安倍晋三元首相の妻である安倍昭恵氏が米国フロリダ州のトランプ・次期大統領の私邸での非公式の夕食会に招待された。トランプ氏は前回大統領の時代に安倍首相と蜜月の関係を築き、昭恵氏とも会食を重ねていた。安倍氏が銃撃事件で亡くなった後も連絡を取り合っていたという。
安倍氏に嫌われて干され続けた石破茂首相は11月、安倍氏がかつて大統領就任前のトランプ氏と会談したことにならって、自らも就任前のトランプ氏との会談を目指したが、「今回は就任前に外国首脳と会談する予定はない」として拒否された。ところがその後、トランプ氏はカナダ首相やフランス大統領と相次いで面会し、石破首相を軽んじたことが鮮明になった。
石破首相はトランプ氏が大統領選に当選した直後にも電話して祝意を伝えたが、この電話会談もたったの5分で終了し、他国の首脳と比べて短かった。外務省幹部は電話会談に先立って石破首相に対し、①議論を仕掛けてはいけない②長々としゃべってはいけないーーの2点を助言したと報じられているが、石破首相のまわりくどい国会答弁を見るにつけ、トランプ氏とは相性があいそうにないことは外務省幹部でなくても感じるところだ。
だが、トランプ氏が石破首相の政敵だった安倍氏と妻を就任前に私邸へ招待したことは、単に安倍氏と蜜月だったということや、石破氏と相性があわないということにとどまらない政治的狙いがあるとみたほうがよい。石破首相の就任前会談を拒否したのに、安倍昭恵氏を招待するのは「あてつけ」としか思えず、トランプ氏が石破首相を軽視している姿勢をあえてアピールする政治的効果をもたらすことは、誰に目にも明らかだからだ。
自民党内では、①総選挙で惨敗した石破首相では来夏の参院選は戦えない②自公少数与党のもとで来年度予算案を成立させるまでは、石破首相を国会審議の矢面に立たせ、来春の予算成立後に首相を差し替えてイメージを一新し、参院選へ臨むーーというシナリオが描かれている。トランプ氏にすれば、来春に退陣するかもしれない石破首相と就任前から信頼関係をつくっても無駄に終わりかねず、首脳同士のディール(取引)の相手としてみなしていないということなのだろう。
ただ、トランプ氏がそこまで日本国内の政治情勢に精通しているとも思えない。トランプ氏が信頼する誰かが石破政権の現状を詳しく解説し、石破首相を相手にしても意味はなく、遠ざけておいた方がよいと入れ知恵した可能性は十分にある。
外務省が正式ルートで石破首相に不利な情報をトランプ氏に耳打ちするとは思えない。安倍昭恵氏がそこまで入り組んだ政局解説をトランプ氏に伝えるとも思えない。
そこで思い浮かぶのは、石破氏とは犬猿の仲で、安倍氏とは盟友だった麻生太郎元首相だ。麻生氏は岸田政権で自民党副総裁だった今年春、岸田首相はバイデン大統領に国賓待遇でワシントンに招待された直後、「もしトラ」に備えてニューヨークのトランプタワーに飛び、トランプ氏と会談していた。安倍氏亡き今、日本政界ではトランプ氏との直接ルートを持つ唯一の大物政治家といえるだろう。
麻生氏がトランプ氏に「石破首相は相手にしなくていい。来年春には退陣する」「安倍氏は石破首相が嫌いだった」などと吹き込めば、政治家同士、その意図はよく理解できるだろう。トランプ氏はそれを受けて昭恵氏招待に踏み切ったという筋書きは十分にあるのではないか。
麻生氏は石破政権で自民党副総裁を外れ、名誉職の最高顧問に祭り上げられ、非主流派に転落した。同じく無役に転じた茂木敏充前幹事長と連携し、石破おろしのタイミングをはかっている。石破首相は国会では日本維新の会と国民民主党の協力を得て補正予算案を可決し、少数与党政権としてなんとか政権を運営している。麻生氏はまずは海外から石破政権を揺さぶる一手を放ったのではないだろうか。