い人は口を挟まず、細かい点はアシスタントに任せるのか。

それがアイスランド流なんだ ーーー と思った。

ホテルに戻り、名刺をよく見れば、文科省の上司は女性で、男性は彼女の部下だった。頭の中が真っ白になった。私は男性の方ばかりを向いて話していた、いろいろな事情を説明してくれた女性に対して「よく口を挟む女だ」などと心の中で思っていた。

なんとも無知だった。いや、刷り込みだった。日本では政府高官の女性などほとんど見かけない。主要職は男性に決まってる。私は無意識に男性が担当で、女性が助手であることに疑いもしなかった。

あ〜、恥ずかしい。この一件で、男女差別というタールのような黒いものが、身体の芯に、べったりと染み付いていることを知った。頭の上から、バシャリと冷や水をかけられた気がした。目覚めよ、自分自身が男女差別の権化であることを。

さまざまなアイスランドの民族衣装をまとった人形

その後、外務省、産業省等、いくつかの政府間公機関に顔を出した。どの省庁も女性が担当者で、時々現れた男性は部下か、日本との関係に興味がある別部署のスタッフだったりした。ちなみにその時の外務省で会った担当のひとりは、後に2018年から3年間、駐日アイスランド 大使として東京に駐在したエリン・フリーゲンリングさんだった。

観光省へ行った時も同じだった。受付に用件を伝えて通されたのが男性職員のオフィスで、一通り話しをし終えた後に「それならもっと適任者がいる」と、女性職員のオフィスに通された。悪い癖のようなもので、その時も「私の提案は格落ちで、部下の女性に回されたか」と思った。実際はその女性が観光省のトップ責任者だった。後日知ったのは、観光省は女性でないと出世できないと言われていること。男性から「逆差別だ」と指摘されることさえあるらしい。

世界男女平等指数はアイスランドが世界一だ。2021年現在、12年間その地位を独走状態。日本はトップにはほど遠い120位。世界最下位の仲間。指数計算に偏りはあるが、その偏りを差し引いても、大変に残念ながら、その差は私の実感と合致する。

アイスランドで誰かに仕事の話をするのは、さわやかな体験ばかりだ。名前の通った社名などを持たなくても、外人の女性であっても、隔たりなく、きちんと話を聞いてくれる。話をする相手が男性であっても、セクハラまがいの嫌な体験をしたことは、一度もない。仕事の話を、仕事として真面目に受け止めて応対する。サクっと話して終わる。話を途中で折り、続きは場所を移しませんか、とか、今度飲みに行きましょうとか、そんな言葉やそぶりは一切ない。

空気がさらさらしてる。

そんなこと当たり前、のはず。でも、それが日本では当たり前ではなかった。特に会社名の鎧のないフリーランスの私には、ベタベタがつきまとい、辟易していた。深く考えれば考えるほど気分が悪くなので、あまり考えないようにした。アイスランドでの体験をとおし、改めて、当たり前であるべきことが、日本では稀有であることに気付いて、ショックだった。

女性の政府高官、医師、弁護士、会社社長、アイスランドではまったく珍しくない。私の部屋の階下に住む女性は、2018年フォーブス誌発表の、ヨーロッパの女性起業家100名の中に名を連ねる。仲良しの音楽ショップ店長の奥さまは弁護士で、去年日本の富士製薬が出資する製薬会社の代表に就任した。音楽プロジェクトの相談をよくするミュージシャンの奥様は病院のトップ。音楽フェスの代表者のパートナーは人権派の弁護士で、現在は国会議員として活躍する。警察のトップも女性だし、アイスランドの首相も女性。

書き連ねればゴロゴロ。
そしてこのように、なぜいちいち「女性だ、女性だ」と、まるで見せ物のように書き立てなければいけないのか。人口の半数が女性だ。女性が社会の中枢で活躍することが珍しい国の方が、なにかが違ってないか。変だぞ日本。

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小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、アイスランド在住メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。本場のロック聴きたさに高校で米国留学。学生時代に音楽評論家・湯川れい子さんの助手をつとめ、レコード会社勤務を経てフリーランスに。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。アイスランドと日本の文化の架け橋として現地新聞に大きく取り上げられる存在に。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。