自民党安倍派の5人衆(萩生田光一、西村康稔、松野博一、世耕弘成、高木毅5氏)ら派閥幹部を立件しない方針を固めた検察当局への批判が広がっている。実際にヒラ議員3人と会計責任者の派閥職員だけを立件して捜査が終結すれば、さらに批判が高まるのは避けられない。
安倍派議員で裏金を受け取ったのは約90人とされる。このうち4000万円を超えるのは池田佳隆衆院議員、大野泰正参院議員、谷川弥一衆院議員の3人。特捜部はこのうち池田議員については容疑を否認して証拠隠滅を図ったとして逮捕に踏み切った。大野・谷川両氏は容疑を認めているため、逮捕せずに略式起訴する見通しだ。
しかし、裏金が4000万円を超えたかどうかで線引きする合理的理由はない。残る約90人も裏金を受け取っていたとしたら、政治資金規正法違反である。どんなに時間をかけてもひとりずつ捜査し、立件するのが筋だ。
一方、裏側を渡した派閥側の責任はすべて会計責任者の派閥職員に押し付ける方向だ。
時効になっていない過去5年に派閥会長を務めた細田博之前衆院議長と安倍晋三元首相はいずれも他界。実務を取り仕切る事務総長を務めた下村博文、松野博一、西村康稔、高木毅の4氏はいずれも派閥会長と会計責任者に責任を転嫁し、立件を免れるというのである。
誰もが「死人に口なし」「トカゲの尻尾切り」という言葉を思い浮かべる結末である。
この裏金事件はそもそも「しんぶん赤旗」がスクープし、大学教授が刑事告発したのがスタートだった。
刑事告発されたのは、安倍派と二階派だけではない。岸田政権の主流派である麻生派、二階派、岸田派も含む5派閥が告発対象だったのだ。
ところが、特捜部が強制捜査したのは、落ち目の安倍派と、反主流派の二階派だけ。主流3派はハナから立件する気がなかったである。
今年の自民党総裁選にむけて、キングメーカーの麻生太郎副総裁ら主流派の意向に沿って、安倍派を狙い撃ちした国策捜査というほかない。
安倍派壊滅で目的は達した。あとは安倍派幹部を立件するよりも、立件を見逃すことで麻生氏らに屈服させたほうが政局的には都合がよいのだ。
私は常々「検察は『正義の味方』ではなく、『時の最高権力者の味方』である」と指摘している。検察首脳たちは、国民の期待に応えることよりも、不正を暴くこととよりも、自分たちの地位保全と検察組織の防衛に関心がある。だから常に「最高権力者」の顔色をうかがいながら捜査の終結点を見定めるのである。
歴史的にも、検察首脳はつねに自民党との裏窓口を確保してきた。
私が政界関係者から聞いた話では、検察首脳はリクルート事件のときは竹下内閣の某閣僚を通じて竹下登首相に捜査の展望を伝えてきた。小泉内閣では小泉純一郎首相と直接やりとりし、反主流派であった野中広務氏と鈴木宗男氏は「いつでも立件できる」と報告していたという。小泉首相は「法に基づいて厳正に対処するように」と伝えていたそうだ。
今回の裏金事件では、岸田首相に捜査の展望が詳細に伝わっている気配はない。首相周辺は「捜査の行方が見通せない」と困惑しているとの情報が飛び交っている。これは、検察当局が内閣支持率が低迷していつ退陣するかわからない岸田首相を「最高権力者」とみなしていないからであろう。
では、検察当局が認める今の「最高権力者」はだれか? ほぼ間違いなく、キングメーカーの麻生太郎氏だ。
検察は、麻生氏の政敵である菅義偉前首相を強く警戒している。安倍政権で菅氏が官房長官を務めた時に検察人事に介入されたからだ。麻生氏と検察当局は「アンチ菅」で利害も重なっている。
検察はここ数年、菅氏の側近たち(河井克行元法相や菅原一秀元経産相ら)を相次いで捜査のターゲットにしてきた。麻生氏の側近である薗浦健太郎氏も政治資金規正法違反で略式起訴したが、これは「麻生氏と検察の裏ライン」を隠すためにあえて行った可能性があると私はみている。
マスコミ各社の社会部は、検察当局にべったりで、特捜部が描く捜査ストーリーをそのまま垂れ流し、検察の世論工作に一役買っている。
今回の国策捜査でも、検察当局はマスコミに安倍派の裏金事件に関する様々な情報をリークし、世論の怒りを煽った。安倍派に対する世論の批判を高めて大打撃を与えること自体に最大の目的があったのだ。
これをうけて、岸田首相が安倍派5人衆を全員更迭し、安倍派が分裂含みの壊滅状態に陥ったことで、国策捜査の目的はすでに達成したのである。
これ以上捜査を続ければ、世論の批判は安倍派だけではなく、自民党全体に向かう。これは麻生氏ら主流派にとって好ましいことではない。このあたりが潮時だというわけだ。
ここまで大騒ぎして強制捜査したのに、だれも立件しなければ、さすがに世論は収まらない。そこでヒラ議員3人を立件し、そのうち萩生田氏の側近である池田議員を逮捕して、「やるだけやった」というアリバイをつくろうとしているのだ。
マスコミがこの捜査終結を徹底的に叩かなければ、単に検察の世論操作に協力し、その結果として麻生氏ら主流派に加担したことになる。マスコミの検察報道のあり方も問われている。