バリアフリーはよく聞くけれど、ユニバーサルデザインのことはよくわからないという人もいるだろう。
今回は、このふたつの違いと共通点を記したい。大きな共通点は、ユニバーサルデザインもバリアフリーも、人が暮らしやすく、生きやすくするための工夫ということだ。
前編ではユニバーサルデザインを、後編では主にバリアフリーの話を記すが、ユニバーサルデザインは、バリアフリーも包括しているために切り離して語ることはできない。

ユニバーサルデザイン/バリアフリー
ユニバーサルデザインは、1980年代後半にアメリカの建築家ロナルド・メイスによって提唱された考え方だ。建物や物の設計をする際に「すべての人が公平に使えること」を重視した設計思想だ。
最もわかりやすいユニバーサルデザインのひとつは「自動ドア」だろう。自動ドアは、押す、引くの動作はないため、ベビーカー、車椅子、重たい荷物を持つ人、杖をついてゆっくり歩く人、どのような人でも何の支障もなく使える。性別、年齢、障害の有無、人種等は関係ない。
この事を考えると自動ドアは、確かにほぼ公平に近い扉だ。

自動ドア センサーで開閉する
最近では、自動ドアにもタッチ・スイッチ式がある。「押してください」という表示のある自動ドアだ。
私の暮らす街では、コンビニエンス・ストア、処方薬局、ドラッグ・ストアなど至る所で見かける。これを見たときには、視覚障害者がわからないのではないかと心配になった。これではせっかくのユニバーサルデザインなのに障壁を生むのではないだろうか。
また、今のところ、街で見かけるタッチ・スイッチ式自動ドアの「押してください」のボタン近くに、点字シールを見たことはない。私の行動範囲内において見かけないだけかもしれないので、足を伸ばした先の街で気にしてみたい。
福祉施設で高齢者に訊くと「押してください」の表示のある自動ドアは、押すとゆっくり開くので安心感を得られると言う人もいる。

タッチ・スイッチ式自動ドア
私がユニバーサルデザインを意識したのは、家の十字型ハンドルだった水道の蛇口が、レバー式になったときだ。ただ、そのときは、ユニバーサルデザインという言葉も知らなかったので、世の中にはこんな良いものがあるのかと感心するばかりだった。

レバー式蛇口
昭和58年(1983)に脳内出血で半身不随になった父が、病院でのリハビリを終えて自宅へ戻ったときのことだ。利き手ではない左手で十字型の水道の蛇口の開閉をしたが、利き手ではないのでやりにくかった。それを見た親戚の人が、その頃に普及し始めたレバー式蛇口に換えてくれた。
開閉時にネジを閉めるように回さなくてもよくなり、片手で行う父の洗顔と歯磨きは、レバー式蛇口のお陰でストレスを軽減することができた。家は古いが、蛇口にだけは未来を感じた。当時の私にとって未来とは、道具の発明によって身体障害の悩みを減らせることのできる時代であった。
水道の蛇口をレバー式蛇口に換えて喜んだのは父だけではなく、母もだった。洗い物をしているときに、レバーを手で押せば水が止まるのは、楽しいと言った。
ユニバーサルデザインの事を考えていると、このときの母の言葉を思い出す。つまり母は「楽だ」と言いたかったのだ。(参照『福祉・介護のある風景(1)父が父でなくなった時 前編・後編』)
上述で触れた通り、私の父は、半身不随となり利き手の右手が完全に麻痺した。猛練習の結果、左手で日記を書き、書類に署名までできるようになったが、そのときによく使っていたのが、太めのボールペンだった。
右手に代わってすべての動作をやらなければならなくなった父の左手は、握力はついたけれど、疲労も蓄積された。そのため、使う道具は、ひとつ、ふたつと楽に使える道具に代わっていった。
その中のひとつにボールペンがあった。太めのボールペンは、誰かが父に勧めたわけではなく、何本かあるボールペンの中から使い勝手が良い物を自分で選んでいたのである。
あるとき父から「太いの買ってきてくれ」と頼まれた。太めのボールペンは手が疲れないと言う。言っている事はわかったが、ボールペンの細い太いが私には抽象的で実感できず、ボールペンのどの部分がどう太ければ手が疲れないのか、それすらもわからないまま街の大きな文具店へ行った。
買ったのは、太めで、手に密着感のあるものを選んだ。ユニバーサルデザインを意識していたわけではないが、父が使って心地良いもの、疲れないものを探していくと結果的にユニバーサルデザインのボールペンを知らず知らずのうちに選んでいた(購入後、その製品を調べると有名文具メーカーのユニバーサルデザインと銘打った製品だった)。
右半身ほぼ完全麻痺の父は、体の右側が石の塊になった感じだと言っていた。左手が使えるとはいえ、このような体で生きなければならないため、ボールペン1本の使いやすさは、父にとって書く楽しみを得るという、生きる上でとても大切な意味を持っていたのだ。つまり、ユニバーサルデザインひとつでQOLは向上するのだ。

ユニバーサルデザインとバリアフリーの相関図
図にあるように、ユニバーサルデザインは、バリアフリーを内包している。端的に記すと、ユニバーサルデザインは「すべての人が公平に使える」という設計思想で、バリアフリーは「障害を持つ人や高齢者が社会生活に参加する上で、生活の支障となる物理的な障害や、精神的な障壁を取り除くための施策や事物」を指す。両者の定義は異なるけれど、重なる部分はとても多い。そして私達の日常生活はユニバーサルデザインの設計思想が反映された様々なモノに囲まれているのだ。
後編では、物理的な障害と心の障壁の両面を考察しながら、バリアフリーを中心に記していく。

橘 世理(たちばなせり)
神奈川県生まれ。東京農業大学短期大学部醸造科卒。職業ライター。日本動物児童文学賞優秀賞受賞。児童書、児童向け学習書の執筆。女性誌、在日外国人向けの生活雑誌の取材記事、記事広告の執筆。福祉の分野では介護士として高齢者施設に勤務。高齢者向け公共施設にて施設管理、生活相談を行なう。父親の看護・介護は38年間に及んだ。