「エサ」が来た。念願のあの「エサ」だ。日本のスーパーのどこにでも置いてあるのに、輸出国であるアイスランドでは一切見ない幻の「エサ」。アイスランド近海のタラは食べてるのに、なぜ私のところに来ないのか?!
「こちらアイスランド」の愛読者であれば誰でも知っている(はず)のアレのことだ。え?忘れた?!そしたらこちらをご一読あれ。
やっとアイスランドでししゃもにありつくことができた。それもきっかけはこんなツイッターだった。
元のツイートは、ししゃもの産卵期にあわせて出張に来ているアイスランディックジャパン株式会社のししゃも担当者が発信していた。それをたまたま目にした私が、「せっかく今の今、新鮮なししゃもが獲れてるのに、アイスランド国内に出回らないなんて」と、アクリル板の向こう側にあるにんじんを見つめる馬のような気持ちでコメントをした。
するとすぐに、「現在ウェストマン諸島にいますが、帰国前にはレイキャビックに数日滞在しますので、手作りの寒風干しシシャモをお持ちしましょうか?」という、すごーく心優しく気持ちのいい響きの言葉を投げてくれた。
それまでブリブリ怒りながら半分泣いてた私はどこへやら。「手作りの寒風干しシシャモ」の言葉に食いつかない訳にはいかない。人間の食い意地とはそのようなものだ。先ほどまで喉元につかえていたやり場のない憤りは、一瞬で歓喜に代わった。そこまで大袈裟かと思うかもしれないが、誇張でもなくそこまで憤慨していたし、人生が終わる三歩手前くらい悲しかった。
それからの一週間、私の人生はバラ色ならぬ、ししゃも色に染まった。@Miya_Icelandのツイートを見る度に、なんで自分はこんなに喜べるのか?と思うほどうれしかった。
ししゃも色は香ばしい。人生はバラ色よりもししゃも色の方が幸せかもしれない。
同時に、食に関する恨みは深く重いのだという闇を自分の中に感じた(ここはちょっと大袈裟に書きました)。
そして思い出したのが、日本大使館の公邸料理人の嘆きだった。食材が入手できない悩みはプロだけに深い。北米やヨーロッパ内であれば入手できる食材も、北極圏の孤島アイスランドには入ってこない。これまで世界の国々の公邸で働いてきたが、これほど日本食素材が入手できない国は初めてだ、と言っていた。だよね・・・。特にししゃもは、日本中のスーパーで手軽に買えたのに、あの慣れ親しんだ食材が、原産国で入手できないとはーーー。
なので、もしやと思い尋ねたところ、「ししゃもの試食会をやれればと大使と話していたけれど、入手先できなかった」という。だよね〜、だよね〜。普通の方法で入手できれば、私も真っ先に買っていた。
それを@Miya_Icelandの宮崎さんに伝えると、毎度!とばかり、快くご提供いただけることになった(感涙)。
そして今、我が家の冷凍庫には特製の日本式ししゃもがあり、大使公邸の冷凍庫にもたっぷりとししゃもが眠っている。ご厚意でたくさん作っていただいたので、私のできる範囲で在氷邦人にも配布させてもらいました。
さて、さて、念願のししゃも。それだけでうれしい、もっとうれしいのは、休日を返上してボランティアで寒風干しを作ってくれた気持ちだった。
干したその様子から、プロの仕事であることが滲み出ていた。写真を見るだけでご飯三杯いけそうな感じだった。
これは焼く前の姿。目がと〜ってもきれいで、肌は艶やかに青光りしている。文句なく最高に美味しそう。腹子たっぷりで、日本に行けば高級ししゃも。いや、最高級っしょ、これは。
アイスランドのキッチンには魚焼きのロースターがないので、我が家は小型のオーヴンを使い、粗い目の網に載せて200度で焼いた。日本の魚焼きで焼くとすぐに頭と尾を焦がしてしまう私だけど、電気オーブンはガスとは火力が異なるのか、平均的にこんがり焼けた。香ばしい香りはししゃもそのもの(当たり前!)。
ここから全くのお世辞抜きです。
これだけ美味しいシシャモは久々か、初めてかもしれない。絶品です。
きっとみなさん、ししゃもはまず腹に食いつくとか、尻尾から食べるとか、それぞれに好きな食べ方があるかもしれませんよね。私は頭から食いつき派です。
焼き方に起因するのか、腕のいい職人が干したからなのか、鮮度なのか、それともその全部なのかはわからないけど、頭のしっかりとした塩味に乗る旨味と香ばしさ。頭の近い部分にある少しばかりのワタのほろ苦さが、やだ、エッチ、エロいわこれ状態。
この部位を食べてる時の私の顔は絶対に見ないでくださいと注意書きをしたい。目をつぶって、フヘ〜っとなってしまうからだ。
や、やばいこれ。
次の一口は早くも卵の部分にさしかかる。でもまだ入り口なので、それほど卵の気配は濃くなく、本体の少し普通の小魚風の質感が口の中に広がる。
あ、レモン絞り忘れた。でも、レモンはあってもなくてもいい。あった方が、少しだけ魚の味が強調されていいけどね。コントラストとして。
次が本命といえば本命のふっくらした卵の部分。ジューシーなのにほろほろ感もある。あぁ、プリン体が多い部位は、どうしてこんなに旨いんだろう。魚卵はいろいろ食べてきたけど、ししゃもの卵はその中でも特に独特ではないか。淡白なのに濃厚という、矛盾する要素が同居しているような、そんな気がする。
御託はどうでもよくて、とにかく旨い。
そしてまた身と卵が半々くらいになる部位を経て、尻尾に到達する。
繰り返すけど、これが塩加減なのか、焼き加減なのか、鮮度なのか、そのコンビネーションなのか分からないけど、この部分が味わい深い!
今までは、魚のロースターで焦がした尾っぽしか食べたことがなかったせいか、尾が美味しいという印象がなかった。塩味が染みて旨いが凝縮された尾に近い部分の味わいと、カリンとして香ばしい尾が旨すぎる。それはひれ酒作りたいと思うほど。
ししゃもってこんなに美味しかったっけ?
前菜からデザートまでを一尾で味わえる小魚だ。鼻に抜ける香りが香ばしく、少しほろ苦い前菜を通過し、卵で一旦大きく盛り上がり、そしてまた鼻に抜ける香ばしい香りでフェードアウトしていく。
ここまで書いて、息子が小さい頃のことを思い出した。保育園でよく魚を食べるというので、本人に魚のどこが美味しいのかを聞いてみると、部位によって味が違うところが好きだという。特に頬肉やら目玉の周りのマニアな部位が好きだった。
本当に美味しいししゃもだった。精度も加工方法もよかったのだろう。いやぁ〜、アイスランドのししゃもは最高に美味しい!
卵が多くてしっかりしたアイスランドのししゃもは量販店での取り扱いが多いという。みなさま、ぜひご賞味ください。
配布元の役得で、我が家にはまだこの特製ししゃもが数パックある。日本から持ち帰ったとっておきの日本酒を冷やして、このししゃもをいただきたいと思ってる。大使館でのししゃもの試食会も楽しみだ。
2年前の2021年3月にアイスランド産のししゃもが食べられないことを嘆いた私は、こうしてとびきり美味しいししゃもにありつくことができた。これで魚のエサを羨ましがる必要もなくなった。少しだけ、心の余裕さえ広がった気がしてる。
*食材をご提供いただいたアイスランディック・ジャパン株式会社と、休日返上のボランティアで干しシシャモを作ってくださった宮崎さんに心から御礼申し上げます。
小倉悠加(おぐらゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、ツアー企画ガイド等をしている。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。