高地にある天然温泉へ、弾丸日帰りで行ってきた。
アイスランドには夏の間、3ヶ月程度しか通れない道がある。F道と呼ばれる山道だ。Fは山(fjall)のことだ。
とはいえ、道がしっかり凍っている間は、実は通れなくはない。けれど、レスキュー隊並みの装備がない限り、進むことは困難だ。通行禁止になるのは春先で、雪解けで道がぬかるんでいるため、自然保護の意味もある。
アイスランドの真ん中で、高地と呼ばれる場所を走る道は、コンディションや整備の進行をみつつ、6月ごろから徐々にオープンしていく。
「こちらアイスランド」を書き始めて以来、そういった道の冒険は何度もご紹介していると思う。
2023年6月4日、数日前にオープンした山道を早速走ってきた。その道は「アイスランドの秘宝」、「高地の真珠」と形容されることも多い、ランドマンナロイガルという舌を噛みそうな名前の場所だ。
ここは温熱地帯でカラフルな山々が特徴的だ。以前ご紹介したケルリンガルフョットルよりも、レイキャビクからのアクセスがいい。最短で3時間半の距離だ。
いつもサメタイの「こちらアイスランド」をご購読のみなさんは既に知っての通り、我々夫婦はドライブ好きだ。特に彼は小型ジープを入手して以来、F道の制覇を目指している。もちろん、私という助手席の友を得たことも大きいだろう。
この天然温泉への道が開通したことを聞いた彼は、いてもたってもいられず、普段であれば青空が見えないとドライブに出ない彼が、強風でない限り直近の週末に行こうと決めていた。もちろん私も、心の中では行くことが決定していた。
走行距離はレイキャビクから180キロある。往復で400キロとは言わないが、結構な距離ではある。
行こう、行こう、心が躍る。久々のF道だ。
最初の写真の地点を難なく超え、前の丘をずんずんと登っていく。あ〜、F道だわ〜。
自然の中をお邪魔しに入らせていただくようで恐縮する。我がもの顔で自然に悪戯ばかりする人間を、大きく厳しく生かしてくれているのが自然なのだ。F道にくると、そんな畏敬の念を抱く。
10分と走らないうちに、アイスランドの自然に完璧に打ちのめされる場所にたどり着く。
ここはシウルグリューヴル(Sigöldugljúfur)という、正確に発音できない場所。発電所の裏手のような場所で、小規模とはいえ、これだけ滝が集まる姿は壮観だ。前回来たのは8月だったようで、周囲の土が乾いて粉っぽい雰囲気にだった。
同じ景色でも、曇り空の今回の方がしっとりとした面持ちの上、雪解けのため水量が多く、優美なことこの上なかった。周囲の雰囲気を合わせて感じてもらいたい場所で、いいとこ取りのような写真や動画を見ても、どれだけ伝わるやらとは思うけれど、日本から来て!と気軽に言える距離ではないので、やっぱり写真家動画で見てね、程度ですよね。ぼんやりと何時間でも見ていられる光景だった。
あぁ、今年も別世界の風景を実体験できる時期になったのだと感慨深い。
F道はそこそこの整備はされ、事故が起こらないようという配慮はされているが、走りやすい道ではない。川を渡ることもあり、車高の低い車で不用意にくると、エンジン水死することもある。
その風景たるや別世界なので、ぜひみなさんに実際に見に来てほしい。けれど、不用意に走りに来ないでもほしい。注意すべき事項がかなりある。正直、私たちもまだそれを体験的に学んでいるところだ。
F208号線に入ってすぐのお楽しみを抜けると、次のポイントは、HnausapollurとLjótipollurという二つの火口湖がある。今回はパス。
何度か行ったことのある場所にはかならず停車する定点があり、今回もフロスタスタズ湖(Frostastaðavatn)のところで一息ついた。動画は風の音が激しいかもしれないので、音量小さめでどうぞ。
今回のドライブで感じたのは、アイスランドに木は似合わないということ。SDGsという訳わかんない言い草で、この国も「植林しよう!」が盛んだけれど、木がある場所は美しくもなく、せっかくのアイスランド独特の風景を台無しにすると以前から思っていた。今回この場所を走り、木のない風景が一番心に響いた。人間がいたずら書きをしていない、ありのままの姿の中に入らせてもらった。
この場所は少々小高くなっているため、肌寒いし、曇っていたけど、気持ちはよかった。
ここまでくれば目的地ランドマンナロイガルまではすぐそこだ。最後の溶岩大地を、大きな岩を縫うようにクネクネと走り抜ける。高地はやっと春が訪れたばかりで、苔はまだ青さを欠いている。それでも、独特の、原始を思わせる姿は健在で、海外からやってきたのか、路肩に車を寄せ(本当はやらないでほしいんだけど)、苔の大地の中に入って写真を撮る姿を数組見かけた。
そして現れたのが高地の人気スポット、ランドマンナロイガル。川を渡り、キャンプ場まで車を持っていくことができる。けれど、この川は最盛期は必ず毎日一台エンジンが死ぬと言われる難所だ。徒歩でも行けるので、私たちは対岸に車を停めた。下の写真で道の先に見えている車が、徒歩組の車両だ。
この地への道路開通は4日前のことだった。冬の間、雪の重みなどで壊れたり崩れたりという場所もあろうかとは思っていた。徒歩用の橋が、綱渡りっぽいのはまぁ仕方がない。落ちないように、足を滑らせないように、注意すれば大丈夫。橋の状態を見て、心が萎えるのが一番厄介かもしれない(私のこと!)。
それよりも驚いたのは、遊歩道が水浸し!それでなくてもこの周辺は湿地帯で、それも地の底から泡を伴って温水が湧き出てくる場所もあれば、氷のように冷たい水が流れ込む場所が入り混じる。だからこそ独特の風情があるのだけどーーー。
みんな戸惑いながら靴脱いで進んでるぞ。これはもう、覚悟を決めて裸足で水の中を歩くしか温泉へたどり着ける道はない。
アイスランドの川の水は氷水だ。数秒もすると冷たすぎてジンジン、キンキンして、頭が痛くなってくる。全身に痛みが走るような衝撃を覚える。それを知っているので、どうしても身構え、怯んでしまう。
なのにここの水はぬるまっこい!決して暖かくはないが、冷たくて死ぬほどでもなく、ホンワカあったかい。悪くないじゃん。
と思ったその考えは甘かった。最後の5メートルくらいだろうか。厳しく冷たい氷水が流れ、足の間隔が麻痺してピリピリと全身に痛みが走った。
ゴールは見えているし、これから温泉に入るので大丈夫と自分に言い聞かせ、この場を乗り切った。お疲れ!
陸にたどり着けたので、再度靴を履いての徒歩を続ける。
キャンプ場はあるがまだ営業はしておらず、飲み水を補充しようとしても水は出てこなかった。水筒は三本持ってきていたけれど、安全のために、機会があれば補充することを基本としてる。
前回この地を訪れたの時は放牧羊を回収している8月末か9月初旬で、夏の華やい空気が濃厚に残っていた。今回は夏といってもまだ片足程度しか夏が来ていない状態で、レストランの「開店準備中」のような、開店までちょいとお待ちを的な雰囲気を感じる。もちろんそれも悪くない。何よりも、混んでないのがうれしい。(次回に続く)
小倉悠加(おぐらゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、ツアー企画ガイド等をしている。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。