政治を斬る!

立憲野党私設応援団(109)タイムカプセルから見つけた30年前の卒業論文を読む~私たちはどこで道を間違えたのか~~憲法9条変えさせないよ

※この連載はSAMEJIMA TIMESの筆者同盟に参加するハンドルネーム「憲法9条変えさせないよ」さんが執筆しています。


<目次>

0.はじめに

1.人間を幸福にしない規制緩和というゲーム

2.参考文献

3.30年前の卒業論文を読み返してみた感想

4.卒業特集(その2):ときメモ


0.はじめに

SAMEJIMA TIMES「筆者同盟」への私の連載も、今回を含めて残りあと2回となりました。

今回は、私が30年前に大学を卒業する際にゼミで書いた卒業論文を読んでいきたいと思います。

当時の世相を振り返ってみますと、1989年12月末に日経平均株価が38,915円87銭のという当時の史上最高値を付けた後、1990年から株価の下落が始まり、さらに1991年から地価の下落も始まって、私が大学に入学した1992年4月の時点では、「バブル崩壊」は誰の目にも明らかになっていました。

政治のほうに目を向けてみますと、1993年に政権交代が起きて「非自民連立政権」の細川護熙総理が誕生し、翌1994年には「自社さ連立政権」の村山富市総理が誕生するというような政治状況で、私が書いた卒業論文の中で何度も登場する「亀井静香運輸大臣」は、村山内閣の閣僚になります。

ちなみに、「運輸大臣」というのは現在の「国土交通大臣」のポストにあたるものです。

また、同じく卒業論文の中で何度も登場する「スチュワーデス」という職業は、現在の「キャビンアテンダント」にあたる職業です。

このような前提知識をふまえたうえで、1996年3月に私がゼミで書いた卒業論文「人間を幸福にしない規制緩和というゲーム」を読んでいきましょう。

1.人間を幸福にしない規制緩和というゲーム

いま時代は「変革」の時を迎えている。1992年にアメリカでクリントン政権が誕生して以来、「変革」、「改革」といった言葉がキーワードとなり、世界中で激しい変化が起きている。

日本でも、政治、経済、行政、教育、社会といった様々な分野で、「改革」が叫ばれている。その中でも経済の分野の構造改革は、“待ったなし”の課題である。「発展途上国型から先進国型へ」、「日本型システムから市場システムへ」、「もたれ合い体質から自由競争へ」という改革が、いま求められているのである。

そこで改革の目玉となるのが「規制緩和」である。つまり、1万件を超す規制がニュービジネスの誕生を妨げている。官僚主導型の経済運営は、「追いつけ、追い越せ」という時代には効率的に機能したが、日本経済がキャッチアップを終えた今では、逆に経済の活力をそいでしまっている。そこで、政府による規制を大幅に削減し、民間企業の自由な経済活動を促進しよう、というのである。

これは、一部の規制緩和推進論者だけが主張していることではない。マスコミも、「規制緩和は時代の流れ」とばかりにそれを後押ししている。いまや規制緩和は、完全に世論の支持を得ているかのようである。

 しかし、本当に推進論者の言うように、規制緩和を行えば人々の生活が良くなるのだろうか。単にムードでそう語られているだけではないのだろうか。それどころか、実際に規制緩和を行えば、人々の生活が今よりも悪くなってしまう可能性さえあるのではないだろうか。

 私は、今のままで規制緩和を行えば、多くの人々にとって、それは災厄にしかならないと考えている。いまメディアでは、規制緩和のプラス面しか語られておらず、「規制緩和」をまるで魔法の呪文か何かのように考えているふしがある。しかしそれは、物事の一面だけを見ているにすぎない。そこで、規制緩和にはどのようなマイナス面があるのか、メディアであまり語られない部分について、これから論じていくことにしたい。

 その前に、規制緩和推進論者の主張について、簡単に整理しておくことにしよう。なぜ規制緩和を行わなければならないのか、そして、規制緩和を行うとどのようなメリットがあるのか、という二つのことについて、これから述べていくことにする。

 まず、なぜ規制緩和を行わなければならないのか。その理由は、大きくいって次の四つである。

 一番目が、「バブル崩壊後の景気の低迷」である。バブルが崩壊し、日本はいわゆる「平成不況」に苦しんでいる。これは単なる循環的な不景気ではなく、構造的な危機を藩円したものである。今までの「キャッチアップ型」の経済構造は完全に行き詰っており、い本の経済構造全体を「フロンティア開拓型」に改革しない限り、この不況から抜け出すことはできない、といった主張である。

 二番目が、「政・官・財の癒着構造」である。官僚が自らの権益を増やすために、不必要な「規制」を作り、新しい産業が育つのを妨げている。そのため、規制による既得権を持つ業界が、恒常的に超過利潤を得ることになる。そこに政治家が入ってきて、いわゆる「族議員」として特定の業界のための施策を行い、その見返りに選挙の票と政治献金を得ている。このような癒着を打破するためには、規制そのものをなくす以外にない、といった主張である。

 三番目が、「貿易黒字と円高の問題」である。日本は巨額の貿易黒字を出し続けている。これを何とか調整しなければ、円高によって調整されることになる。そうなると、企業は海外生産を行うようになり、国内産業が空洞化してしまう。そうなる前に、日本の市場の閉鎖性を改め、外国企業が国内の市場に参入できるよう、市場開放を行う必要がある、といった主張である。

 四番目が、「国際化への対応」である。今までは日本的なやり方で経済活動を行うことが許されたが、世界における日本の役割が大きくなった今日では、もはや自分のことだけを考えるわけにはいかなくなった。そこで、日本的な特殊なやり方はやめて、国際的なルールに則った経済活動を行う必要がある、といった主張である。

 それでは、規制緩和を行うと、いったいどのようなメリットがあるのか。それは、大きくいって次の四つである。

 一番目が、「物価の下落とそれに伴う消費者の実質所得の上昇」である。日本は経済大国になったにもかかわらず、国内の物価が高かったため、消費者は豊かさを実感することができなかった。しかし、規制緩和を行えば、これまで規制に守られてきた産業が競争にさらされるようになり、生産性が向上する。そうなると、物の値段が大幅に下がり、そのぶんだけ消費者の実質所得が増え、豊かさが実感できるようになる、というものである。

 二番目が、「新産業の誕生」である。規制や許認可制があるために、これまでは新しい事業を興すことは難しかった。しかし、規制緩和によって自由な経済活動が可能になれば、たくさんのニュービジネスが生まれ、今までまったくなかったような財・サービスの提供が行われるようになり、新たな経済成長の引き金になる、というものである。

 三番目が、「消費者主権の確立」である。様々な財・サービスの提供が行われることになることで、消費者の消費生活が豊かになる。同時に、消費者は多様な選択肢の中から財・サービスを選べるようになり、消費者主権が実現される、というものである。

 四番目が、「雇用の増加」である。非効率産業から余剰人員が吐き出されるので、規制緩和は確かに短期的には痛みを伴う。しかし、ニュービジネスが生まれることによって、そこに職場が生み出されるので、失業者はそこに吸収されていく。それどころか、ニュービジネスによる雇用創出の効果の方が大きいので、ネットでは雇用の増加になる、というものである。

 まさに、「規制緩和をやれば未来はバラ色」といった感じである。

 しかし、実際に規制緩和を行えば、このような「いいことずくめ」では済まない。やはり規制緩和にもマイナス面がある。いや、それどころか、そのマイナス効果によって、むしろ人々の生活が悪くなる公算の方が強いのである。

 そこで、推進論者の主張の問題点を明らかにすべく、規制緩和が現実にもたらすマイナスの作用と、人々の生活に与える影響について、これから詳細に検討していきたいと思う。

 具体例の検討に移る前に、少し、言葉の問題について検討してみよう。

 「生産者重視から消費者重視へ」というのはよく使われるスローガンである。これはいかにも「大企業重視から庶民重視へ」と言っているように見える。

 しかし、「生産者」とか「消費者」とかいう言葉には、何ら実態があるわけではない。一人の人間が、物を供給する(売る)側になったときには「生産者」になり、物を需要する(買う)側になったときには「消費者」になるということであって、経済学の分析上の用語にすぎない。いかにもどこかに「生産者」というけしからん人間がいて、「消費者」という人間らしい人間がいるというようなイメージでこの言葉を使うのは、間違っている。

 それでも、もし強いて「生産者」や「消費者」といった言葉が具体的に指し示している人間像を考えようとするなら、次のようになるであろう。

 「生産者」というのは、大企業、中小企業、自営業者、そして企業に雇われて働くサラリーマン・パート・アルバイトといった人々であり、物を生産し、販売する人々である。

 これに対して「消費者」というのは、サラリーマン、自営業者、主婦、学生、老人といった人々であり、物を購入したり、消費したりするときには、誰もが「消費者」である。

 ここで、「生活者」という概念を導入しよう。この言葉の経済学的な意味は必ずしも明らかではないが、一般には「消費者」とほぼ同じ意味で使われているようである。しかし、ここでは「生活者」を「企業に雇われて働いたり、自営業を行ったりして収入を稼ぎ、その稼いだお金を使って日々の生活を営んでいる人々」というふうに定義することにする。つまり、「生活者」は、「生産者」と「消費者」という二つの側面を持っているのである。

 この定義は、普通の一般庶民をイメージしたものである。一般の人々は、日々の生活費を得るために働いている。子供や老人など、確かに働かない人もいるが、家計全体でみれば、やはり誰かの勤労所得に依存しているので、この定義を使って国民一人一人の暮らしのことを論じても、そんなに無理があるとはいえないであろう。

 この定義を使えば、「規制緩和が人々に幸福をもたらすのか」という問題は、「規制緩和によって『生活者』の生活水準が上がるのか」というふうに言い換えることができる。

 このことをふまえたうえで、これから、規制緩和の現実を見ていくことにしたいと思う。

 それでは、規制緩和を実際に行えばどういうことが起きるのか、「航空自由化」と「大店法改正」という二つの具体例を検証していきたいと思う。「航空自由化」のところでは、主に労働条件、安全性、価格といった問題について検討していく。そして、「大店法改正」のところでは、主に失業の問題について検討していくつもりである。いずれも、「規制緩和によって人間の生活がどう変わるのか」という視点から問題を捉えていきたいと思う。

 それでは早速、「航空自由化」から見ていくことにしよう。

 「航空自由化」を取り上げるのは、規制緩和によって生じる様々な問題が端的に現れているからである。そもそもアメリカの規制緩和は、この航空の分野において、価格・路線に自由化が行われたのがその始まりである。また、日本でもアルバイトスチュワーデス導入で話題になった分野なので、問題が分かりやすいということも、ここで航空の分野を取り上げる理由の一つである。

 ここではまず、アルバイトスチュワーデスの問題を取り上げ、主に「生産者」の側からみた規制緩和の問題点について論じていく。そして次に、アメリカで行われた航空自由化の事例をもとに、主に「消費者」の側からみた規制緩和の問題点について論じることにする。

’94年夏、アルバイトスチュワーデス導入をめぐって、亀井静香運輸大臣(当時)と日経連の永野健会長(当時)との間でいわゆる“鶴亀論争”が起きた。航空会社と運輸省の間ですでに決まっていたアルバイトスチュワーデスの導入に対して、亀井運輸大臣が“待った”をかけたのがきっかけである。このときの論争を再現してみると、

亀井「身分の異なるスチュワーデスが同じ飛行機に乗ると、チームワークが乱れて安全上問題がある。」

マスコミ「安全性に問題があるというのは言いがかりにすぎないのでは?」

亀井「乙女のスチュワーデスへのあこがれを逆手にとったやり方。こんなことは男性の職場ではありえない。」

永野「パートでも職場ができるのはいいことだ。」

亀井「彼(永野会長)は19世紀感覚の悪い経営者。安全や公害などの問題を考えず、ただ労働者から搾取し、もうければいいという認識があることを危惧する。」

永野「コメント以前の問題で、亀井さんが何をおっしゃっても、もう発言する気はない。」

というものであった。

亀井運輸大臣は雇用と安全という二つの側面からアルバイトスチュワーデスに反対したわけだが、これに対するマスコミの反応は、「規制緩和の流れに逆行する」とか、「時給・契約制スチュワーデスが安全性に問題があるというのは、アルバイトやパート労働者に対する差別だ」といった論調で、ほとんど一方的に亀井運輸大臣を悪者扱いしていた。(もっとも、“鶴亀論争”が進むにつれて、後半は次第に亀井運輸大臣の発言を評価する意見も見られるようになった。)

しかし私は、亀井運輸大臣の発言は単なる“言いがかり”ではなく、重大な内容を含むものであると考える。そこで、この発言を足がかりに、アルバイトスチュワーデスの問題点について、細かく検討していきたいと思う。

まず、アルバイトスチュワーデス導入で一番に考えなければならないことは、雇用の問題である。マスコミは、このアルバイトスチュワーデス導入を、「雇用の創出」と捉えており、就職できなくて大変な時に「パートでも職場ができるのはいいことだ」と、永野会長と同じ意見を述べていた。「職がないよりも、アルバイトでもいいから職があった方がいい」という言い方は、一見するともっともらしいように思える。

では、「月収40万円の人を100人解雇し、その代わりに101人の人間を月収20万円で雇う」という企業があったときに、これは「雇用の創出」といえるだろうか?

このような問いを出せば、ほとんどの人は「それは単に給料を半分に下げただけじゃないの」と答えるだろう。

 これはいささか極端な例だが、アルバイトスチュワーデス導入というのは、これと本質的に同じことなのである。

 確かに航空会社は、いま雇っている正社員スチュワーデスを解雇するわけではない。しかし、本来なら正社員スチュワーデスとして雇うべき人間を、正社員として雇わないのである。これは、将来の正社員を事前に解雇しているのと、ほとんど同じことではないのか。

 例えば、「今から5年間、正社員スチュワーデスの採用をストップし、その代わりアルバイトスチュワーデスを毎年500人ずつ雇う」というのと、「ずっと正社員の採用を続けていたのが、5年後に突然2500人の正社員スチュワーデスを解雇し、代わりに2500人のアルバイトスチュワーデスを雇う」というのは、5年後の結果だけを見れば、全く同じことである。ただ、解雇が表面上見えてこないだけのことである。私はこれを「見えざる解雇」と呼ぶことにしたい。

 この「見えざる解雇」によって、全体的な雇用の「数」が減るわけではない。しかし、正社員スチュワーデスの代わりに雇われるアルバイトスチュワーデスの「賃金」は、大幅に切り下がるのである。例えば、日本エアシステムのアルバイトスチュワーデスは、乗務時間中の時間給はたったの1200円、諸手当込みの年収は、約240万円にしかならない。これでは東京で一人暮らしもおぼつかないほどの低賃金である。ちなみに、仮に正社員の採用があったとすれば、3年目の大卒正社員の給料は532万円なので、賃金は、実に、半分以下にまで切り下がっているのである。

 規制緩和について論じる際に、「物価が半分になれば、実質所得は倍増する」と言う人がよくいる。しかしそれは、「消費者」としての側面を言っているにすぎない。物価が半分になったとしても、「生産者」としての収入が半分になってしまったら、「生活者」としての実質所得は、何ら変わっていないことになる。それどころか、収入が半分以下に減ってしまうと、実質所得は減少してしまうのである。

 日本と同じような賃金の低下は、「航空自由化」の先進国であるアメリカでも起きている。アメリカのフライトアテンダント協会のデータによれば、1983年のスチュワーデスの平均年収は、2万8847ドルであった。これが6年後の1989年には、2万7160ドルにまで下がっている。その間に物価は24パーセント上昇しているので、実質賃金はおよそ3割も低下したことになる。

 なぜこのように賃金が切り下がったのか。それは、規制緩和によって価格競争が激しくなったからである。

 急激な航空運賃の低下によって、経営陣は大幅なコスト削減を迫られるようになった。コスト削減の中には当然「労働コスト」も含まれる。つまり、労働者の賃金削減に手をつけざるを得なくなったのである。

 経営側の賃下げ要求に対して、労働組合は、ストライキを含む激しい抵抗を行った。しかし、経営側は、非組合員を大量に育成し、ストライキを打ち破った。労働組合は衰退し、「給料をカットしない限り、会社はやっていけない」という経営陣の主張に誰も反対できなくなった。そして、航空労働者は、賃下げをのまざるを得なくなっていったのである。

 このような賃金の切り下げが行われたのは、航空の分野だけではなかった。規制緩和先進国のアメリカでは、国全体で大規模な賃金水準の低下が起きたのである。

 アメリカ労働統計局のデータによれば、1970年に週給298ドルであったアメリカ人の平均の実質給与は、1992年には255ドルまで目減りしてしまっている(1982年の貨幣価値で計算)。アメリカ人の平均の実質賃金は、1947年から1970年までは、70パーセント増と、成長しつづける一方だったのが、その後の20年間では、およそ15パーセントも減ってしまったのである。

 規制緩和は成功だったと主張している、ワシントンのブルッキングス研究所のクリフォード・ウインストン氏でさえ、次のように述べている。

「1980年代に賃金の不均衡が急激に増大した。規制緩和は、米国の労組を弱体化させ、企業および労働者階層間の賃金格差を増大させた。規制緩和は価格を限界費用に近づける一方で、賃金を限界生産に近づけたため、最も低い熟練度しか有さない労働者と、収益のもっとも低い企業の労働者の相対的賃金を減少させた。」(『規制緩和という悪夢』より)

 これを見てもわかるように、規制の枠をはずしてしまえば、一般の労働者には賃金水準の低下がもたらされてしまうのである。

 このようなことを考えると、亀井運輸大臣の発言は、かなりまともなことを言っているように、私には思えてくる。しかし、マスコミは、「企業の経費節減の努力を無駄にするのか」とか、「雇用の多様化は時代の流れだ」というふうに、亀井運輸大臣を批判していた。

 マスコミはどうやら「企業努力」という言葉が好きらしい。しかし、いわゆるコスト削減といっても、方法は二つある。一つは、今までになかった技術や手法を開発し、コストを下げるというやり方。そしてもう一つは、労賃を削るというやり方である。

 このどちらの方法をとるかは経営者次第だが、後者のやり方のほうが楽であるのは言うまでもない。残念ながら、日本企業の現状を見ると、「リストラ」と称して後者のやり方を大々的に行っているというのが実状のようである。

 よくマスコミは、政府の行政改革が進まないのを批判するときなどに、「民間企業はリストラで血を流しているのに、政府は……」といった言い方をする。

 しかし、「企業が血を流している」というのはいったいどういうことなのだ。企業は、「リストラ」をやって人件費を削ったおかげで、収益をあげているではないか。企業はむしろ、「ぬくぬくとしている」のである。

 本当に「血を流している」のは、会社をクビになったサラリーマンや、賃下げをのまざるを得ないスチュワーデスである。大変な目にあっているのは、「企業」ではなくて「人間」の方なのだ。

 また、「雇用の多様化」という言い方もかなり曲者である。「多様化」と言えば、「たくさんの選択肢の中から自由に選べるようになること」といったイメージがあり、これは誰が見ても「よいこと」のように思える。

 実際、“鶴亀論争”の時も、「多様化歓迎ムード」が強かった。「あまりに高くなりすぎた人件費を抑えたい」という経営側のニーズと、「アルバイトでもいいからスチュワーデスになりたい」という労働側のニーズが合致して、アルバイトスチュワーデス導入になったのだ。外国では、雇用形態の違うスチュワーデスが、実際に同じ飛行機で働いている。それなのに亀井運輸大臣はよけいなことをして……。

 なるほど、この議論ももっともらしい。しかし、ちょっと考えてみよう。スチュワーデス志望の女性たちは、「アルバイト」スチュワーデスになりたかったのだろうか。そうではなくて、アルバイト「スチュワーデス」になりたかったのではないのか。

 別の言い方をすると、彼女たちは本当は「正社員スチュワーデス」になりたかったのが、航空会社が正社員スチュワーデスの採用を凍結したので、仕方なく「アルバイトでもいい」と言っているのである。これを、学生がアルバイトをしたり、主婦がパートで働きに出るのと、同じように考えてはいけない。

 アルバイトやパートの時給は、正社員の給料に比べると格段に低い。しかし、それは正社員のような8時間労働ではなく、短時間の労働ですむとか、自分の都合のいい時間帯に働くことができるとか、必要以上に会社に拘束されなくてすむといったメリットと引き換えに、低い時給で納得しているのであって、単に企業の側の都合だけで一方的に賃金を引き下げられたのではない。従って、普通のアルバイトやパート労働が低賃金であるのには、それなりの理由があるのだ。

 それにひきかえ、アルバイトスチュワーデスの場合には、労働者の側には何のメリットもない。ただ単に賃金が低くなっただけである。「正社員」と「アルバイト」のうち、自分によって都合のいい方を選んで、希望者が「アルバイト形態の方がいい」と思ったからアルバイトとして雇われる、というわけではない。圧倒的に力の強い企業が正社員への道を閉ざし、それでやむを得ず「アルバイトでもいい」と言っているのである。従って、「雇用の多様化」という名の賃金切り下げを、そのまま認めるわけにはいかないのだ。亀井運輸大臣が介入したのは、決して“よけいなこと”ではない。

 しかしこれに対しては、「この問題は基本的に労使の間の問題だから、大臣が介入するのはおかしいのでは」という反論もできる。実際、そういう言い方をした人も数多くいた。

 ちょっとここで、資本主義の歴史を振り返ってみよう。

 資本主義の成立した初期には、労働者は悲惨な生活を強いられていた。巨大な企業と、なんの力もない労働者ひとりひとりが“自由に”交渉したのでは、賃金が極端に低くなってしまうのは当たり前である。なぜなら、ひとりひとりの労働者は「どんなに賃金が低くても、失業するよりはましだ」と考えて、企業側の出した条件をほとんどそのままのんでしまうからである。

 そこで、労働者は労働組合を作って「団体交渉」を行うようになり、政府も「最低賃金」を定めて、労働者の最低限の生活を守るようになった。このように「資本主義」に一定の修正を加えることによって資本主義の矛盾を克服し、そのおかげで今の「自由主義経済」があるのである。

 「政府の経済活動への介入を認めることは、警察国家化への第一歩である」とは、その当時言われたことである。さすがに今ではそんな言い方をする人はいないが、とにかく「政府の介入はよくない」とか「民間の自由に任せるべきだ」と言う人は多い。

 しかし、「自由」というのは往々にして「強者の自由」になってしまい、弱い者には事実上選択の余地、すなわち「自由」がないことが多い。「弱い者の自由」を守るためには、「強い者の自由」を制限しなければならない場合もあるのである。

 今回の亀井運輸大臣のケースを見てみると、スチュワーデス希望者の自由を回復するために、航空会社の自由を制限したといってよい。このような場合に政府が民間の経済活動に介入するのは、「自由の抑圧」ではなく、「自由の回復」である。

 アルバイトスチュワーデス導入で次に考えなければならないことは、安全性の問題である。マスコミの多くは、「時給・契約制スチュワーデスが安全性に問題があるというのは、アルバイトやパート労働者に対する差別だ」といった論調だったが、この理解の仕方は完全に誤りである。なおかつ、アルバイトスチュワーデスには安全上問題があることは明白である。なぜそうなるのか、その理由を詳しく述べていきたいと思う。

 なぜアルバイトスチュワーデスには安全上問題があるのか。それは、正社員スチュワーデスが終身雇用であるのに対し、アルバイトスチュワーデスは1年契約で、契約更新は2回までしか認められないからである。つまり、最長でも3年しか勤めることができないからである。

 日本航空のスチュワーデスで組織する日本航空客室乗務員組合の、飯田幸子委員長は、次のように語っている。

「スチュワーデスの仕事は安全訓練を受ければいいというものではなく、経験の蓄積が必要だ。特に飛行機が大型化し旅客も多様化し、病人や旅客同士のトラブルへの対応能力なども必要。短期契約のアルバイトは、経験を後輩に伝えられない。」(『毎日新聞』1994年8月24日付朝刊より)

 どうもマスコミの多くは誤解していたようだが、アルバイトスチュワーデスについて、「能力がないから問題だ」と言っているわけではないのだ。「経験がないから問題だ」と言っているのである。そのことについて、日本航空のスチュワーデスである内田妙子氏は、もっとわかりやすく次のように語っている。

「アルバイトで不安なのかどうなのか、とこういった問題もずいぶん新聞紙面でも論争になりました。確かに正社員で入社しましても、訓練を受けた後は当然新人です。アルバイトの方たちも同様の訓練を受けるということでは、スタート時点では同じだと思います。それがやはり1年契約でつぎつぎに入れかわっていくこと自体に、経験の蓄積・伝承が行われない困難な問題を抱えるわけです。」(『スチュワーデスはアルバイトでよいのか』より)

 ここで少し、「日本的経営」の話をしよう。

 経済での、特に自動車などの分野での日本の成功の秘密を説明するものとして、「日本的経営」ということが語られた。アメリカでは労働者が簡単にクビを切られるので、労働者の定着率が低く、熟練度も忠誠度も低い。これに対し、日本では終身雇用による長期安定雇用システムが確立しており、それゆえ労働者の忠誠度は高く、熟練も蓄積していく。それでアメリカ企業は競争力を落とし、日本企業は強くなったのだ――というのが、その大まかな内容である。

 これはスチュワーデスにも同じことが言える。最長3年しか勤められないということになると、勤続年数が著しく短くなる。1993年度時点での日本航空のスチュワーデスの平均勤続年数は、9.1年である。これにアルバイトスチュワーデスが入ってくると、スチュワーデス全体の平均勤続年数を大幅に下げてしまうことは明らかである。また、アルバイトスチュワーデスだけの平均勤続年数を考えると、単純に考えても2年程度にしかならない。このような経験の浅いアルバイトスチュワーデスは、熟練度が低く、緊急時の安全面に問題が生じることは十分に考えられる。

 この危惧を裏付けるような事故が、実際にイギリスで起きている。1985年、ブリティッシュエアロツアーズ社の航空機がマンチェスター国際空港で炎上し、多数の乗客が死亡した。この炎上した直接の原因は、後方に位置したスチュワーデスのひとりが、飛行機が停止する前に右側のドアを開けてしまったことにある。そして、ドアを開けたところが風上だったため、開けたドアから燃えた黒煙が機内に大量に流入し、乗客の大部分がガス中毒死したのである。実は、このとき後方にいた2名のスチュワーデスが、アルバイトだったのだ。

 このことを非常に重く見たイギリスの調査委員会は、「熟練度の高い客室乗務員を機内に配置するという問題について、航空会社および政府は考え方をきちんと徹底すべきである」という報告書を出した。この調査に直接携わったキング主席調査官は、次のように語っている。

「報告書には最終的に盛り込めず触れていなかったけれども、この人たちは季節雇用者(アルバイト)だった。この人たちの経験の少なさが、この事故を大きくし、災害を大きくしたという確信は変わらない。しかし、政府やいろんな判断の中で書けなかった。」(『スチュワーデスはアルバイトでよいのか』より)

 このキング氏の証言から、我々は二つの教訓を読みとることができる。一つは、「アルバイトでも安全上問題ない」という主張を、少なくとも100パーセント信じるというわけにはいかないということ。そしてもう一つは、「アルバイトには安全上問題がある」と主張しようと思えば、どうも何らかの筋から圧力がかかるらしいということである。ここからは単なる私の邪推に過ぎないが、アルバイトスチュワーデス問題でマスコミが「アルバイトでも大丈夫だ」というキャンペーンを張ったのも、“科学的根拠”に基づいたものというよりは、一種の“政治的判断”に基づいたものではなかったのかという疑念さえわいてくる。

 それから、安全性の問題でもう一つ考えなければならないのが、「スチュワーデスの一体感」の問題である。これは亀井運輸大臣をが“待った”をかけたときに、いちばん最初に投げかけた問題である。これに対してマスコミは「低い時給だからといって、アルバイトの女性たちがわれさきに職場放棄するわけがない」と反論。ここから例の“鶴亀論争”へと発展していったのだが、このことについて、弁護士の中野麻美氏は次のように述べている。

「多様な雇用形態で働く人たちから、こういうため息が聞こえてきます。それは、低い賃金であっても、その職につけるということが喜びで、職場の中で働いてきた、私たちの方が商品知識もあってキャリアも長くなり売り上げを伸ばすノウハウも企画力もある、それだけ職場の中で中心的にがんばってきた、と耳にします。

(中略)

 それなのに、どうして社員とこれほどの賃金格差があるのか。もう少し賃金が上がってもいいんじゃないか、休暇の権利も同じように認められたい……と。そんな不満を私たちに漏らされます。いったん家庭に入ってブランクがあっても、2~3年も働けば、その職場の中で自信がでてきますし、まわりが冷静に見えてきます。その時、自分の労働が、いかに安くたたかれているか見えてくるのです。それが分かった時、その人は企業に対して、もう少し何とかならないのかと、声を上げます。しかし、企業から返って来る言葉は決まっています。『これであなたは納得したんじゃないか』『この条件で納得ずくで採用されたのに、どうして今さら』というのです。こういう言葉を返されたときの彼女たちの気持ちは、いったいどんなでしょうか。

 このやり切れない思いをどんなふうに落ちつかせるか、いくつかの方法があると思います。ある人は、正社員の賃金が高すぎるということで、賃金をダウンすべきだと主張することで自分自身の気持ちを落ち着かせるのかもしれません。そういう中で形成される職場の人間関係――どういうわけか差別がまかりとおる日本の職場には少なくない――の中では、自分自身をいじめて働くことになるんじゃないかと思うんです。自分いじめが、他人いじめにつながって反目が拡大される、こういう殺伐とした人間関係が生まれてくるのではないでしょうか。

 差別化の象徴としてのアルバイトスチュワーデスの導入は、そういった殺伐とした職場環境の中に安全性の確保に重要な役割を担うスタッフが、雇用形態のいかんを問わず、巻き込まれていくことを意味します。そんな中で、本来の役割と能力を発揮することができるのか問題です。

 アルバイトでも働きたいという積極的な意思が、そうした社会の現状の中でつみとられてしまうのではないかと懸念されてなりません。」(『スチュワーデスはアルバイトでよいのか』より)

 要するに、「スチュワーデスの一体感に問題がある」というのは、「アルバイトの人間は仕事に対する意識が低い」というようなことを言っているのではなくて、「アルバイトで働く人たちが差別感を感じてしまう」ということを問題にしているのである。

 また、ルポライターの鎌田慧氏は、次のように述べている。

「人間に差別をもちこませない労働運動の精神とは、アルバイトの本工化であって、けっして本工のアルバイト化ではない。臨時工制度が労働者にいかなる退廃と悲惨をもたらしたか、その歴史の前に謙虚になるべきだ。

日経連の挑戦とは『新雇用制度』の押しつけにある。これからの雇用形態とは、幹部社員とその候補者を『長期蓄積能力活用型グループ』に包摂し、研究開発や営業職などは年俸制などの『高度専門能力活用グループ』にいれ、残りはクビ切り自由の『雇用柔軟グループ』にいれる(中略)というものである。露骨な差別・分断支配である。この方針は、経営者の経営責任を棚上げにして、すべてを労働者の能力に起因させるものである。(中略)『雇用柔軟型』などと、適当なことをいって、労働者に時間給を押しつけ、わずかに本工登用の道をのこしておいて競争に駆り立てる労務管理は、非人間的なやり口である。

差別された痛みは、差別されたものにしかわからない。同一労働同一賃金、男女同一賃金――それが人間尊重の道筋であり、けっして、それへの逆行は許されない。」(『スチュワーデスはアルバイトでよいのか』より)

前に、「アルバイトやパート労働が低賃金であるのには、それなりの理由がある」と述べた。これはあくまで、学生や主婦などが、家計補助の目的で短時間の労働を行っている場合の話である。

そうではなくて、仕事の内容や労働時間は正社員とほとんど同じで、単に身分がパートという、いわゆる「疑似パート」となると、話はまったく変わってくる。

これは、結婚して一度会社を辞めた女性が、子供が大きくなって、いわば「第2の就職」という感じでパートとして働いているケースなどに多く見られる。この「疑似パート」が問題なのは、仕事の内容や労働時間が正社員と同じであるにもかかわらず、「パート」とか「派遣社員」とかいう雇用形態の違いを口実にして、堂々と待遇の差別を行っているということである。

ドイツやフランスなどでは、たとえパート・アルバイト・派遣など雇用形態が違っても、同じ労働に従事する以上は同じ額の賃金が支払われなければならないということが、きちんと法律で定められており、このような差別が罷り通ることは考えられない。このようなことを見る限り、本当はあまりこんな言い方はしたくないのだが、日本の企業は欧米の企業よりも人権意識が低いと言わざるを得ないのではないか。

差別の問題は、人間として許されないというだけではなく、職場における効率も落としてしまうということが考えられる。

「日本的経営」という学説の中に、こういう議論がある。

「戦前の日本企業では、ブルーカラーとホワイトカラーの間で大きな待遇差別があった。それが、戦後の企業民主化によって、ブルーカラーとホワイトカラーの格差が徐々になくなっていった。このことが職場の一体感を生み、後の生産性向上に役立った。」

つまり、企業内で平等意識が共有されていたことが、生産性の向上につながったというのである。逆に言えば、職場の中でギスギスした関係があれば、そのことが効率の低下の原因になるということである。

スチュワーデスの間の「差別」の問題と、飛行機の「安全性」の問題は、まったく関係がないように見えて、実は深くつながっているのである。

以上、アルバイトスチュワーデス導入の当初案、つまり“鶴亀論争”時点でのアルバイトスチュワーデスの雇用条件をもとにした議論である。現在(1995年)の時点では、「3年後に正社員への道が開かれ、その際余程のことがない限り、希望者は全員正社員になれる」というふうに大幅に条件が改善された。これは実質上正社員スチュワーデスの採用とほとんど同じと考えてよく、ただ最初の3年間だけは給料が異常に低いのを我慢しなければならないというだけである。それでもなおスチュワーデス希望者に犠牲を強いるものであることに変わりはないが、航空会社の経費節減のことも考えると、このあたりが労使双方の落としどころなのではないかと思う。

では次に、「航空自由化」全般が、安全性の問題にどのような影響を与えるのかについて見ていこう。

「航空自由化」は必然的に競争の激化をもたらす。その競争の激化によって、安全性確保のための経費が削られていく。

日本の例を見てみよう。日本航空のスチュワーデスである内田妙子氏は、次のような事例を紹介している。

「今パイロットの人たちの勤務は、一連のリストラ策でものすごくきつくなっています。サンフランシスコ―成田というフライトタイムが11時間ぐらいかかる路線で、ダッシュ400という2名編成機のジャンボで飛んで、この2名で交替なしに離着陸までを受け持つんです。その前後のフライトプランの打ち合わせなども含めますと15時間ぐらいになるわけです。時差があって、徹夜の勤務で、長時間飛びながら、交替なしです。

(中略)

 実際、500人近い人たちの命を預かっている操縦士が、そういった勤務を強いられながら操縦桿を握っているということ自体が、現場からは非常に危ないと、不安の声が上がっています。今、航空業界では規制緩和が次々に進められ、その職場にも不安定要素が広がっています。」(『佐高信の視線』より)

 要するに、「交替要員の人件費が高いので、交替要員をなくした」というわけである。これは、「スチュワーデスの人件費が高いので、スチュワーデスをアルバイトにする」というのと同じ発想である。安全性を無視した人件費の削減のことを「合理化」と呼べるのか、甚だ疑問である。

 航空自由化が進んだアメリカでは、もっとひどいことが行われた。1985年、イースタン空港は、乗っ取り屋のフランク・ローレンゾーの手に渡った。彼は従業員の給料を20パーセントカットし、以前は目的地に着いたら24時間の休憩があったのを、10時間にまで削った。1万人の首切りもやった。さらに、経費節約のため、テストを受けていない部品や欠陥部品などで飛行機を飛ばし、しばしば修理をスキップし、安全検査の数字を改ざんするなどしたのである。(1990年に、安全のための必要最低限の費用を支払っていないことがわかって訴追を受け、その裁判の過程でこのような事実が明らかになった。)

 以上の事例を見てもわかるとおり、規制緩和を行えば安全性が損なわれることは明らかである――などと結論すると、規制緩和推進論者から次のような反論が返ってきそうである。

「安全性を無視するのは、一部の心得違いの会社である。それに、もしそんな航空会社があったとしても、消費者に“安全でない”と思われたが最後、すぐに、競争相手に顧客が流れる、そのため料金引き下げを余儀なくされるなど、市場メカニズムによる懲罰・罰金が科せられ、その会社は市場から淘汰されていく。従って、競争の下では、航空会社は安全性に特に気をつかうようになる。つまり、規制緩和を行った方が、むしろ安全性は高まるのである。」

 この議論は重大なことを見落としている。確かに、長期的な視野で、理論的に考えた場合には、この議論は正しいように思える。しかし、実際にはこううまくはいかないのである。それはなぜか。

 いまここに、競争力が弱く、経営者も無能だが、規制による高運賃によって辛うじて経営が成り立っている航空会社Xがあるとしよう。そこで、規制緩和を行い、運賃と安全基準を自由化したとする。そうなると、競争が起こって、当然運賃は下がる。他の航空会社はこの価格水準でも十分経営を行うことができるが、航空会社Xは、安全のための必要経費を削らないと、価格を下げることができない。このとき、この航空会社Xの経営者は、どういう対応をとるだろうか。

 対応は、大きく分けて二つ考えられる。一つは、運賃を下げると安全性が維持できないので、そのままの高運賃で経営を行うというものである。これをやれば、悲惨な事故は起こらないが、航空会社Xは価格競争に敗れ、すぐに倒産してしまうことは確実である。そして、航空会社Xの経営者も、経営者としての地位を失ってしまう。

 そこで、航空会社Xの経営者は、もう一つの道、安全のための必要経費を削って価格競争に対抗するという手段をとるだろう。こうすれば、当面は他の航空会社と同じ条件で競争する(もっと正確に言えば、同じ条件で競争しているように見せる)ことができ、すぐに顧客が離れていくことはない。これで、当面は航空会社Xも、経営者も、その場をしのぐことができる……。

 もちろんこんなことをすれば、航空会社Xの飛行機は次々と事故を起こすことになる。悲惨な事故が頻発するのを見た顧客は、当然、航空会社Xの飛行機には乗らなくなる。その結果、やはり航空会社Xは倒産する。つまり、規制緩和推進論者の言うように、非効率な企業は淘汰されるのである。

 こうして見ると、推進論者の言うように、自由化は企業間の競争をもたらし、消費者はその恩恵を受けることになるような気がしてくる。

 しかし、「実際に事故は起きる」のだ。推進論者が描く夢物語は、すべての経営者が前者(安全性維持)の戦略をとることを前提にしている。確かに、そうなれば、消費者は安全で快適な航空サービスを受けることができ、なおかつそれを提供できない航空会社が淘汰されることになる。だが、無能な経営者が後者(価格重視)の戦略をとった場合には、事故は起きてしまうのである。つまり、不幸な事故の犠牲者を生んでしまうのである。

 経営者が後者の戦略をとらないという保証はどこにもない。もちろん、経営者がどちらの戦略をとろうが、非効率な企業は市場メカニズムによって強制的に市場から退出させられる。そこに市場メカニズムのダイナミズムがあるといってもよいであろう。しかし、それはあくまで“事後的に”退出させられるというのにすぎない。経営者が安全性を軽視するのを“事前に”抑止するわけではないのである。

 市場メカニズムが“事後的に”しかはたらかないのには理由がある。サービスを供給する側、つまり企業や経営者の側は、自分の会社が安全にどのくらい費用をかけているかを知っている。しかし、これに対して消費者の側は、その会社がどれくらい安全性に気をつかっているのか分からない。従って、安全性を軽視する航空会社を“事前に”避けるということはできない。そして、実際に事故が起きて初めて、その航空会社が安全性を軽視していたことを知るのである。

 いままで話してきたことは、実は、仮定の話ではない。航空自由化が行われたアメリカでは、現実に、安全性を軽視する会社が現れ、その結果、多くの人命が失われたのである。

 例えば、USエアがその典型である。USエアは、規制緩和後に合併を行って大きくなった航空会社である。そのUSエアが、1989年以降、立て続けに事故を起こした。1994年までにUSエアが起こした死亡事故を挙げてみると、

  1989年9月 ラガーディア空港で事故 死者2名

  1991年2月 ロサンゼルス空港で事故 死者34名

  1992年3月 ラガーディア空港で事故 死者27名

  1994年7月 シャーロット空港で事故 死者37名

    〃 9月 ピッツバーグ空港で事故 死者132名

これらの事故の死者数の合計は、232名にものぼる。

 このような事態に対し、『ニューヨークタイムズ』は、USエアの事故の特集記事を組んだ。その記事は、これだけ事故が頻発したのは、競争の激化による経営不安、経費節減による安全面のチェックの簡素化、訓練体系の違う航空会社の合併による混乱の三つが原因であると指摘。USエアのずさんな安全管理の実態を明らかにした。

 しかし、一般の人々は、この『ニューヨークタイムズ』の記事を読んで、やっとそのような事実を知ることができたのである。つまり、一般の消費者は、事故後にやっとその事実を知ることができたのだ。

 逆に言えば、事故が起こるまでは、人々はみなUSエアの飛行機に安心して乗っていたのである。というより、大丈夫だろうと思うしかなかったのである。それゆえ、何も知らない不幸な232名の人たちは、USエアの飛行機に乗り、事故に遭って命を落としたのである。

 そもそも「消費者主権」というのは、どのような財・サービスが好ましいのかを、消費者が選択するというということである。消費者が市場で望ましいと思う財・サービスを選択することは同時に、それを提供する企業への投票にもなっている。そして、そのことを通じて、真に必要で、より優れた品質のものを、より安く提供する企業が、競争に打ち勝っていく。その結果、人類のもつ資源を最適に配分し、幸福を最大にすることが可能になる。これが「消費者主権」の考え方である。

 このような「消費者主権」が有効に働くためには、消費者は、財・サービスの選択をできるように、十分な情報を持っていなければならない。しかし、実際には、消費者は、財・サービスの構造・品質・安全性に関する情報の収集力、情報内容の新しさ・詳しさ・正確さ、情報理解力といった点で、企業と比べて著しく不利な立場にある。つまり、消費者と企業の間には、「情報力格差」が存在するのである。

 従って、消費者が安心して、自由に財・サービスを選択できるようにするためには、“自由放任”ではなく、政府が何らかの“行政的な規制”を行って、消費者と企業の力の格差を埋めていく必要があるのである。

 特に、安全性の問題については、事故が起きてからでは被害者を救済することはできない。(金銭的に“賠償”をしたとしても、“救済”にはならない。)それゆえ、安全性に関しては、未然に事故を防ぐよう、慎重の上にも慎重でなければならないのである。

 航空委員会長官としてアメリカの航空自由化の推進に取り組んだ、コーネル大学教授のアルフレッド・カーン氏は、次のように警告している。

「規制緩和によって競争を促進するならば、安全に対する規制は逆に厳しくしなければならない。」

 価格競争が激しくなると、追い込まれた企業はついつい安全管理の費用を削りたいという誘惑に駆られてしまう。このような状況で事故を未然に防ぐためには、抑止力としての規制と検査が重要にならざるをえない。仮に価格などについての規制緩和を認めた場合でも、安全性についての規制緩和は、絶対に認めるわけにはいかないのである。

 それから、「航空自由化」の問題を考える際に、是非とも論じなければならないことがもう一つある。それは、自由化を行えば航空運賃は下がるのか、ということである。これは、規制緩和推進論者が主張する規制緩和のメリットのうちで、最も強調されているものである。

 では、果たして推進論者の主張どおり、運賃が大幅に下がって、「消費者」はその恩恵に浴することになるのだろうか。これについて、実際のアメリカの航空自由化の結果を見ていきたいと思う。

 全米のベストセラーになった『アメリカの没落』の著者である、ジャーナリストのドナルド・バーレット氏、ジェームズ・スティール氏の両氏は、アメリカの航空自由化について、次のように総括している。

「自由化推進論者たちは、航空業界や運輸業界を自由化する際にバラ色の将来を予測してみせたが、そのほとんどが実現しなかった。彼らは自由化によって競争が激しくなり、運賃が下がり、より多くの人々が空の旅を楽しめるようになると主張していた。最初の頃は、この予測が実現するかのように見えた。

 固定された運賃や運行予定などの政府の制約から離れた航空業界は、自由化を喜んで迎え入れた。新しい航空会社の運行が開始され、既存の航空会社は新たなルートを開拓した。運賃は下がり、サービスは向上し、競争は激化した。だが、長くは続かなかった。規制が撤廃された市場では、経済的な支配力を持つ者がのし上がった――大航空会社が小さい航空会社を呑み込んだのだ。新しい航空会社は、競争していくための資金が足りないのにすぐに気が付いた。

 今日の航空業界は、自由化以前と比べて競争が激しくない。1978年には、アメリカ籍の航空機が稼ぎ出す航空運賃収入の88パーセントを、大手航空会社上位10社が占めていた。1990年までに、上位10社が占める比率は94パーセントにまで高まった。どこを見てもほとんど競争は見られず、それが運賃にも反映されている。1977年にはフィラデルフィアからピッツバーグまでの運賃は往復86ドルだったが、1983年には124ドルに値上がりし、1992年には460ドルにもなっている。

 自由化後、競争が激しくなったルートでさえ、運賃は急上昇している。ワシントンからニューヨークまでの片道運賃は、イースタン航空のシャトル便で1977年には38ドルだったが、1991年には142ドルと約4倍にはね上がっている。この値上り率と同率で無鉛ガソリンが値上りしていたら、1991年の無鉛ガソリンはガロン当たり2ドル33セントになっていたはずだ。競争の面からみると、ワシントン~ニューヨーク間を飛んでいるのは、デルタ航空とイースタン航空の古くからあるシャトル便2社だけだが、後者はイースタン航空の解体の際にドナルド・トランプに売却され、その後トランプの経済状態が行き詰まったときに、債権者の手に渡った。

 多くの空の旅をする人々にとって、142ドルは法外な値段だ。かつては飛行機の世話になっていたアメリカ中の小さな町に暮らしている人々は、飛行機を使わなくなった。こうした影響を調べたデンバー大学の法律学者ポール・スティーブン・デンプシーによれば、自由化の後、130の小さな町で定期航空便が廃止されているという。

 ひとことで言えば、航空自由化で運賃は下がるどころか上昇してしまった。競争は生産的ではなく破壊的な方向に進んだ。サービスは切り詰められた。自由化が行われた後の10年は、その前の10年よりも搭乗客の増加率が低かった。かつて複数の航空会社が乗入れていた都市では、路線が減るかまったくなくなってしまった。そして、航空業界そのものが荒廃してしまった。」(『アメリカの没落』より)

 要するに、自由化を行った最初のうちは、競争が起きて運賃は下がった。民間の自由競争によって「政府の失敗」を克服したかのように見えたのだが、次第に寡占化が進み、典型的な「市場の失敗」を引き起こした。そして、運賃は上がる一方になったというわけである。

 結果的にみれば、「消費者」はちっとも自由化の恩恵を受けなかった。しかし、前にも述べたように、自由化によって、「生産者」としての労働者の賃金は大幅に切り下がったのである。つまり、労働もし、消費もするという「生活者」としての生活水準は下がったのだ。自由化によって、「生活者」の生活水準は下がったのだ。そして、自由化によって利益を得たのは、「大企業」だけであった。

 それでは、話は変わって、「大店法改正」の問題について見ていくことにしたいと思う。

 はじめに断わっておくと、「大店法改正」の問題を取り上げるといっても、大店法そのものの具体的な中身を検討するわけではない。あくまでも、規制緩和による零細業者の倒産と失業の問題について論じるのが目的である。つまり、大店法に象徴されるような流通の分野の問題を典型例としたうえで、失業の問題全般について考えていきたいと思っている。

 よく日本の流通の特徴として挙げられるのは、小規模の小売店舗が多数存在するということである。これは、大店法をはじめとする大型店舗に対する規制によって、小規模店舗が保護されてきたため、多くの非効率的な小規模店舗が多数生き残っている結果、そうなっているのである。

 この流通の非効率性こそが、内外価格差問題の大きな原因となっている。そこで、大店法を改正し、競争を引き起こして、流通業の効率性をあげ、もっと安く消費者に商品を提供できるようにしていかなければならない……。

 これが一般にいわれている通説である。つまり、「小規模小売店を競争にさらせ!」というのである。

 しかし、実際にこのようなことを行えば、多くの個人商店がつぶれてしまうのは明らかである。規制緩和推進論者の中には、大型店が出店してきても、小規模店が経営努力を行えば、共存共栄が可能であると主張する人もいる。確かに、八百屋など、一部の業種においては、小規模店も生き残りが可能なようである。しかし、それ以外の業種については、やはり個人商店の倒産は避けられない。

 そのいい例が酒屋である。

 1992年に、酒販免許の規制が緩和され、売り場面積1万平方メートル以上のスーパーが酒販免許を取得できるようになってから、酒屋の倒産が急増した。東京商工リサーチによれば、1991年までは50件前後で推移していた酒類販売業の倒産件数は、1992年には108件へと跳ね上がり、1993年は114件、1994年は117件と、その後も増加する一方である。

 東京商工リサーチは、「倒産は零細の小売店に集中している」と指摘、これを「規制緩和倒産」と名付けている。

 これは大店法の話ではないが、しかし、「大店法改正」を行えば、いたる業種でこのような「規制緩和倒産」が起きることは確実である。事実、多くの規制緩和推進論者も、そのことは認めている。

 しかし、そのような倒産や失業のことをそんなに心配する必要はない、と推進論者は言う。なぜなら、規制緩和によってビジネスチャンスが生まれれば、そこに新しい企業が出てきて、新しい雇用を生み出すからだという。

 一橋大学教授の中谷巌氏は、そのような例として、アメリカのウォールマートというディスカウントストアの話を紹介している。

「アメリカのディスカウントストア、ウォールマートは革新的な経営で世界的に広く知られている。4年前から、小売販売高世界一の座を守っている高度成長会社だ。この会社の戦略で特徴的なのは、人口3万人くらいの小さな町を出店のターゲットにしたことである。人口3万人くらいの小都市だと、大手のスーパーはあまり進出していない。そして、店の多くはパパママストアなどの零細小売店であり、当然そこで売られている商品の価格は割高になっている。

 ウォールマートはそういう小さな田舎町に重点的に出店した。商品の調達については、グローバルに最も安い調達先を開拓した結果、どの町でも既存の零細小売業よりも2、3割も安い値段で販売することができた。その結果、予想どおりの異変が起きた。町の人たちは競ってウォールマートに買い物に行くようになり、零細小売店は次々に倒産した。2、3割も安く買えるならこの結果は当然だろう。これは悲劇的な結果であったろうか。

 たしかに零細小売商は悲惨な思いをするだろう。しかし、この町の人たちの生活水準は2、3割上昇したのである。購買力がそれにつれて上がり、その新たな需要めがけて新しい商売が誕生した。もちろん、ウォールマートで働く人も大勢現れた。零細小売商で失業した人も、ウォールマートで雇ってもらったり、新しいビジネスを始める人も出た。結局、しばらくたつと、ウォールマートが来たことによってこれらの町は随分と活気づいたという。」(『経済改革のビジョン』より)

 要するに、規制緩和を行えば、新しい企業が生み出す雇用によって、失業者は吸収されていく、いや、それどころか、むしろ雇用が増えるというのである。

 しかし、この議論には落とし穴がある。実は、この「新しく生まれた雇用」というのが、例の「パート労働」だったのである。

 アルバイトスチュワーデスの話を覚えているだろうか。「正社員」だと532万円だった給料が、「アルバイト」になると240万円にまで下がるという話は前に述べた。これと同じように、それまで中流の暮らしを営んでいた個人商店の経営者は、ウォールマートで「パート」として雇われ、食うや食わずの生活を送るようになってしまったのである。

 規制緩和の進んだアメリカでは、このようなことがすべての産業分野で起きた。賃金が高い「正社員」は、次々に解雇された。この「正社員」たちは、その後どうなったのか。

 彼らは、そのまま「失業者」になったわけではない。新しく生まれた産業で、新たな仕事に就くようになった。スーパーマーケット(例:ウォールマート)や、外食産業(例:マクドナルド)、ベビーシッティング業、自宅清掃業といった、新しく生まれた産業で働くようになったのである。「アルバイト」あるいは「パート」として。

 80年代のアメリカでサービス経済化が進んだことは、誰もが知る事実である。規制緩和推進論者は、規制緩和によって新しい産業が生まれると主張する。その「新しく生まれた産業」というのが、実は、この「サービス産業」にほかならないのである。

 この、新しく生まれたサービス産業は、「正社員」の雇用を生み出さなかった。サービス産業が生み出した雇用は、「アルバイト」や「パート」といった、低賃金労働であった。

 このように考えると、アメリカで起きた「サービス経済化」は、「経済の高度化」というよりも、「低賃金労働化」というふうに言うことができるかもしれない。

 かくして80年代のアメリカでは、中流階級の没落が起こった。それまで「正社員」として雇用され、中流の暮らしを営んでいた人々が、職を失い、「パート」として雇われるようになっていった。その結果、賃金水準は大幅に下がり、食うや食わずの生活を強いられるか、夫婦共働きでやっと以前の生活水準を保つという状態に陥ったのである。

 一方、日本では、これから規制緩和が行われようとしているところである。経団連によれば、規制緩和に伴う産業の構造調整によって、「934万人の雇用機会が喪失する可能性がある」という。果たして、この934万人の人々は、これまでと同じ生活水準を維持できるような職に就くことができるのだろうか。

 これは、規制緩和によって生まれる新しい産業が、いったいどんなものであるのかということにかかっている。しかし、少なくともアメリカの例を見る限り、この934万人の人々は、辛酸を嘗めることになる可能性が限りなく高いと言わざるをえない。

 以上、「航空自由化」と「大店法改正」という二つの具体例を取り上げ、「規制緩和によって人間の生活がどう変わるのか」という視点から、規制緩和のことについて考えてきた。

 結局、「規制緩和」とは、いったい何を意味しているのであろうか。

 前に紹介した『アメリカの没落』の著者の一人である、ドナルド・バーレット氏は、グループ二〇〇一という日本のジャーナリスト集団の取材に応えて、次のように述べている。

「要するに規制緩和とは、これまで公平なアンパイアのいたゲームからアンパイアをのけてしまうということだったのです。ゲームは混乱し、何でもありの世界になりました。ところが、多くの人々は『規制緩和』という言葉を経済学者が振りまいた時、ルールが変わってしまうということには無自覚でした。皆が、何となく良くなるという錯覚を持ったのです。結局、そうした人々はゲームから弾き出され、得をしたのは、権力の中枢にいてルールブックが変わることをよく自覚していた一握りの人々でした」(『規制緩和という悪夢』より)

 一言でいえば、「規制緩和」とは、“ルール無用”とでもいうべきカオス(混沌)状態を生み出すことにほかならない。その結果、大企業および一部の経営者だけが莫大な利益を得て、一般の庶民は収入の減少に苦しむことになるのである。

 そもそも「規制緩和」がもてはやされるようになったのは、バブル後の長引く不況に対する苛立ちと、官僚・政治家に対する怒りが頂点に達し、人々が「何か新しいもの」を求めるようになったからである。

 確かに、「いまの日本の現状を何とかしなければならない」ということは、誰もが認めている。しかし、そのための処方箋として、果たして「規制緩和」が最善のものなのだろうか。この処方箋に、「規制緩和を行うべきである」と言い切れるだけの魅力があるのだろうか。私は、別な処方箋を考えるべきだと思う。

 私が提案する処方箋は、「ワークシェアリング」である。ワークシェアリングというのは、「賃金を引き下げる代わりに、労働時間を短縮し、多くの人々で仕事を分け合って雇用を守る」というもので、実際にドイツなどで行われているものである。

 ドイツのフォルクスワーゲンの例を見ると、1994年の1月1日から1995年の12月末まで、雇用を守るため、従業員の賃金をおよそ10パーセント削減し、その代わりに、労働時間を20パーセント短縮するということを行っている。その結果、週当たりの労働時間は28.8時間となり、週給3日制が導入されるようになったのである。

 これは、「長時間労働でヘトヘトの労働者5人」と「仕事を失った失業者1人」という組み合わせになるはずのものが、「週休3日で元気いっぱいの労働者6人」になるわけだから、これこそまさに「夢のような話」である。

 しかし、これに対しては、次のような反論が返ってくるに違いない。一つは、「賃下げを認めるとはなにごとか!」という労働組合関係者からの反論であり、そしてもう一つは、「それでは抜本的な構造改革にはならない!」という規制緩和推進論者からの反論である。

 まず、「賃下げを認めるのか!」という批判についてだが、ドイツでワークシェアリングが導入された際にも、これと同じ議論があった。確かにそれはそうなのだが、少なくとも日本の場合には、「賃下げ」の影響よりも、後で述べる「時短」の効果のほうが大きいように思われる。それに、企業の論理による暴力的な“賃金破壊”が起きるよりは、労使の話し合いで賃金水準を引き下げたほうが、「賃下げ」の被害も少なくてすむであろう。

 次に、「構造改革になっていない!」という批判についてだが、それに対しては、「時短こそ構造改革の第一歩である」と言いたい。ワークシェアリングを行うべきだという提言に対して、「それは不況に対する一時しのぎの、後ろ向きの政策にすぎない」と批判する人がいる。しかし、日本の現状を考えた場合、ワークシェアリングによる「時短」の効用は、案外大きいのである。

 日本人は、1年間に1910時間(1994年データ)も働いている。実によく働いている。まるで何かに追われるように、いつも働いている。よく、豊かさが実感できないというが、この余裕のなさこそが、豊かさを実感できない大きな原因になっているといっても過言ではない。

 それだけならまだしも、この余裕のなさが、「過労死」を生む土壌を作っている。「時短」によって余暇時間を増やしていくことは、一種のせいたくであるというよりは、切実な社会的要請であるとさえいえる。

 また、経済的にみても、「時短」の効用は大きい。「時短」によって余暇ができれば、そこに消費が生まれることになる。これは、日本経済を内需拡大型へと転換していくのに、必要不可欠であるといえる。内需が拡大すれば、貿易黒字の削減にも役立つ。また、余暇の拡大によって需要が増えれば、レジャー産業をはじめ、そこに新たな産業が生まれ、人々を幸福にするような形での「サービス経済化」が達成できるかもしれない。

 そして、国際的にみても、日本には「時短」が要請されているのである。よく日本が“アンフェアだ”といって非難されるのは、日本人の働きすぎが大きな原因になっている。

 例えば、フランスでは年間労働時間が1678時間、ドイツでは1529時間(いずれも1994年データ)であるのと比べてみると、日本人の働きすぎは異常である。仮に1日の労働時間を8時間とすると、日本人は、フランス人と比べて年間29日、ドイツ人と比べると実に47.6日も多く働いていることになる。しかも、日本のデータには、いわゆる「サービス残業」や「ふろしき残業」を含まない数字なので、実際には、これよりもかなり大きな開きがあるのである。

 貿易での日本の「独り勝ち」がよく問題になるが、これだけ競争条件が違うと、欧米諸国が日本のことを“アンフェアである”と言いたくなる気持ちもわからないではない。日本に対する国際的な非難を解消していくためにも、是非とも「時短」を行わなければならないのである。

 以上のように、ワークシェアリングによる「時短」は、様々な問題の解決に役立つ。もちろん、ワークシェアリングが「万能薬」であると言う気はさらさらない。しかし、「ニッポン」という患者の症状を見る限り、「規制緩和」という薬よりは、「ワークシェアリング」という薬のほうが、症状に合っているのではないかと言いたいのである。なにも、規制緩和によってアメリカが招いた災厄を、わざわざ日本にもたらす必要はないのだ。

 このように言えば、「もっと豊かになるためには、政策として規制緩和を行うべきである」と主張する“規制緩和推進論者”は、少しは考え直してくれるかもしれない。

 ところが、世の中には、「規制緩和を行えば悲惨な生活を強いられるようになるが、それでも規制緩和をせざるを得ない」と主張する“規制緩和必然論者”が少なからず存在するのである。

 必然論者の主張は、一見すると荒唐無稽のように思える。しかし、彼らの言い分を聞いてみると、意外にこれに反論するのは難しい。

 彼らに言わせると、規制緩和を行うかどうかというのは、政策的な選択の問題ではなく、世界経済の構造的な変化によって、好むと好まざるとにかかわらず、規制緩和を行わざるを得なくなっているのだという。そうなる理由として、次の二つが挙げられている。

 まず、一つめは、「発展途上国の低賃金労働力の圧力が、先進国へと押し寄せている」ということである。今のままで国内の労働者を使っていると、賃金が高すぎて、国際競争に生き残ることができない。従って、労働者の賃金を切り下げざるを得なくなる、という主張である。一般に、「大競争時代の到来」などと言われているものである。

 そして、もう一つは、「ヒトもカネも、余計な税金や規制が少ないほうへ、少ないほうへと流れていく」ということである。金持ちも企業も、税金が高かったり、規制が厳しかったりする国を見捨てて、税金も低く、規制も緩やかな国へと移っていく。そうなると、税金が高かったり、規制が厳しかったりする国は貧しくなる。従って、どの国も、税金を引き下げ、規制緩和を行わざるを得なくなる、という主張である。これは、「大きな政府の時代は終わった」ということの根拠として語られるものである。

 これらの二つの要因は、どちらの「経済のグローバル化」と密接に関係している。私のこれまでの議論の中で、「経済のグローバル化」の問題はほとんど考えてこなかった。しかし、この「経済のグローバル化」こそが、いまの世界経済の大きな変化を引き起こしているのである。

 そのことはわかるのだが、では、それがいったいどのような変化であるのかということになると、私にはまったく分からない。また、規制緩和必然論を主張する人たちも、実のところよく分かっていないのかもしれない。

 かなり誇張して言えば、今の世界の経済状況は、各国の政府が「経済のグローバル化」という事態に対して、有効な経済政策を打ち出すことができず、茫然自失の状態であるというふうに言うこともできる。要するに、誰も未来像を描くことができず、模索しているのだ。

 果たして、「経済のグローバル化」が進んだあとには、「夢のような世界」が待っているのか、それとも、「悪夢のような世界」が待っているのか。それは誰にも分からない。

 しかし、とにかく、いま世界が「大変な時代」を迎えているということだけは確かである。

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飛岡健『賃金破壊――急激な「価格破壊」は国を亡ぼす』祥伝社、1994年。

鎌田慧(編)『スチュワーデスはアルバイトでよいのか――安全は? 雇用は?――』岩波書店、1995年。

奥村宏『日本・株式会社大改造計画』徳間書店、1994年。

佐高信『佐高信の視線』読売新聞社、1995年。

西尾幹二『自由の悲劇――未来に何があるか』講談社、1990年。

深田祐介、ロナルド・ドーア『日本型資本主義なくしてなんの日本か』光文社、1993年。

清水巌『消費生活と法』日本商工出版株式会社、1994年。

野田進、和田肇『休み方の知恵』有斐閣、1991年。

長谷川慶太郎『「超」価格破壊の時代』東洋経済新報社、1994年。

3.30年前の卒業論文を読み返してみた感想

私が30年前に書いた卒業論文「人間を幸福にしない規制緩和というゲーム」のタイトルは、カレル・ヴィン・ウォルフレン[著]、篠原勝[訳]『人間を幸福にしない日本というシステム』のタイトルから取ったもので、最後のオチの「大変な時代」は、堺屋太一[著]『「大変」な時代』のタイトルから取ったものです。

自分で読み返してみて面白かったのは「競争の面からみると、ワシントン~ニューヨーク間を飛んでいるのは、デルタ航空とイースタン航空の古くからあるシャトル便2社だけだが、後者はイースタン航空の解体の際にドナルド・トランプに売却され、その後トランプの経済状態が行き詰まったときに、債権者の手に渡った。」という一文で、なんと、現アメリカ大統領のドナルド・トランプ氏が、まるで端役の通行人のような感じで、私が書いた卒業論文の中に登場していました!

内容のほうを振り返ってみますと、当時大学生だった私は「規制緩和を進めると正社員のパート・アルバイト化が進む」という趣旨の主張をしたわけですが、その後の世の中で実際に進んだのは「正社員の派遣社員・契約社員化」でした。

そういう意味では私の予想は当たらなかったわけですが、「経済のグローバル化に伴う低賃金労働化」という予想は当たっていたわけで、実際、その後の30年間で、「就職氷河期世代」や「ロスジェネ世代」の多くが辛酸を嘗めることになりました。

特に大きかったのは、2003年に小泉純一郎政権が行った「労働者派遣法改正」で製造業への労働者派遣が解禁されたことです。

製造業への派遣が解禁されてしまったことで、工場ラインでの派遣労働が広範に拡がり、その後に起きた2008年の「リーマン・ショック」で「派遣切り」が横行し、多くの人々が不幸な境遇に追いやられてしまいました。

さらに、「派遣切り」に遭った元派遣労働者が凶悪な無差別殺人事件を起こすなど、不幸の連鎖は幾重にも拡がっていきました。

この「失われた30年」という日本の不幸を、どこかで止める術はなかったのだろうか?

どうしても、今そのことを思ってしまいます。

1990年代の「スチュワーデスのアルバイト化」の時点でそれを止めることはできなかったのか、あるいは、2000年代の「製造業への派遣解禁」の時点でそれを止めることはできなかったのか、いずれも悔やまれる大きな分岐点でした。

これだけ社会の中に広範に「派遣労働」が拡がってしまった現状から、果たして「派遣労働者を救う真の改革」を実行することができるような世の中を作ることができるのか、絶望的な気がしてしまいます。

かつて昭和の時代、戦後すぐに行われた「農地改革」では、「小作人」が地主支配から解放されて「自作農」になることができ、日本の戦後民主化の一つの契機になりました。

今の令和の時代においては、「派遣社員」として企業に支配されている人々を「正社員」もしくは「正社員と同等の待遇を得られる派遣社員」の身分に解放することができるような「真の改革」が、本来は求められていると私は思います。

これからの10年、20年、30年を、「失われた40年」、「失われた50年」、「失われた60年」にしないために、私たちは今、何をすべきなのか?

そのことを考えずにはいられません。

4.卒業特集(その2):ときメモ

世間に実在する多くの高校と同様に、「ときめきメモリアル」のゲームの世界の「きらめき高校」でも3月1日が卒業式の日となっています。

エガちゃんねるの「ときメモ」シリーズが、1月の【最終回生配信SP】で完結しましたので、「卒業特集」として動画のURLをあげておきます。

エガちゃんねる【ときメモ#1】

エガちゃんねる【ときメモ#2】

エガちゃんねる【ときメモ#3】

エガちゃんねる【ときメモ#4】

エガちゃんねる【ときメモ#5】

エガちゃんねる【ときメモ最終回生配信SP】

憲法9条変えさせないよ

プロ野球好きのただのオジサンが、冗談で「巨人ファーストの会」の話を「SAMEJIMA TIMES」にコメント投稿したことがきっかけで、ひょんなことから「筆者同盟」に加わることに。「憲法9条を次世代に」という一民間人の視点で、立憲野党とそれを支持するなかまたちに、叱咤激励と斬新な提案を届けます。

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