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福祉・介護のある風景(25)それは外出ではなく徘徊です~橘 世理

「うちの妻、目を離すと外へ出て行っちゃうんだよ」

先日もそう話す男性がいた。

苦笑いを浮かべるけれど、それがどれほど過酷な状況かよくわかる。

徘徊は、認知症の中でも深刻な症状のうちのひとつだ。

今回は、身の周りで起こり得る認知症による徘徊について書いていきたい。

「徘徊」という言葉は、当事者を傷つける場合もあるため、自治体によっては、「行方不明」「ひとり歩き」という言い方もすることがあるが、この記事では「徘徊」という言葉を使うことにする。

1️⃣ 生活の中で起きる異常に気づけない

叔母は80歳だ。聞こえ難いと言い始めたのは、75歳頃だった。

会話中に相手の言葉を頻繁に聞き返すようになったのが、喜寿を過ぎた辺りだった。

私は補聴器を使った方が良いと何回か言ったが、聞き入れてくれなかった。

そうこうしている内に補聴器を使うようになったが、装着が面倒臭い、耳が痛くなる、音が変に聞こえるなどの理由から、補聴器を嫌った。使わないので会話中に聞き返すことは続いた。

難聴が進んだ頃から叔母は、次第に物忘れが増えた。

「なんだっけ…」「言ったっけ…」「忘れちゃった…」。そう言う言葉が本当に増えたのだ。

たまにしか会わない私は、その変化に驚いたが、叔母の家族達はそうでもない。

「最近、忘れるんですよねぇ」と苦笑いを浮かべる程度だった。

いつも一緒にいるので変化し続ける叔母の状態に慣れてしまっていたのだろう。

何事も慣れは恐い。とくに高齢者の心身は、薄い硝子のように脆い。

私は、高齢者の心身には見えないひび割れが入っていると思って接している。

些細な振動で一気に割れるのだ。その時、もう元には戻れないことが分かる。

ある日、私の母宅を訪れた叔母が、帰宅の不安を口にした。

「どこの駅から乗ればいいのかしら…」。

私は、ひとりで帰すのが心配になり、叔母の自宅近くの最寄り駅まで一緒に電車に乗り、送り届けた。

このときすでに認知症は始まっており、事の深刻さを伝えたが、叔母の家族達にはあまりピンと来ていないのがわかった。

2️⃣ 買い物へ行って来ると言うけれど

叔母が認知症検査をしたのは、私が自宅の最寄り駅まで一緒に電車に乗って行ってから一年ほど経った頃だ。

検査を受けたと聞いた私は、遅きに失すると思った。検査結果は、アルツハイマー型認知症だった。さらに専門外来を設けている病院での精密検査を要した。その結果、脳の萎縮が顕著であり、中度の認知症と診断を受けた。

義理叔父からは「そちらに行ってませんか?」という電話が母宅に何度かあった。

義理叔父にとっては何気ない会話のつもりなのだが、何かの言葉が叔母の心の琴線に触れ、突然、怒りだし、家を出て行ってしまうのだ。

怒り出すと物を投げたり、怒鳴ったりが激しいので止めようもないらしい。

これは私の推測だが、すでに義理叔父は叔母の症状に疲労困憊しており、止める気が起きなくなっているのだろうと思う。

先日も用事があり叔母宅へ電話をすると、「今、出て行っちゃってて…」と義理叔父が言う。

この時は何事もなく帰宅したから良いものの、そのままどこかへ行ってしまうということもあり得る。これを義理叔父も叔母の子どもたちも「外出している」と言っていた。

叔母はひとりで外出する。家族は仕事もあるのでいちいち一緒に行かれない。

ある時は、叔母が一人で銀座や浅草まで行っていたのが判明したが、本人はどこへ行ったのかまるで憶えていなかった。のちに、叔母が持ち歩いていた交通系ICカードの利用履歴から行先が銀座だと判明したのであった。

叔母の家族達は、相談の上で自宅の玄関の扉上にカメラを設置した。

叔母が出て行ったことが息子のスマホへ通知されるシステムは使っている。でもそれでは危険回避にはならない。

さらに使っている鞄にGPSを入れたが、その鞄を持って出ないときもあるのであまり意味を為さないようだ。

その家族達は、「外へ出て行く」「外出」と言うので、本人がどこへ行ったのか記憶の無い外出を「外出」とは言いませんよ、私はそう話した

「それは外出ではなく徘徊です」そう言うと叔母の息子は、一瞬、息をのみこんで「そういう事ですね」と言った。この時、ようやく事の重大さを分かったようだ。

検査の結果、認知症だと判っていても、徘徊という認識を持つまでに、家族は長い時間を要する。これは叔母の家族だけではなく、他の家族を見ていてもそうだ。

それから程なく、叔母の施設入所を決めたと聞いているが、事故が起きる前にそれが実行されることを心から願っている。

徘徊時、靴を片方しか履いていないこともある


3️⃣ 徘徊の怖さ

福祉施設に来る利用者の中に妻を介護している人がいる。妻の身体介助はないが、物忘れが酷く、徘徊もある。

家のリビングにカメラを取り付けているが、他の部屋から外へ出てしまうとわからない。

そうなると町内中を探すことになり「大変なんだよ」と嘆いていた。

その人の徘徊防止の対策は、外から部屋の鍵をかけること。

本当にどうしようもない時は、妻と自分を紐で繋いでいると言ったので、思わず虐待ですと言いそうになったが、その言葉をのみ込んだ。

それは本当に虐待だろうか。そう思ったからだ。

紐で縛る行為に抵抗は感じるが、ひとりで外へ出て行ってしまい、事故に遭うよりは良い。

その反面、どこまでが虐待でどこまでが命を守る行為なのか、判断が難しい。

「病院へ行く準備をしている最中だった。ちょっと目を離した隙に妻が出て行ってしまった」。私は、その人からそのような連絡を受けたことがある。

勤務先の福祉施設に現れたら、保護をすることにしていた。

幸い、近所で見つかったので事なきを得たのだった。

認知症の人の徘徊時、目的があるのか否かを知るために、叔母に「どこへ行くつもりだったの?」と訊いたことがある。

その時には「どこだったかしら」と不思議な事でも起こったような顔をしていた。

家を出る時には目的があったのかもしれないが、その目的をすっかり忘れてしまったのだろうか。それとも初めから目的もなくぼんやりと外へ出てしまったのだろうか。

叔母は、30分ほど外へ出たが、無事に帰って来たときも「あたし、外へ出たの?」と言ってまるで自分の行動を憶えていなかった。

最後に徘徊の怖さを書いておきたい。

認知症の徘徊を決して甘くみないで欲しい。

死んでしまうことがあるからだ。

認知症で徘徊した私の義理伯母は、伯父が目を離した隙に外へ出てしまった。

発見されたのは翌々日だった。路上で亡くなっていたのである。

隣り近所に彼女の認知症の事をしっかりと伝えて、もし外で見かけたら保護をお願いしていれば、命は救えた可能性がある。

「深刻なことは何も起きていない」「まだきっと大丈夫」「あれだけ喋って歩いているのだからそんなに悪くはなっていない」「よその人に認知症と知られるてしまうのはかわいそう」 そんな言葉をよく聞いたが、自分の愛する家族の過酷な現実を直視したくない気持ちがあるからこその気持ちであり言葉だろう。

しかし、徘徊の症状がある人は、外へ外へ出て行こうとする。

ところが、皮肉なことにその家族達は、本人が認知症であることは外部の者には言わず、内へ内へと籠ってしまうのだ。

参考サイト『東京都健康長寿医療センター』 認知症による行方不明~命を守るために必要なこと

写真:橘 世理

橘 世理(たちばなせり)

神奈川県生まれ。東京農業大学短期大学部醸造科卒。職業ライター。日本動物児童文学賞優秀賞受賞。児童書、児童向け学習書の執筆。女性誌、在日外国人向けの生活雑誌の取材記事、記事広告の執筆。福祉の分野では介護士として高齢者施設に勤務。高齢者向け公共施設にて施設管理、生活相談を行なう。父親の看護・介護は38年間に及んだ。

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