2023年の今年も彼が夏休みに突入した。今年は前半、後半に分けて3週間ずつ休みをとった。前半のハイライトは北部にゆったり1週間滞在コースで、労働組合の保養所に宿泊することになった。
日本で保養所といえば、会社や組合が小規模な宿泊施設を所有しており、ほぼホテル・民宿的な感じですよね。少なくとも私が日本で体験した保養所はそんな感じだった。こちらは賄いのついたそういった保養所ではなく、貸別荘と言った方がわかりやすいかと。
営利目的ではないため格安で、人気物件(温泉付きとか)は倍率が高くて当たらないという。その組合に属している年数やら支払った組合費が抽選の確率に反映されるため、良い物件をゲットするのは難しい。
今回彼はダメもとで応募したらしい。時期をピーク時から外し、少し不便で、温泉も付いてない場所を選んだ。平たくは人気がなさそうで、しかもレイキャビクから離れているところがいい。
そして見事に当選したのが、北部はフサヴィーク近くの別荘だった。2020年に公開された映画『ユーロビジョン歌合戦 〜ファイア・サーガ物語〜』の舞台として有名になったフサヴィークの街へ10キロの距離だ。フサヴィーク空港の近くだった。けれど、滞在中一度として離発着を見たことがなかった。
彼の友人が以前この周辺の貸別荘に泊まったそうで、「内装がすごく古かった」ことを聞いていたという。それを私に伝えるとがっかりするだろうからと、事前に伝えていなかったそうだ。
そして到着したその別荘。レイキャビクから1号線を使わずに、以前何度か言及したことのあるKjölur(キュールル)という道を使い、たっぷりと遠回りしてこの地へ到着。
夜の22時半に到着し、低木をぬった細い道を通り、別荘番号を見つけて駐車した時に入ってきたのが別荘の横顔。ふっはぁ〜。とってもいい感じで、思わず声をあげて小躍りした。周囲の踊り場に乗ってみると、その部分の幅がとても広く、美しく掃除され、足跡ひとつない!喜んでグルリと一周してみると、なんと、雨避け屋根のところにはテーブルと椅子まで!
中に入ると、玄関のすぐ左手がトイレとシャワーで、靴のまま入ることもできる設計になっている。これなら子供たちが外で遊びながら、気軽にトイレにも入れる。玄関右手には小さな物置とコート掛け。中に入ると一番奥にメインの寝室。真ん中がツインの寝室。屋根裏部屋もあり、そこにはマットレスが4台あったので、合計8名は余裕で収容できる。屋根裏はあと2-3名くらい入れそうな広さがある。
リビングはそこそこの広さがあり、窓が多くて素晴らしい!きゃ〜〜!!!と嬉しすぎてまた小躍りした。両側の窓をはさみ真ん中にあるのはドアで、そこから外に出ることができる。最高だ。
8名の設定は、それほど息苦しくなく楽しく過ごせる人数だろう。理想は4-6名というところか。我が家は2名なので、超余裕でゆったりと過ごした。
「驚いたな」と彼が話しかけてきた。
「驚いたよね。こんな素敵なところだとは思わなかった」
「ほんと、驚いたよ。設備が新しい」ん?そこ??
「グンニ(彼の親友)から言われてたんだ。以前ここに宿泊したことがあるけど、設備が全部古くて、イマイチだった、と。ユーカに話すとがっかりすると思って言ってなかった。でも、見る限り新らしいね」
「え?!そうなんだ!どう見ても新しいよね。フロアも新品とは言わないけど新しいし、キッチンはシンク周りを見ても新品としか思えない」
貸別荘の話を書こうとは思っていなかったため、写真が無いのが残念だけど、キッチン周りの戸棚を開けて驚いた。食器はすべてまっさらで新しかった。皿は大小とスープ皿が10枚ずつあり、その上に大きな取り皿等も複数枚あった。それがイケアであれば驚かなかったけれど、美しい乳白色の皿はすべてビレロイ&ボッホ(villeroy-boch)の製品だった。高級品で、イケアではない・・・(絶句)。
ガラスのコップも美しく、線がキリリと美しかったので、やはりイケア等ではないメーカー品だと思われる。コップはプラスチック製もあり、乳幼児が来ることを視野に入れた揃え方はさすが子供に、子育てのしやすいアイスランドだけのこどはある。もちろんワイングラスやビールグラスも凛とした顔をしていた。リキュールグラスが数個あったのに、彼は「カクテルグラスがない!」と少しお怒りだった。
カトラリー類も手抜かりなく、ピッカピカの新品が並んでいた。ナイフは普通のナイフと肉用ナイフが各ダースあった。乳幼児が来ても大丈夫なように、プラスチック製の子供用食器もあったし、キッチン用品も伝統のパンケーキを作る鉄板から、最新のワッフルメーカー、電動ミキサー、コーヒーメーカー等、使いきれないほど抜かりなくて、もう圧倒されっ放しだ。
中型冷蔵庫の上には電子レンジ、調理台はオーブンと食洗機の三味一体型で、短期滞在には最適なサイズだ。ゴミ箱は分別用にシンクしたに二つあったし、掃除用具一式や洗剤も揃っている。
これが営利目的の貸別荘や民泊であれば、食器はよくてイケアで揃えるし、そこまで気にしないところは赤十字や廃品再販で買うのが普通だ。いやはや、なんかもう、素晴らしい・・・。
家の外には少し大きめの物置があり、その中には本格的なバーベキューができるグリルと、バーベキュー用のガスボンベがあった。洗濯物の物干し台もあったが、洗濯機はなかった。私の憶測でしかないが、きっとそこに洗濯機が設置されるような気がする。
とはいえ、少しだけわがままを言えば、ベッドが非常に狭く、幅の広い人には窮屈なサイズだろう。私は細身だけれど、少し動くとベッドから落ちてしまいそうで、それだけは毎日居心地が悪かった。シーツは持参が必要で、私たちはいつも自分達の枕と掛け布団を持っている。なので備え付けの布団類は使わなかった。
あと、シャワーだけではなくバスタブが欲しい(これはアイスランドにおいて本当に欲張り発言)。Wifiがものすごく遅くて困ったのは、月の終わりだったので、速度の速い契約容量を超えていたのか?という感じ。
さてさて、生活するのにとても考えられているのに、ひとつだけ意外なことがあった。それは食品が一切置いていないことだった。普通民泊でもキャンプ場でも、塩と胡椒、砂糖程度は必ず置いてある。前人が置いていったパスタ、コーヒー、紅茶、クラッカー等も、備え付けと言っていいほど必ず置いてある。なのに、それが一切ない。綺麗さっぱり、塩さえもない!!
これには面を食らった。塩胡椒がない、油がない、何もできない・・・。翌日、買い物に出て塩胡椒を始め、コーヒー、紅茶、パスタ等のごく基本的な食品を買ったのは言うまでもない。油を一品のみと思ったので、バターを選択したけれど、後日バターではサラダのドレッシングが作れないことを後悔した。レモンは仕入れたので、ノンオイルでレモンと醤油という手はあったけれど、あの時はそれが思いつかなかった。醤油は日本人の精神安定剤としてゲットした。キッコーマンに感謝だ。
この連載を始めたごく初期に書いたように、私は静かな場所が好きだ。都会の喧騒、雑踏もたまには悪くないが、日常はごく静かな場所に身を置きたい。周囲には同じような別荘は数棟あり、孤島にポツンのような環境ではない。けれど、外に出ると室内よりも静かで、無音が耳の中でシンと鳴るようだった。
「あぁ、気持ちいい!」
外に出るたびに、私は声に出して静寂を深呼吸した。
この別荘の居心地がよすぎたのか、最初に撮った数枚以外はほとんど写真が存在していない。彼が一枚だけ、23時の夕日を喜ぶ私の後ろ姿を家のすぐ外で撮っていた。この日は(アイスランドとしては)とても暖かく、夜になっても少しの間であれば半袖で外に出ることができた。半袖、半ズボンのこの格好は年間に数時間しか体験できない、とてもがんばった服装だということを知ってほしい。
この別荘で1週間を過ごし、昨日の夜レイキャビクに戻った。この別荘生活の後、天気がよければキャンプをしてもいいように用具は持って出ていた。東海岸の彼の友人にも声をかけて、そこにも宿泊できる用意はしていた。けれど、これからの天気があまりよくないため、一旦レイキャビクに戻ることにした。
北部にいる間、例によってあちこちの知られざる道を走った。そんなご紹介は来週にでもまた。
小倉悠加(おぐらゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、ツアー企画ガイド等をしている。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。