マレーシアでのASEAN首脳会議、続くトランプ大統領との日米首脳会談。高市早苗総理が、就任直後から怒涛の外交日程をこなしている。スローガンは「安倍外交ふたたび」。安倍晋三元総理が築いた“トランプとの蜜月関係”を復活させる構想だ。
国内では少数与党。自民党は麻生太郎副総裁の影響下にあり、政権基盤は極めてもろい。高市総理が寄りかかるのは、「安倍」と「トランプ」という二つのブランドである。
高市政権は10月20日、維新との連立合意を発表し、翌21日の臨時国会で首相指名を受けた。所信表明演説を終えたその夜、ウクライナ情勢に関するオンライン会議に参加し、翌日にはASEAN首脳会議のためマレーシアへ出発。まさに“働いて、働いて、働いてまいります”という選挙戦での宣言を、地で行くスピード外交だ。
政府専用機の機内からは「自由で開かれたインド太平洋」「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」とSNSに投稿した。いずれも安倍元総理が愛用した“安倍ワード”。71%という高支持率でスタートした高市政権にとって、この「安倍外交の再現」こそが最大の旗印である。
マレーシア到着後、高市総理は移動中のトランプ大統領と初の電話会談を行った。わずか10分ほどの短い会話ながら、トランプ氏は安倍元総理との思い出を語り、「安倍が気にかけていた政治家」として高市氏に好意的な言葉をかけたという。高市氏は「自由で開かれたインド太平洋をともに進めましょう」と応じ、安倍外交の継承者としての立場を印象づけた。
とんぼ返りで日本に戻った後、トランプ大統領を迎えた日米首脳会談。そして夕食会、大統領専用ヘリへの同乗ーー蜜月ぶりをアピールする戦略は徹底していたと言えるだろう。
トランプ氏が日本政界を理解している範囲は狭い。安倍晋三、麻生太郎、茂木敏充──第一次政権時代に彼の記憶に残ったのはこの三人だけといわれる。麻生副総裁が大統領選前にトランプに早々に会いに行ったのも、そうした“人脈の継承”を意識してのことだろう。その点で、高市・茂木ラインの誕生は、トランプ側にとって歓迎すべき構図である。
一方で、米国政府主流派の警戒感は根強かった。国防総省や国務省は、日韓関係の緊張を嫌う。靖国参拝を明言する高市総理の登場は、日米韓協調を損なうリスクと見なされていた。実際、昨年の総裁選では当時のバイデン政権下で、駐日大使らが「高市だけはNO」と伝えたとされる。
だが、情勢は一変した。米国ではトランプが政権に復帰し、対高市警戒の空気は一掃された。さらに韓国では保守政権が崩壊し、米国が懸念していた「靖国参拝→政権交代」の連鎖は現実味を失った。高市氏も総裁選で靖国参拝を明言しなかった。こうして、「トランプ政権による高市政権の全面支援」という条件が整ったのである。
しかし、国内に目を向ければ、高市政権の足元は危うい。維新との連立でも過半数に届かず、しかも維新は閣外協力にとどまる。自民党内でも半数の議員が高市氏に冷ややかだ。支持率が落ちれば“高市おろし”がいつ始まってもおかしくない。党本部を仕切るのは麻生副総裁。外務大臣にはその腹心・茂木敏充。総理が外交を主導できるかどうかは未知数だ。
それでも高市氏は動いた。最初に手をつけたのは、外務省の本流で外務事務次官から1月に就任したばかりの岡野・国家安全保障局長の更迭だった。安倍政権で「自由で開かれたインド太平洋構想」を立案したものの、事務次官コースから外れていた市川氏を後任に起用し、外務省主導の外交を官邸に取り戻した。これは、麻生派の茂木外相への明確な挑戦でもある。
高市政権では、外務省、経産省、官邸が三つ巴の権力闘争を繰り広げる構図になるだろう。経産大臣に就いたのは、石破派の赤沢氏。官邸には安倍官邸の総理秘書官として「影の総理」と呼ばれた経産省出身の今井氏を内閣官房参与として迎えた。安倍外交の再現を目指す高市氏にとって、今井氏の存在は欠かせない。
つまり、安倍・トランプ・今井という“旧安倍ライン”が、再び日本外交の中心に戻りつつあるのだ。
とはいえ、これは「強固な布陣」ではなく、「孤独な賭け」に近い。麻生支配の党本部、公明離脱後の国会少数、米中韓の綱引き──すべてが高市総理の肩にのしかかる。
安倍外交の再現は、果たして政権安定への切り札になるのか、それとも孤立への道なのか。
高市外交の行方は、ここからが本番である。