2023年6月17日、アイスランドは79回目の独立記念日を迎えた。その翌日、大統領官邸がオープンハウスとなった。独立記念日の翌日に大統領が官邸を解放するのは慣習ではない。現在のグズニ大統領がたまたまピープル・フレンドリーな人物で、せっかくの機会だからと官邸を解放するようになったらしい。
官邸は大統領個人の所有物ではなく、国家が所有している場所だ。国家となった記念日にちなんで、国民が訪れる機会を作るのは、とてもいいことだ。どこぞの首相の息子のように、公邸に親族を招いて個人的な宴を持つような不届きな物事とはまったく対照的だ。
私が初めてこの官邸を訪れたのは2008年の春だった。日本の雑誌用にオーラヴル・グリムソン元首相のインタビューをとるため、この場に足を踏み入れた。次は確かアイスランド・エアウエイブスのプレス関係のパーティがここで行われた時に、現職の大統領にお会いしている。その後、こうしたオープンハウスにも来ているし、グズニ大統領に関しては、散歩している時に偶然見かけ声をかけたことがあった(アイスランドあるある!)。
大統領官邸はさすがに普通は入れないが、いかつい警備は一切ないので、ドアの呼び鈴はいつでも誰でも押せる状態だ。官邸の横に一台パトカーは停まっているが、外に警官を見たことはない。
なんだか拍子抜けするような警備体制だ。国会議事堂も同じことで、国会が開催されている最中でも、外に警備が立っていることはない。平穏すぎるアイスランドだ。
けれど、果たして警備は必要なのだろうか?
数年前、アイスランドで話題になったのが、アメリカ大使の護衛官に銃を持たせたいとの申請があったことだった。おいおい、アイスランドでは警察も丸腰だ。首相も大統領もそのような警備はつかないのに、大使の護衛に銃の携帯?!
そうでなくてもアメリカ大使館は、レイキャビク市民から反感を買っていた。大使館前の道路沿いに監視カメラはつけるわ、要塞のようなものを公道に置くわ、前を通ろうものなら尋問してくるわで、本当にうざかった!そこに銃の携帯申請だ。よほど悪いことをしているから警備を強化しなければならなくなるんだろうと思わざるを得なかった。アイスランド国民の目には過剰防衛に見えた。
もしかしたらアイスランドは警備が緩すぎるのかもしれない。けれど、疑心暗鬼になるよりも、人の良心を信じたい。そんな風に思う私はお花畑なのだろうか。
話を戻そう。権威主義だったオーラヴル・グリムソン元大統領とは異なり、現職の大統領は就任直後に昇給を断ったり、スーパーの袋をぶら下げてひとりで買い物に出たりと、積極的に国民の中に飛び込み、就任以来変わらず人気が高い。ピープルズ・プレジデントだ。
今回のオープンハウスは、いつにも増して大盛況だった。ツアー・バスで乗り付けた外国の旅行者団体までいた。
官邸は「ここが官邸ですよ!」と言われなければ見落としそうな普通の家屋で、小さな出島に建っている。何かの時には警備しやすいよう、さすがに立地は考えたようだ。レイキャビクの街中から車で15分で行ける。
官邸はごく質素な作りだ。入ってすぐの玄関は広くないどころか手狭で、二階へ上がる階段の方が目立つほどだ。玄関が狭い割りには奥行きはあり、右手の方に進んでいくと会議室や書斎があり、奥にはレセプション・ルームがある。
レセプションに使われるメイン・ルームの絵画はすべて、アイスランドの美術の父と呼ばれるキャルヴァルの作品だろう。独特のタッチに見覚えがある。この部屋の写真は、人が多かったので撮っていなくて失礼。広さは30畳ほどだろうか。大統領が国賓を迎えるメイン・ルームにしては広くはない。
次に見たのが会議室のようなところで、この壁にも絵画が所狭しと並べられていた。ここはキャルヴァルではなく、さまざまな画家の作品だった。
会議室の奥には元大統領のインタビューの際に通された書斎がある。日本の天皇家からの贈り物もこの部屋にあるそうだ。ここは通行止めになっていて、入り口から覗くだけで中に入ることはできなかった。
要所要所に係員が立っていて、部屋の説明や、贈答品などの由来を教えてくれる。
2階は天井の低い屋根裏部屋だ。それなりに美術品はあり、書斎よりもカジュアルな感じの贈答品等が飾られていた。銅像をしっかり見てこなかったのだけど、もしかして歴代の首相の銅像かな?
階段のところに吊るしてある大きな白熊の皮は威圧感がある
とまぁ、入り口の見た目よりも奥行きはあるものの、大統領官邸にしてはこじんまりとしている。総人口37万人の国だ。実用に十分であれば大袈裟な官邸は必要ない。
ここで、私は日本人家族に会った!
5年間をかけてキャンピングカーで世界を走破している雲野さん一家だ。TBS放送『世界くらべてみれば』というテレビ番組に取り上げられているという。へ〜〜。
アイスランドへは、個人的に特別な思い入れと目的があり訪れたという。
なんちゅーかわいいジャパニーズ・ボーイズだろう。少し話をしたけど、とても素直で、しっかりしていて、さわやかだ。少年のあどけなさもたっぷりあるし、同時にすごく大人びたところも感じる。
アイスランドに来て、いきなり大統領の官邸に来てしまうとは、なんとラッキーな兄弟。将来、日本を代表する人として、またここに来られるといいね!
世界中を旅してまわる5年間が、彼らの人生に、考え方に、感性に、どのような影響をもたらすのだろう。得難い素晴らしい経験だと思うし、文字通り、世界を視野に考えを巡らせることのできる度量の深い大人になるような気がする。
それもこれも、ご両親である雲野さんご夫妻の信念の賜物であり、ここまで貫くのは、並大抵の苦労ではないだろう。20年間勤続した仕事をやめ、家を売り、この旅行に全てを費やしている。甘い方、軽い方に流されがちな私は、凄いとひたすら平伏すことしかできない。
せっかくお会いしたので、アイスランド大統領官邸のメインルームの国旗のところで記念撮影をした。
私の年齢は、こういう年頃の孫がいてもおかしくない。ということは、おばあちゃんと娘(息子)夫婦と、孫たちみたいな図か?!
話は大統領官邸ではなく、雲野さん一家のことに逸れるけれど、以下のツイート動画をぜひ見てほしい。46秒間で一家の今までの動きが一目でわかる。
根性、意地、信念ーー何がここまでご夫妻を突き動かしてきたのかは、実はアイスランドに深い関係があるそうだ。次に会える機会にでも、その話はじっくり聞いてみたい。そのあたりはテレビの番組でも取り上げられるのではないかと思う。
雲野さん一家はクラウドファンディングで、この体験の書籍化の支援を募集している。多言語化も視野に入れている。雲野一家の冒険は、若者の自由気ままな旅とは異なる視点がたっぷりと詰まっているはずだ。言葉も文化も習慣も景色も違う世界を子供たちがどう見るかも興味深い。
サメタイの読者からもご賛同いただければうれしい。
話が大統領から方向転換したけれど、大統領のオープンハウスでたまたま雲野さん一家に会えたことが、とても嬉しかったのです。
(雲野さんの写真はご一家から頂いたものを掲載しています。)
小倉悠加(おぐらゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、ツアー企画ガイド等をしている。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。