第100代となる岸田文雄内閣が10月4日発足した。
岸田首相の就任記者会見は、前首相、前々首相の支離滅裂な記者会見と打って変わり、なんとなく論旨が通っていて、一言一言も聞きやすく、まともに感じてしまった人も多いのではなかろうか。
私は「このような中身のない記者会見は、昔の政界ではよくあったなあ」と思いつつ耳を傾けていたが、この9年間、前首相、前々首相の醜悪な記者会見に慣れてしまっていたせいか、次第に「中身がない」を「悪くはない」と思ってしまう不思議な感覚がわいてきた。
野党も政治記者も追及の仕方を抜本的に改めないと、岸田首相ののらりくらりのペースに巻き込まれてしまうと思った次第である。
岸田首相は会見で、衆院選を10月19日公示ー同31日投開票の日程で行うと表明した。当初予定されていた日程より1週間前倒しである。投開票まであと1ヶ月もない。
この「1週間前倒し」は大きな意味がある。自民党は権力争いにしたたかだとつくづく思う。
10月1日に緊急事態宣言が解除され、行楽地も繁華街もにわかに賑わいを取り戻した。「自粛疲れ」の反動で10月は旅行や宴会が急増するだろう。季節もいい。紅葉シーズンの到来だ。
コロナ第6波の襲来を予測する声もあるが、少なくとも10月中は世の中に危機感が高まることはなかろう。緊急事態宣言が再び発せられる可能性はほとんどない。はたして衆院選への関心はどこまで高まるだろうか。
衆院選終盤の10月26日には秋篠宮家の眞子内親王の結婚と記者会見が予定されている。相手の小室圭さん側の金銭トラブルを踏まえ、結婚の儀式や皇室を離れる際の一時金の支給は行わないという皇室の歴史では異例の結婚となる。この結婚に国内の関心は過熱するだろう。はたして31日投開票の衆院選がどこまで盛り上がるのか。
コロナと皇室をめぐる動きをみながら、投開票日を1週間前倒しして10月31日とするのは、自民党にとって絶妙の日程設定だと思わずにいられなかった。
民主党が政権交代を果たした2009年衆院選の投票率は69%。そのあと安倍自民党が圧勝した6回の衆参選挙の投票率はいずれも5割そこそこだった。安倍政権は数々のスキャンダルに見舞われながら、組織票に勝る自公与党が低投票率に支えられて逃げ切るという「必勝パターン」を繰り返してきたのだった。
岸田政権が「安倍晋三氏と麻生太郎氏に支配された傀儡政権」であるのは間違いない。UR(都市再生機構)口利き事件で説明責任を果たしていない甘利明氏を世論の批判覚悟で幹事長に起用したことからしても、岸田首相自身、高い支持率を獲得して発進することをあてにはしていないだろう。
国民的人気の高い「河野政権」や女性初の首相となる「高市政権」ならば、自民党は世論を盛り上げて衆院選に突入するシナリオを描いたかもしれない。しかし、安倍氏らの操り人形と揶揄され、甘利氏のスキャンダルも抱える「岸田政権」である以上、投開票日までの期間をなるべく短くし、衆院選への関心を極力盛り上げず、組織票を固めて低投票率で逃げ切るという戦略は、実に狡猾な姿勢であるものの、権力闘争としては正攻法なのかもしれない。
それに対抗する野党第一党の立憲民主党の発信力はあまりに弱い。
菅内閣の退陣表明後はマスコミ報道が自民党総裁選一色に染まり、自民党支持率は急速に回復。立憲民主党の枝野幸男代表はあわてて共産、社民、れいわ新選組と政策合意を結び、小選挙区での一本化を加速させた。消費税5%への減税や年収1000万円以下の所得税免除などインパクトのある格差是正策も公約に掲げた。共産党と「限定的な閣外協力」でも合意し、野党連合政権の姿もおぼろげながら見えてきた。
とはいえ、野党の存在感が埋没している状況は変わらない。はたして31日の投開票日までに政権交代の機運を盛り上げ、投票率を大幅にアップできるのか、非常に心もとない。
枝野氏の仕掛けはつねに後手後手だ。菅首相の退陣表明までの動きはあまりに鈍かった。衆院選に向けて自民党に完全にペースを握られている。このままでは今回も「低投票率で自公逃げ切り」を許してしまいそうな雲行きだ。よほど大胆でインパクトのある巻き返し策をとらない限り、さいごまで自公逃げ切りペースで進むのではないか。
この流れを食い止めるには、まずは枝野氏自身が退路を断つことである。「立憲民主党が議席を伸ばせば勝利」という甘い姿勢は許されない。二大政党政治における野党第一党は「過半数を制して政権を奪取できなければ敗北」である。枝野氏の勝敗ラインは「野党4党で過半数を取り、政権交代を実現させる」ことに設定すべきであり、政権交代が実現しなければ代表を引責辞任する意向をまずは明確に示すべきだ。
そのうえで、共産党を含む野党連合政権の具体像を示すべきだろう。共産党が閣内に加わらないのなら、どのようなプロセスで政策協議を進めるのか、閣僚など政権の中枢はどのような顔ぶれになるのか。具体像が思い浮かばなければ、政権交代のリアリズムを感じられない。政権批判票だけでは政権を取れない。国民をワクワクさせる「政権交代物語」がなければ、投票率は大幅に上がらない。
投開票日まで1ヶ月を切っている。投票率が7割近くまであがらないと、政権交代は起きないだろう。よほど世論を盛り上げる仕掛けがない限り、野党は敗北だ。残された時間は少ない。枝野氏は政治生命をかけて、衆院選への関心を高めることになりふり構わず取り組み、次から次へと国民をワクワクさせる物語を見せるべきである。