ロシアがウクライナに侵攻を開始した後、九州の知人から「ヨーロッパは大変みたいですね」という呑気なメールが届いた。私はこれを米国が仕掛けた「ロシア版真珠湾攻撃」と見ていたので、日本にとって他人事ではなかろうにと思い、返事に窮してしまった。
太平洋戦争開戦前夜の日本は、列強から原油を断たれて開戦を強いられたと、ものの本で読んでいる。
コロナ渦の混乱が収まりきらない 2022年2月24日、ロシアがウクライナ侵攻に踏み切った。
キエフで起こされた「ユーロ・マイダン」のクーデター以後、8年に及ぶ東部ウクライナでのロシア系住民に対する民族浄化政策と、ロシアに生物兵器が仕掛けられるのを事前に察知しての事と私は理解している。侵攻後、先ず30カ所あると言われるウクライナ国内の米国が支援する生物化学兵器研究所と核施設から攻撃したことからもそうした事情が伺える。
ロシアがウクライナに侵攻した当初、スイス政府は、国是の「中立」を維持し、 対露制裁には参加せず、ロシアとウクライナの調停役を担う「Good Office」を 提供すると宣言した。
それが僅か4日後には EUと同様の制裁をすると前言を翻し、現在5回目の制裁を実施している。これは米国と NATOの圧力の強さが尋常ではないことを物語っている
スイスは他の欧米諸国より公正な報道をしていると私はずっと思ってきた。しかし、思い違いをしていたらしいことに気付いた。
ロシアのウクライナ侵攻が始まるや、耳目を塞ぎたくなる様な欧米と横並び報道になっているのを確認する日々になった。公共放送 SRF は、ウェブサイトのコメント欄で「USRF」と視聴者から揶揄される始末だ。
現状では、寡占が進められているスイスのメディアで、客観的な報道をしているのは、保守系の週刊誌 「Die Weltwoche」位ではないかと思う。
スイス政府の対露制裁が決まると、プーティン寄りと言われるロシア人の排除 が始まった。
先ずスポーツ界と経済界、次いで音楽・芸術分野でも、対象とされる人物がメディアで次々取り上げられ、資産凍結も伝えられるようになって、 メディアが魔女狩りを煽る様な雰囲気を醸成し出した。幸い学術分野には未だ 及んではいないものの、在スイスのロシア人は、プーティン大統領の悪口の ひとつも言わなければ居たたまれない状況に追い込まれている。
ロシア人は、スイス各地にコミュニティーを形成する程定着し、スポーツ、文化、学術分野に深 く関与している。彼等の支援が得られなくなれば、活動が困難になるスポーツ クラブや芸術家、音楽家が数多く出てくることが懸念されている。
対露制裁宣言以後、スイスの「中立」について、国内では議論沸騰と言える状況になった。
外交の専門家は、国際法で規定されている「中立」とはざっくり としたものなので、制裁を課しても損なわれることはないと言う。中道政党は NATO にもっと寄り添うべきだと言いだし、左派政党も「ロシア悪と言いながら、NATO が進める武器の提供は拒否」と支離滅裂な主張で、1 人保守のスイス国民 党(SVP)だけが「対露制裁はすべきではない、スイスの純粋な中立を守れ」 と四方八方から叩かれながらも孤軍奮闘している。
スイス政界は、保守は純情、 中道政党は付和雷同、左派は無思慮、という様相が一段と明確になってきた。
ウクライナ難民の歓迎ムードがメディアで喧伝され、この流れを受けて、スイス国民が自宅に難民を積極的に受け入れる情報も数々報じられた。
「移民局 (SEM)」によると、5 月中旬現在、スイスで登録されたウクライナ難民は既に5万人近くにもなり、司法当局は中期的には20万人になると予想している。この内、既に 44,636 人が就労を認められる「保護ステータス S」を付与された。
ウクライナ難民であれば無条件で厚遇され、アフガニスタンやシリア、イラク、 エリトリア他からの難民は、長い審査期間の果てに、国外退去を言い渡される ケースもある不公平な扱いに、疑問を呈する声が高まっていることが報じられている。
コロナに罹患して休職する教師が大勢いて、未だ困難に直面している教育現場では、ウクライナの学童の特別学級を設ける必要に迫られ途方に暮れる事態が伝えられた。
難民が連れてきたウクライナの犬猫は 500 匹以上登録されて、なお増え続けている。歓迎ムードが一先ず落ち着いた頃、ワクチン未接種のペッ トは狂犬病の危険があることから、当局は追跡調査に追われた。結核の多発国と言われるウクライナは、スイスよりも約 10 倍も多く発症しているので、連邦政府もその対策に乗り出した。
ウクライナへの同情を誘う報道が延々と伝えられる中、スイスのベルンでも市民達が「ウクライナに連帯」の反露デモを決行し、今年の連邦大統領イグナツィオ・カシス外相迄が顔を出す。彼は、元はイタリア国籍だった人物だ。
■ NZZ 紙は、「イグナツィオ・カシス連邦大統領は、学童のように自分をひけらかした。SVP はウクライナへ連帯のデモに激怒」と報じた
よりにもよってスイス国民がこれほどまで政府の主張を鵜呑みにすることになろうとは思わなかった。年 4 回も重要課題を「国民投票」で票決し、政府・議会に勝る決定権を手にしている国民にして、これだ!
■ フィリップ・ヒルデブラント前スイス国立銀行総裁が、 「handelszeitung(通商新聞)」のインタビューで、スイスの対ロシア制 裁とスイスの中立性の欠如を批判した。
要旨を引用すると「スイスの中立生は、憲法改正もなく、明確な法的根拠もなく、あっという間に損なわれてしまった。スイスは開かれた小国であり、世界でどのように自らを位置付けるかを慎重に考えなければならない。ロシアに対する国連決議は、世界人口の約半分を占める 35カ国から支持されなかった(正確には反対5カ国、棄権35カ国)。スイスの金融センターだけでなく、中立国として担う 「Good Office(調停)」にも悪影響を及ぼす。スイスの制裁措置について、一部で進められた法的恣意性に懸念を抱いている。どの口座を閉鎖するか 誰が決めるのか? 銀行が利用できなくなり、賃金を支払えなくなれば、 企業は閉鎖を余儀なくされる。スイスの銀行顧客の大きな懸念も感じて いる。彼らはスイスの永続性、法的安全性、長期性を長年にわたって信 頼してきた。超大国米国の極端な台頭を観察している。欧州が第 3 の勢 力になリ得るという考えは、大きく揺らいでいる」
バイデン米国大統領が、ウクライナのゼレンスキー大統領に「ひとこと」降参 を命令すれば終わる戦争と言われている。ヨーロッパで最も汚職が横行している国と言われるウクライナのオリガルヒ達は、自前の民兵組織を持っていることが知られている。東部ウクライナでは、ロシア語が廃され、ロシア系住民への迫害が 8 年も行われてきたという情報は耳新しいものではない。
冷酷残忍で知られるアゾフ連隊をウクライナの正規軍に組み入れ、市民を盾に した戦闘継続を敢行するゼレンスキー大統領の振り付け師は、米国の PR 会社や弁護士達だと伝えられている。
そんなゼレンスキー大統領の演説の後で、日本の与野党の国会議員達が挙って スタンディングオヴェーションをした画像を見た時には、伝統ある(筈)の政党がこれ程の外交音痴とは信じ難い思いがした。新参の「れいわ新選組」の議員達だけが、スタンディングオヴェーションには同調せず見識を示した。
5 月 23 日から 2 年振りに開催された「世界経済フォーラム」 も、ゼレンスキー大統領の演説にスタンディングオヴェーションで応じた。スイスには「ダヴォスはすっかり醜い町になってしまっ た」「持続可能な社会に逆行する会議」等批判的な意見もある。
5 月 15 日、フィンランド政府が NATO 加盟を公式に表明したニュースが報じられた事に対して、「ヤング・グローバリストのマリ首相が火中の栗拾いをした」というツイッターを見たが、言い得て妙だ。NATO加盟で共同歩調を取るスウェーデンをめぐっては、2014 年 5 月 18 日のスイスの国民投票で、SAAB 製の「グリペン戦闘機調達資金供出」が否決された。SAAB 社はスイスがグリペンを購入しなければ経営が傾くと伝えられていた。
この後、戦闘機調達に関する連邦令が制定され、これに異を唱える反対委員会 が2020年9月27日国民投票に持ち込んだ。議案は、「代替戦闘機購入予算 60 億スイスフランの計上を承認するか否か」のみが問われ、「機種の選択と数量は政府が決定する」というものだった。この戦闘機売り込み合戦の候補に残ったのは、米ロッキード・マーチン社の F35 ステルス戦闘機、米ボーイング社 の F/A-18 スーパーホーネット、仏ダッソー社のラファール戦闘機、欧州エアバ ス社のユーロファイター。連邦令は僅差で国民に承認され、最近アムヘルド国防大臣が「米ロッキードマーチン社の F35 ステルス戦闘機」を選んだと発表された。
ともあれ、中立を標榜してきたスカンディナヴィア三国が NATO に加盟するのな ら、スイスが対露制裁に加担していることに負い目を感じる必要は無くなりそうだが、世界で中立のイメージが損なわれるのは避けられないだろう。
或る新聞読者はズバリ、「平和は金にならないが、武器輸出は儲かるので止められない」と書いた。ドイツでは、ウクライナへの武器輸送を宣言したショルツ首相の社会民主党(SP)が支持率を下げ、ドイツ国民の見識が感じられた。ドイツ政府がスイス製の武器をウクライナに送った事が、スイスでは噴飯ものと評されている。NATO 諸国は米英に追随し、競ってウクライナに武器輸送を宣言して危機を煽り商売にしている、という構図に弁明の余地は無い。
個人的な認識として、ウクライナ紛争は米国の対露代理戦争ということに尽きる。そもそも論として、2014 年 2 月キエフでクーデターが仕掛けられ、親露派と称されたヤヌコーヴィッチ大統領が追放された事件が記憶にある。彼は民主的な選挙で選ばれた大統領の筈だった。当時、米退役軍人が組織した民間軍事会社ブラック・ウォーターがクーデターを先導したと指摘されている。それに留まらず、米英独の諜報機関が連携し、欧米のネオナチ・ネットワークが 構築され、彼等の暗躍が時折報じられている。
9 月に、OSCE(欧州安全保障協力機構)主導でミンスク議定書が交わされたもののウクライナは履行せず、ミンスク2も反故にした。2014 年スイスのディディ エ・ブルクハルター外相が OSCE 議長を務めていたが、彼は絶望的な状況をメデ ィアに吐露していた。
時代を遡って、不凍港を目指したロシアの南下政策は歴史で習ったが、フランスも 19 世紀ロシアに侵攻した。ナポレオンが冬ロシアの焦土作戦に遇い敗退した様子は、トルストイの「戦争と平和」で描かれ、1967年制作のソ連映画でも入念に描写された。
英国もロシア侵攻の望みを持ち続けながら果たせないまま、その意志を今日米国 が引き継いでいる、と言う訳だ。
そして、第二次大戦終了間際に、ヤルタ会談でルーズベルト、チャーチル、ス ターリンが戦後処理の密約をした後、ソ連が日ソ不可侵条約を破棄して日本に 宣戦布告した。「日本の一部をソ連に領土編入してもいいよ」とお墨 付きを得たと伝えられている。その終戦間際に、米英が冷戦を画策し始めたと言われている。哀れ日本は米国に国土を焦土にされ、原爆を二度も落と されて、ソ連恫喝の具にされたようだ。
こういう歴史の経緯を概観すると、米英のエリート達のあの手この手の辛抱強 くも狡猾で冷酷非道な世界戦略がハッキリと見えてくるというものだ。これ以後も、米国は世界各地で紛争を仕掛け、世界中の市民を塗炭の苦しみに追い込んできたことを、忘れる人々の多いこと!
ウクライナ戦争がどうやら不首尾に終わりそうな形勢になってきたので、台湾有事が俎上に上がって来た。戦争は終わらない訳だ。
それでも、スイスでは、メインストリームからさえも、時折ゲリラ報道が散見され始めた。5 月になって、一旦は鳴りを潜めたロシアの作曲家や演奏家の音楽 が何食わぬ風に、いつも聴いている「RadioSRF2Kultur」で放送され始めた。
実際、ラフマニノフやプロコフィエフ、ストラヴィンスキー、チャイコフスキー 等ロシアの作曲家の音楽が流れないと退屈だ。スカラの聴衆のお喋りを黙らせ られるのは、アンナ・ネトゥレプコだけと言われる彼女のスイス公演を間近に 控えて、スイスの主催者は制裁を課すかどうか協議を始めたら、日を置かず彼女の方から出演を辞退する連絡があったと報じられた。その後、ネトゥレプコ がウクライナ戦争を非難する発言をした為に、ロシア国内でも非難されたというのは気の毒な話だ。そのネトゥレプコの歌声もラジオから聞こえてきた! 流石の迫力。
5 月 12 日から、複数のメディアが、ロシアの凍結資産の一部解除を報じ出した。
SECO(国家経済事務局)の二国間経済関係担当のエルヴィン・ボリンガー大使は以下のように説明している。
予防措置として凍結されていた資金が放出された事に依るという。 多くの銀行や保険会社は、疑わしい場合の予防措置として資産を凍結しているが、不当に凍結された資産の場合、損害賠償請求が行われる可能性があり、 十分に根拠のある調査を実施することが重要だった。現在 63 億スイスフランの 資産がスイスで封鎖されているが、75 億スイスフラン凍結された 4 月初めの時点よりも減った。その後、予防措置として凍結されていた 34 億スイスフランの 資金が凍結解除され、一方で 22 億スイスフランが新に凍結対象として報告された(資産凍結を解除したり、新に凍結したりと、スイスの撹乱戦術によるささやかな抵抗の様に見えなくもない)。資産の凍結は、制裁の最も重要な部分 からはほど遠いもので、他国がどのような根拠で資産を凍結しているのか分からないことが多く、国の比較は困難だ。
スイスが法治国家であることの証左と言えようか。制裁を強要する猫から逃れるには、一寸ズリで逃れようとするネズミの如き戦術と言えるのかも。
ところが、5 月 13 日付けスイス独語紙「Der Bund」は、ヴィオラ・アムヘルド 防衛担当の連邦評議員(連邦政府閣僚)が訪米し、「米国とNATOとの強力関係を強化する方針を、ワシントンのスイス大使館で発表した」と報じた。
2021 年 9 月 27 日の「国民投票」で僅差の賛成 50.1%で承認された戦闘機の購 入を、米ロッキードマーチン社の F35 ステルス戦闘機に決めたものの、承認された予算 60 億スイスフランより高額になる事が伝えられて、新に反対委員会が 国民投票に持ち込むと伝えられていた。スイスへの関与を強める米国がこれを 警戒して、アムヘルド防衛相を呼びつけた可能性が疑われる。中道保守政党「Die Mitte(旧 CVP)」のアムヘルドは、就任当初女性初の国防担当閣僚として期待を 集めていたが、最近は批判の矢面に立たされる事が多くなり、母党の支持率も落ち始めた。
猫に睨まれたネズミ状態のスイスに一筋の光明は、バイデン米大統領の息子ハンターの「地獄のノートパソコン」の中身が暴露され始めたことではないだろ うか?
ハンター・バイデンが、ウクライナのバイオ研究所のために資金を調達 していたことを示唆する文書を、米国の歴史学者がスイスで関連文書を公開し たと、2022 年 4 月 1 日付「Die Weltwoche」誌他の複数のメディアが伝えた。
「米国か中国か」の議論は「ペス トかコロナか」と同義語に思える。ロシア文学や音楽・映画に 親しんだ世代だからというわけではないが、ロシアの存在は世界の安定に欠かせないのだから、ロシアの言い分にも耳を傾けるべきは当然だ。 誰もが我が身を守る為に、日々刻々と変化する情勢から目を離してはならないと思う。
Akiko Huerlimann ヒューリマン 明子 : 1979 年から在中央スイス。23 年に及ぶ金融機関の勤務で、日瑞の金融市場の変 遷を見る機会を得る。社会は経済と政治を軸に動いている事を実感し、夫と共 にスイス発の週刊時事ニュースを、スイスの特殊な政治制度に気付いてスイス の国民投票についてのメルマガを二誌発行。小国スイスの知られざる実像と存 続戦略の一端を、市民の視点で紹介。趣味は園芸。 https://www.swissjapanwatcher.ch/