オーロラが日本まで届いた。北海道の各地で赤いオーロラを捉えたという報告が相次いだ。10年に一度あるかないかの珍しい現象だ。
2023年12月1日、太陽のフレア活動による磁気嵐の衝撃波が地球に届いた。と、知ったかぶりに書くけど、それがどのような意味かはあまり理解していない。
オーロラが発生する仕組みには詳しくないが、オーロラを実際に見た体験はたくさんある。年に10回以上は見ているので、たぶん100回くらいか。それでも感動的な素晴らしいオーロラは、さすがに数が少ない。ボンヤリと、あぁ出てますね〜のようなものは、数に入れないほど見た。
「こちらアイスランド」でも、毎年1回くらいはオーロラのことを書いているのではと思う。今年は9月に素晴らしいオーロラを目撃した。
アイスランドに移った当初は、晴天の夜オーロラがよく見えそうな郊外へ車を走らせたこともあった。子供の頃の遠足のような、ワクワクの期待感があった。今では、家のバルコニーから見えればいいし、見えなければそれでいい。窓がはめ殺しの北側にオーロラが出ているのがわかっていても、外に出てまで見に行くことはない。
オーロラは現れればラッキーだけど、見ると時間を取られるので、頻繁の出現は実は希望していない。オーロラが出てるのに見ないと損な気分になるし、オーロラばかり見ていると他のことに手につかない。見ても見なくても、匙加減が難しい。
これを贅沢と呼ぶのか、慣れというのかは微妙なところだろう。珍しい現象が日常になっていったということなので、後者かな。
オーロラがよく見えるのは、地磁気緯度が65-70度の場所であると言われる。地磁気緯度と緯度は同じと考える。アイスランドは緯度が64度-66度でオーロラベルトの中に入るため、天候がよければ比較的よく見える。夏は白夜なので太陽の光が勝ってオーロラは見えない。
日本で普段オーロラを見ることはないけれど、まれに「赤気(あかげ)」と呼ばれる赤いオーロラが観測されるという。
古くは1300年前に編纂された「日本書紀」に、日本最古の天文記録としての記述があるという。国立極地研究所の記載によれば、620年(推古天皇二十八年)「十二月の庚寅の朔に、天に赤気有り。長さ一丈余なり。形雉尾に似れり」という記録が残されている。
1770年9月、京都から見えたオーロラを描いたという絵も国立極地研究所のサイトに掲載されていた。これがそれだ。
緯度が高い北海道ならまだ分かるが、この時は京都で見られたという。奥様、京都ですよ、京都!
その昔は今よりも空気が澄んでいて、高層ビルもないのでよく見えたのかとは思う。それにしてもこの扇状の赤いのはなんだ?オーロラとは似ても似つかない。初めてこの絵を見た時、日の出づる国の日章旗のようだと思った。
オーロラを見た経験値が普通の日本人よりもはるかに多いと思われるので、私はこの絵はどうにもカリカチュアしすぎだと思っていた。そう、思っていたと書くからには、過去のことだ。
それは12月1日にやってきた。
G5というとてつもなく高いレベルのオーロラ予報が出てきた。赤い部分のところでは、最高に強いオーロラが見られる。条件が揃えば日本でも見られるレベルの強さだ。
いうまでもなく、最強によく見えるであろうドーナッツの中にアイスランドは入っている。この日の情報をそこはかとなく知っていて、この日私は早めに空を見上げた。日没は16時ごろで、18時前はまだうっすらと空には航海薄明が残っていた。
そしてバルコニーから見えたのがこのオーロラだった。
赤い!!いつもはグリーンの色しか見えないのに、赤いオーロラだ!
赤い色は肉眼ではよく見えなかった。ただ、普通の空とも違うことはわかった。「むむ、オーロラが居そうな気配がする」と思い、スマホで写真を撮った。そこにあったのが赤いオーロラでびっくり。紫のような赤で、周囲は青っぽい色も見えている。けれど、これはスマホの為せる技で、肉眼ではこれほどよく分からなかった。
オーロラ予報が最高なので、きっとアイスランドではド派手な光の舞がやってくるのかと構えていたので、結構な肩透かしだ。赤いオーロラは数分ともたなかった。
「アイスランドでこの程度だと、日本では全く無理だろう」と思っていると、ツイッターのタイムラインに、ピンクや赤のオーロラを捉えた写真が上がってきた。北海道での目撃だ!
「すごーい、北海道からやっぱり見えるんだ。それも赤!そして光が地平線から上に伸びている!」
ひや〜、驚いた。緑色が主体の、普通のオーロラしか見たことがない私には、赤い色だけのオーロラは全くの異次元だ。
そしてこの時、昔の人が見たという赤いオーロラの絵を思い出した。「オーロラがこんな風に見えるはずがない」と心の中で否定したあの絵だ。
緯度が低い場所からはオーロラの上の部分のみが見えるそうで、こういった色と動きになるという。
北海道のオーロラは1770年に描かれたあの絵の通りだ。日章旗のようなあれだ。古事記にある「形雉尾に似れり」も、まったくもってその通り。これを「赤気」として表した言葉のセンスもいい。昔の人は雰囲気を言葉や絵で伝えるのが実にうまい!
スマホカメラの性能がよくなったこともあり、この日は北海道各地で目撃された写真が頻繁に流れてきた。北海道以南からの写真は届けられず、さすがに京都は無理だったようだ。
一方、アイスランドの私は赤いオーロラは肉眼ではわかりにくく、もう少し経てば強いオーロラになるのではと一旦屋内に引っ込んだ。その後、時々チェックしたが、待てども待てどもオーロラの光は強くならない。それどころか、オーロラは消えてしまった。
それでも、日本とアイスランドの両国で赤いオーロラが見られてよかったですね、ということで話をまとめようと思っていた。そしてどの写真をここのコラムに掲載するかを選択しているとーーー
なにこれ??
これはアイキャッチにもした私のスマホ写真だ。ハトグリムス教会の上に見える赤いオーロラはそれでいい。でも、住宅街のところの手前に、左右両方に、緑の強い柱が写っている。
もしかして、これもオーロラ??
最初は街灯の明かりが何かの関係で反射したのかと思っていた。この角度からのオーロラ写真は今までにたくさん撮っている。けれど、一度もこんな現象の写真は見たことがない。何かの偶然?
心をざわつかせなが他の写真をチェックした。すると他にも何枚か住宅街の前に強い光の塔が写っていた。これはどう考えても、スマホの画面が街灯に反射したとか、そういうのではない。ということは、オーロラの光が、文字通り街中の通りまで降りてきたということ?!
オーロラは磁気であり電磁波であり放電だという。まさか強い電磁波でスマホの写真アプリが狂ったのか?!
専門家のお手を煩わせはと尋ねてもいないのだけれど、見れば見るほどこれは、住宅街の中に入り込んだオーロラのような気がしてならない。絶句。
こうして思い起こしてみると、違和感のある淡い光を近所の道路から感じていたことは確かだった。ただ、そこは昼間工事をしていたので、工事関係のライトかなとも思ったおぼえがある。まさかあれが、オーロラだったとは!!
オーロラが地上の、それも住宅密集地の間を通り抜けていくことなど本当にあるのか?!
アイスランドに移って以来、思いがけないことに興味を持つようになった。それも、以前は全く無関心だった分野だ。例えば地学や火山学は噴火を見たことがきっかけだった。10代の頃から音楽業界しか知らない私が、60代で玄武岩やプレートテクトニックスに興味を持つとは天変地異か?そして今、どうしようもなく磁気嵐が気になる。もちろんオーロラ絡みだ。
人は環境に左右されるという。人間として凝り固まったようなお年頃になり、こうも分野違いの物事に首を突っ込みたくなろうとは、人生は本当に分からない。
ちなみに、国立極地研究所のサイトには、「江戸時代のオーロラ絵図と日記から明らかになった史上最大の磁気嵐」や、「日本の古典籍中の「赤気」(オーロラ)の記載から発見された宇宙変動パターンの周期性と人々の反応に関する記述」といったような、面白そうなタイトルの論文が紹介されている。
あまりにも科学的な話はついていけそうにないが、『日本に現れたオーロラの謎: 時空を超えて読み解く「赤気」の記録 (DOJIN選書)』のように、歴史や文学とオーロラを綴ったものであれば、楽しく読めそうだ。
世の中、不思議なことだらけだ。
小倉悠加(おぐらゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、ツアー企画ガイド等をしている。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。