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こちらアイスランド(4)この国の甘海老にはあの大事なものがない!ない!ない!〜小倉悠加

今回は甘海老の話。ししゃもの次に、日本のスーパーでよく見かけるアイスランド産の海産物が甘海老だ。

さすがに海老は魚のエサではなく、人間が食べるために売られている。けれど、日本の甘海老とは様子が違う。前回に引き続き、「なんで?」と疑問が走る存在なのだ。

まずは日本の甘海老の刺身を見てみよう。平たいプラスチックの皿の上にパッケージされたエビは、 ①殻付きエビ本来の姿のまま、②頭も尾もあるが胴体はむき身、③頭がなくむき身と尾がある。至れり尽くせりだ。

頭が欲しければ①でも②でもいい。刺身が食べたいだけなら③で十分だろう。スーパーの特売会場で、解凍された甘海老(殻&頭付き)がバケツのような容器の中にドンと入れられ、量り売りとなっている場合もある。

見た目、用途により、使い分けができる。さすが日本、芸が細かい。そして、一見してすぐに海老だとわかる形で販売していることが多い。

思うにこれは、「お頭」を含めた「姿」を重要視する日本文化の反映であり、殻付きの方が手間も省けるから人件費が浮いてそのぶん安く販売できるという経済性であり、身も美味いけど、実は殻や頭の出汁が魅力、というあれこれの総合であろう。私は「出汁が魅力派」に属する。

観光客としてアイスランドを訪れていた時代に、あちこちの地元のレストランでエビスープの食べ比べを楽しんだ。アイスランドに拠点を移した当初、日常使いでとても楽しみにしていた食材のひとつが甘海老だ。絶対に味噌汁の出汁にしてやろうと狙っていた。

なのに、どうしてこうもアイスランドの食材は私の期待を裏切ってくれるのか。
 
安売り店、高級店に関係なく、甘海老の姿が見えない。魚の専門店にもない。期待を胸に鮮魚売り場や冷凍ケースのあちこちを見ても、日本で見慣れた甘海老の「あの姿」がない。でも誰に尋ねても甘海老は必ず売っているという。

そして、見つけた。私の探し方が悪かった。先入観に支配されて意識が行き届かなかったのだ。

アイスランドの甘海老は、日本人主婦歴の長い私が思うプラ皿に行儀良く乗ってる「あの姿」ではない。身を小さく丸くして、所狭しと満員電車のようなぎゅうぎゅうの袋入りで売られていた。ヒュルっとした髭のあるお頭付きではなく、むき身という変わり果てた姿での出会いとなった。

ほしいのはそれじゃない!
 
身があることはいうまでもなく、頭がなくてどうする。世の中を動かすのは甘海老の頭の味噌汁だ。私は夢見ていた。湯気の立つあまい磯の香が染み込む汁を、頭の先のトゲトゲとしたところを避けながら、やけどしないように、そっとひとくち。それから頭の中をひらいて、ミソをチューっと吸う。芳しい香りをとことん味蕾におしつけるため、舌も鳴らしちゃったりする。私は猫か?

甘海老で叶う夢。安上がりだ。

似たような夢は、果たそうと思えば、手長海老で実現可能ではある。けれど、それは10尾で4-5千円する高級品だ。私は「こんなにお安くて、こんな美味なものを楽しんでる」自分に酔いたいのだ。高級品ではその醍醐味を味わうことができないーーと強がって書いたが、実際は財布事情が許さないだけ。

甘海老の頭入り味噌汁という庶民の夢を、アイスランドは奪った。それはししゃも以上に、罪深い。

「ししゃもは魚のエサであるから人間は食わん」は潔かった。オール・オア・ナッシングである。甘海老は、オールでもナッシングでもなく、その中間のどこか、納まりの悪い場所を陣取っている。

少し前にアイスランドでは甘海老が冷凍むき身で売っていると書いた。ごめん、嘘じゃないけど正確でもない。正確には「茹でた冷凍むき身」だ。

これで甘海老の罪がさらに重くなる。

茹でむき身のどこが不都合かといえば、不都合だらけ! 殻から出汁は取れないどころか、ものによっては茹で過ぎで身がパサパサ。塩味が濃いだけで、海老の滋味に欠ける。解凍するだけでサラダに使えて便利!という謳い文句は、百歩譲ってアリだとしよう。でも生で冷凍して。お願い。だって日本人は刺身で食べたいから!

しかし、アイスランド人は生で食べることなど考えも及ばないらしい。考えたとしたらさらに言語道断。エビをあの姿のまま食べるのが、薄気味悪いらしい。乗り越えられない壁である。それは勇敢な船乗りでも無理だと言われる。
 
以下はよく耳にする話。

釣り船に乗っていた若い日本女性が「これ、一尾もらっていいですか?」と新鮮な甘海老を指す。どうするのかと屈強な体つきの船員が見守るなか、彼女は殻をむき、透明な身をするりと口の中に入れる。船員はその瞬間凍りつき、驚きとも脅威ともわからない「グワッ」という叫び声をあげる。彼女は口の中で広がる味覚に満足げだ。船員は何を目撃したのか理解できず、放心状態だ。「あり得ない。こいつはエビを生で食った」。 心の中でそう打ち震えているかのようだ。すると彼女の友人も続き、楽しげに殻をむき、同じように生のその身を口に入れる。
一人目の女性が特殊なのだと言い聞かせようとしたところに、二人目までも。
小柄でかわいらしい日本女性たちは、船員のリアクションがおかしくて笑い転げ、船員は今見たことが信じられず、うろたえるばかり。「船員さんも食べれば?美味しいよ」と彼女たちが勧めても、彼の顔は青ざめるばかりだった。

スシのネタとして魚を生で食べるのは、この国でも珍しいことではなくなった。魚の切り身だけではなく、帆立の刺身をメニューにするレストランも出てきた。この流れでいけば、地元の新鮮な甘海老を、スシに活用する日もいつかは来るだろう。長生きせよ、私。
 
アイスランドの甘海老は、煮えきらずもどかしい。夢の恋人の存在は確かなのに、どこかですり替えられ、別の彼が手元に届いてしまったような落胆。むき身はいらないから、頭だけでも売ってよ!


小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、アイスランド在住メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。本場のロック聴きたさに高校で米国留学。学生時代に音楽評論家・湯川れい子さんの助手をつとめ、レコード会社勤務を経てフリーランスに。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。アイスランドと日本の文化の架け橋として現地新聞に大きく取り上げられる存在に。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。