石破政権は、もはや風前の灯だ。自民党内では「石破おろし」が公然と進行し、8月末の退陣表明は既定路線と見られている。
だが、この末期政権をめぐる動きは、単なる権力闘争では終わらない。そこには、旧安倍派との積年の因縁、そして「戦後80年談話」をめぐる深い歴史認識の対立が横たわっている。
「森山辞任」で動き出す退陣のカウントダウン
7月28日に開かれた自民党両院議員懇談会で、石破総理はあらためて続投の意向を示した。しかし、もはやその言葉に重みはない。「影の総理」と呼ばれる森山幹事長が辞任を示唆したからだ。
森山氏は8月中に「参院選総括委員会」の結論を出し、そののち幹事長辞任に踏み切る意向を示唆。これは、総理の退陣をソフトランディングさせるための布石である。
幹事長辞任をカードに石破氏に8月末の退陣表明を促し、党内の混乱を最小限に抑える。麻生、岸田の両元総理への根回しも済ませ、「石破おろし」の広がりを抑えつつある。
だが、この筋書きに唯一強く反発しているのが、他ならぬ旧安倍派である。
因縁の対決――石破 vs 旧安倍派
旧安倍派を率いていた「5人衆」は、いずれも裏金事件で表舞台から姿を消した。
その中で、選挙を勝ち抜いた萩生田、西村、松野、世耕の4氏が参院選敗北後に密会し、「石破退陣」で一致。その翌日、世耕氏がテレビ番組でこの会合の存在を明かすと、ポスト石破として高市早苗、小林鷹之、小泉進次郎の名を列挙した。
だがこの“反石破キャンペーン”は、むしろ逆風を招く。旧安倍派が裏金問題で自民党の信頼を失墜させたという記憶が、国民の間に色濃く残る中、「お前が言うな」との批判が噴出。左派・リベラル層を中心に「石破辞めるな」の声が高まり、石破内閣の支持率はかすかに上昇する皮肉な事態となった。
そもそも、石破と安倍は長年の政敵である。2012年、自民党総裁選で石破が第一回投票でトップとなりながらも、安倍が最終的に総裁となり、その後、石破派は冷遇された。安倍氏の死後も、「石破だけは許さない」という怨念は、旧安倍派内に色濃く残り続けている。
「80年談話」が意味するもの
旧安倍派が、あくまで早期退陣にこだわる背景には、もうひとつの“危機感”がある。それが、石破総理が意欲を燃やす「戦後80年談話」の存在だ。
8月15日の終戦記念日。石破氏は、「80年」を節目と位置づけ、自らの歴史観を明確に打ち出す構えだ。
過去の「村山談話」「小泉談話」、そして2015年の「安倍談話」を踏まえながらも、安倍政権が築いた“謝罪外交からの脱却”のレガシーに異議を唱える内容となる可能性が高い。
旧安倍派からすれば、これこそが最も許せない事態だ。保守層の求心力を保ち続けるためには、「安倍談話」が歴史的な決着点でなければならない。その土台を、憎き石破に覆されるわけにはいかないのである。
そのため、旧安倍派は「お盆前の退陣」を至上命題とし、最後の追い込みをかけている。
総裁選と連立模索――本当の政局はここから
しかし、この「怨念の対決」は、すでに本流の政局から外れつつある。
自公連立政権は、参院選後、衆参ともに過半数を失っており、自民党は連立の再編なくして政権維持が不可能な状況に追い込まれている。
9月に行われる自民党総裁選は、次なる連立相手を見据えた“分岐点”となる。林芳正官房長官が勝利すれば、立憲民主党との大連立が現実味を帯びる。他方、旧安倍派が推す高市、小林、小泉のいずれかが浮上すれば、国民民主や維新との連携を模索する展開となろう。
しかし、現時点では立憲・維新・国民が手を組む野党連立政権の兆しは見られず、自民党はあくまで主導権を維持したまま、どの野党と組むかという“選択の政治”に動くことになる。
「最後の抵抗」は終わるか
森山幹事長は、反主流派が求める両院議員総会を8月8日に開催する方向で調整している。8月1日から5日の臨時国会を波乱なく乗り切り、8日さえ乗り切れば、8月末の退陣表明にむけてソフトランディングの環境が整うというわけだ。
旧安倍派が抵抗してお盆前の退陣表明に追い込むのか。石破総理が逃げ切るのか。
8月15日の80年談話発表を見送るかわりに、8月8日の両院議員総会での「総裁リコール」を回避し、8月末の退陣表明まで漕ぎ着けるーー。森山幹事長はその方向で調整するだろう。石破総理がそれを受け入れるかどうかが当面の焦点となる。
石破vs旧安倍派。この「因縁の対決」は、政治ドラマとしては確かに魅力的だ。
しかし、真の政治はその先にある。9月以降、連立再編がどう動くか。誰が主導権を握るか。政局の本番は、石破退陣の“その後”に待っている。