自民党安倍派の裏金事件を受けて、岸田文雄首相は政治資金パーティー券の売上ノルマを超えた分を裏金として受け取っていた「5人衆」(松野博一官房長官、西村康稔経産相、萩生田光一政調会長、高木毅国対委員長、世耕弘成参院幹事長)にとどまらず、安倍派所属の政務三役15人(閣僚4人、副大臣5人、政務官6人)全員を更迭する方針を党幹部に伝えたと報道されている。
裏金を受け取っていなくても安倍派所属というだけで更迭するという衝撃の人事構想だ。
例えば閣僚では、5人衆の松野官房長官が5年で1000万円超、西村経産相が100万円の裏金をキックバックされていたと報じられているが、鈴木淳司総務相と宮下一郎農林水産相は受け取りを否定している。それでも更迭するというのだから尋常ではない。
岸田首相は当初、安倍派の運営を仕切る事務総長を歴任して検察捜査やマスコミ報道の標的となった松野官房長官を更迭しない姿勢を示していたが、世論の批判が沸騰すると更迭に踏み切る方針に転換。さらには5人衆全員を更迭する方針に踏み込んだ。
ここまでなら「裏金を受け取っていた者は全員更迭する」という明確な姿勢として整合性はとれている。
だが、裏金を受け取っていなくても「安倍派所属」というだけで更迭するのは、理屈を組み立てるのが容易ではない。「連帯責任」を問うのなら岸田派を含め他派閥でも裏金づくりが発覚したら全員更迭しないと辻褄があわない。
ここまでくると安倍派を晒し者にすることで岸田政権に対する批判を抑える政略と理解したほうがよい。
さらにはこれを機に最大派閥・安倍派を叩きのめして解体・分裂に追い込み、麻生派・茂木派・岸田派の主流3派の主導権を確立する権力闘争に主眼があるといえるだろう。それによって岸田内閣の支持率回復を狙っているといってもよい。
岸田首相はこれに先立ち、岸田派(宏池会)を離脱し、派閥会長を退任した。これまで菅義偉前首相ら非主流派から「首相が派閥会長にとどまるのはおかしい」と批判されても「歴代首相で派閥会長を続けた例はある」と一蹴してきたのに、裏金事件で派閥政治に批判が高まった途端、一変して派閥を離脱し会長も辞めたのである。安倍派を徹底的に打ち負かす布石だったのだろう。
岸田首相は6月に解散風を自ら煽りながら衆院解散を見送った後、内閣支持率が下落。「増税メガネ」のあだ名を払拭するために打ち上げた所得税の定額減税も世論の批判を浴びて支持率は2割台まで続落し、一気に求心力を失った。さらに岸田首相が政調会長時代の2019年に旧統一教会友好団体のトップと党本部で面会していた写真がスクープされ、松野官房長官の裏金問題とあわせて窮地に追い込まれていた。
自らのスキャンダルへの批判をかわすために世論の関心を他へ振り向けるのは権力者の常套手段である。6月には首相公邸に岸田一族が集まって忘年会をし首相長男らが赤絨毯で悪ふざけをしている写真がスクープされ、岸田首相への批判が高まった。岸田首相はこの時、解散風を煽って「縁故政治」への批判をかわしたのだった。
今回も安倍派を標的に徹底した懲罰人事を断行することで、旧統一教会友好団体トップとの面会への批判や岸田派を含む主流派にも政治資金のキックバックがあることへの批判をかわす狙いもあるのだろう。
だが、安倍派全員を政務三役から更迭するとすれば、安倍派を「アンチ岸田」で結束させる恐れがある。むしろ5人衆をはじめ裏金を受け取った者だけを更迭したほうが安倍派を分断し、5人衆の政治基盤を崩すには効果的ではないだろうか。
さらには弱体化した岸田政権に大規模な人事ができるのかという疑問もある。支持率が下落して衆院解散に踏み切れず、来春退陣もささやかれる「泥船内閣」に今更加わることを敬遠する有力者は多いだろう。政治資金の処理に少しでも不安がある者も入閣できない。入閣要請しても断られる事態が相次げば、岸田内閣はたちまち立ち往生だ。
それでも入閣を受け入れるのは、このような事態のもとでしか入閣できないと考える者や、一度は入閣を果たしたいと願う者など「ワケアリ政治家」が多いのではないか。そうなると、人事後に新たなスキャンダルが吹き出すリスクも高い。
岸田首相はこの大規模人事を12月13日の臨時国会閉幕後か、年末の予算編成終了後を軸に断行するつもりだと報じられている。だが、実際に人事断行には紆余曲折もあるだろう。
永田町では「選挙は政権を強くし、人事は政権を弱くする」という格言がある。人事で抜擢されて喜ぶのはるごく一部。大勢の恨みを買い、政権の求心力を低下させるというわけだ。しかも岸田政権は世論の支持も失って瀕死の状態である。
これが起死回生の人事となる可能性は低い。むしろ政界大激震のはじまりとみたほうがよいだろう。