日本の何が恋しいかといえば、桜。
次に恋しいのが、野菜。
外食がつづき、野菜不足におちいるのは日本でも同じこと。アイスランドに自宅ができて、落ち着いて生活をするようになれば、野菜不足は自ずと解消される。そう思っていた。
実際、本当に移住したいかを自分に問うため、2ヶ月半ほどレイキャビクに滞在した際は、野菜不足を感じなかった。
ところが、パートナーと暮らすようになってから、野菜を食べる機会が消滅した。
日本の手抜き食といえば「ごはん、納豆、のり」だろう。こちらではそれがチーズ、パン、クラッカーに当たろうか。どちらも美味しいし、特にチーズと納豆は発酵兄弟だ。文句はない。
私自身が食事を作る時は、なけなしの野菜を使う。アイスランドのスーパーへ行けば、それなりに野菜はある。けれど、日本で普段の料理に使っていたような、煮炊きに耐える野菜は少ない。
「毎回同じなんだよなぁ。ズッキーニ、マッシュルーム、パプリカ、玉ねぎ。乳製品のバターはとびきり美味しいし安いから許すけど……」
季節は夏になり、我が家でもバルコニーにアイスランドの夏の風物詩であるバーベキューのグリルを置いた。夏の間、家の中での調理は私、バーベキュー係は彼が嬉々として就任した。
バーベキューは、肉、肉、肉になりがちだ。なので予防線は張った。「野菜を増やして。野菜!野菜!」と。心やさしい彼は、二つ返事で「もちろん、よろこんで!」だった。そんな会話を、何度か繰り返した。
それでも、いっこうに野菜が増える気配がない。肉にプラスされた付け合わせは、じゃがいもとパプリカと玉ねぎの炒めたもの。その付け合わせ野菜でさえ、私が彩を指導してようやく加えられたものだし、パプリカや玉ねぎは焼くと水分が抜けて縮むため、探さないと見えないほど頼りない存在になってしまう。ズッキーニが入ったとしても同じことだった。
他の在氷日本人からも、似たような話をよく耳にする。留学生の日本女性が、友人に野菜不足を嘆いたことがある。「わかった、そしたら今日は野菜がたくさん食べられるところで食事をしよう!」持つべきは心やさいい友人だ。彼女は期待を大きく膨らませて、友人とランチへくり出した。
そこはハンバーガー・ショップだった。サラダを頼めってことかな?と思ったが、友人はハンバーガーを頼めば、たっぷり野菜がついてくるという。それならと彼女はハンバーガーを頼んだ。
ハンバーガーは素っ気ないトレーに乗せられてきたが、サクっと焼かれたバンズから、緑の葉とトマトがみずみずしくのぞいていた。美しい直線のグリルでの焼き目がついた本格的な肉も挟まれていた。付け合わせは定番のフライポテト。どれも美味しい。さすが評判が高いだけある。
あれ?
確かに緑の葉とトマト、きゅうり、玉ねぎのみじん切りは入っていた。けれど、たっぷりの野菜はどこに? もしやアイスランド人にはバーガーに挟まれていたあの野菜が「たっぷり」だったのか。
「野菜、あんまり入ってないよね」と正直に伝えたところ、友人からは「あれじゃ足りないの?私には十分たっぷりだったよ」という返事が返ってきたという。
私もラーメン二郎のような「野菜ましまし」を彼のバーベキューに期待した。が、食卓に出てくる野菜の量は、どう見ても野菜ましましどころか、「野菜を間違えて入れてしまいました。取り除きましたが少し残ってます。平にご容赦を」程度だ。
「野菜入れてね」「オッケー」「もっと野菜増やして」「オッケー」「野菜だけど、もっともっとお願いできたらうれしいなぁ」「わかった!」
こんな会話を一ヶ月ほど続けた時だったか、彼が悲壮な面持ちで私に打ち明けた。
「野菜が欲しいというから、毎回野菜を出してるけど、それでも野菜、野菜っていうよね。僕はもうどうしていいかわからない。」
「私も気になってたのよ。アイスランド人は野菜を食べない人も珍しくないくらいだから、野菜が少しでも付いていれば、野菜が多いということになるの?」
「・・・野菜の量は毎回たっぷりあるよね。なぜユーカは野菜が少ないって言うのか、僕にはわからない」
もう泣けてくる。文化差なのか、食生活の差なのか。前述の学生も同じことだった。アイスランド人にとっての野菜の量と、日本人が思う野菜の量には、文字通り日本とアイスランドの間の、大海を隔てたような認識の差があるのか。
「じゃがいもだけでも一人前たっぷりあるところに、パプリカ、ズッキーニ、玉ねぎも入れるよね」
え”ーーーーーー。
今、お前なんつった?じゃがいもぉ?!じゃがいもかよ!!!
泣けるやら笑うやらだった。彼女の友人も、私のパートナーも、野菜と聞いてすぐに思い浮かべたのがじゃがいもなのだ。けれど、日本人のいう野菜不足に、じゃがいもは含まれない。よね?!
それを彼に説明すると、「農作物なのに、なぜじゃがいもが野菜に入らない!」とおかんむり。ごもっともです。
じゃがいもは農作物だ。けれど、日本人のいう野菜不足に、根菜、イモ、スターチの権化であるじゃがいもは入らないんですよ〜、としか説明できない。主食である米も農作物ではあるが、野菜に入らない。理屈ではなく、とにかくそうなのだから仕方がない。
アイスランドは土地が痩せている。火山国であり、火山灰や溶岩が積もる大地には、農作物が育たない。
この痩せた土地で唯一作ることができたのが、じゃがいもだった。日本の戦中戦後、イモが主食だったことをふと思い出す。じゃがいもはそれほど、どのような条件でも作付が可能なのだろう。アイスランドのじゃがいもは、半径数センチのごく可愛らしいもので、滋味にもあふれている。じゃがいも特有の土臭さが少なく、甘い味付けもあう。ディスる気持ちは毛頭ない。
野菜=じゃがいも。その道筋に何の不思議もない。農作物が豊富な日本の常識を、アイスランドで振り回した私の落ち度だ。じゃがいもに恨みはない。それでもじゃがいもを、野菜として認めることはーーーできない。
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小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、アイスランド在住メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。本場のロック聴きたさに高校で米国留学。学生時代に音楽評論家・湯川れい子さんの助手をつとめ、レコード会社勤務を経てフリーランスに。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。アイスランドと日本の文化の架け橋として現地新聞に大きく取り上げられる存在に。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。