政治を斬る!

赤木雅子さんの訴えを退けて佐川理財局長を守った「上級国民」裁判官の実に愚かな判決〜裁判所は「いま目の前にいるひとりの人間を救うための場所」なのだ!

これぞ官尊民卑。上級国民の裁判官が上級国民の官僚を守る、醜悪な判決である。

安倍晋三首相(当時)の妻昭恵氏が深く関与したとされる学校法人森友学園への国有地売却をめぐり、財務省の佐川宣寿理財局長(当時)が公文書改竄を指示した。これが原因で自殺に追い込まれた近畿財務局職員の赤木俊夫さんの妻雅子さんが、佐川氏個人に損害賠償を求めた訴訟の判決である。

大阪地裁の中尾彰裁判長は、佐川氏が改竄の方向性を決定し、俊夫さんはこれに抵抗していたことを認定しながらも「公務員の個人責任を認める法的根拠は見いだしがたい」「道義上はともかく、説明や謝罪をすべき法的義務が発生するとは考えられない」として請求を棄却した。

公務員が業務として行ったことの責任はすべて国家にあり、いかなる不正行為であっても、公務員個人が法的責任を問われることはない。そう開き直った判決だ。

どこまで官僚を擁護し、わたしたち庶民を見下すつもりなのか。

上司の指示に基づいて業務を執行した一般の公務員が、過失によって誰かに損害を与えたとしても、その法的責任は国家に帰属し、公務員個人は責任を問われないという考え方なら理解できる。

しかし、財務省理財局長という地位は絶大な権限を有する。その座にあった佐川氏が自らの権限に基づいて、公文書改竄という不正行為を部下に命じたのだ。末端の公務員の法的責任と、大幹部の局長の法的責任を混同するのは、倫理や道義にとどまらず、リーガルマインドに照らしても常軌を逸していると私は思う。

大きな権限を有する者は、それに伴う大きな責任も有している。これは公正な民主国家、法治国家の大原則だ。

中尾彰という裁判長は、法律家として二流だと私は声を大にして言いたい。

所詮は裁判官も公務員である。国家権力の一部だ。庶民よりは上級国民の味方なのだーーそういう裁判所不信をこの判決は膨らませた。裁判所への信頼を自ら崩壊させる実に愚かな判決だ。わたしたち庶民はもっと怒るべきだし、裁判官たちはこの同僚を情けないと思ったほうがよい。

日本の国家公務員法の最大の欠陥は、事務次官や局長ら大幹部と、末端の公務員を同列に扱って保護していることである。

政権運営に深く関与し、重大な政治的・政策的判断を下す立場にある局長級以上の高級官僚は本来、一般公務員とは明確に区別し、政権が交代するたびに任命される「政治任用」とすべきだ。米国では大統領が代わると高級官僚も入れ替わる。時の政権と政治責任を共有するのである。

ところが、日本は官僚支配が強く、政権が変わっても高級官僚は地位にとどまる。高級官僚たちが下した政治的・政策的判断の政治責任や法的責任を問われることはほとんどない。

どこまでも高級官僚たちの地位を守るように制度がつくられているのだ。それは明治国家以降、「学業優秀」で東大を卒業した高級官僚たちがこの国の制度を作ってきたからである。

権限は絶大なのに、それに伴う責任は追及されない。彼らは自分達にとって実に都合のよい制度を合法的にこしらえてきた。これが日本の高級官僚たちのモラルを崩壊させ、無責任な行政を生む最大の原因だ。

高級官僚たちは権限を行使するときは自分の地位を振りかざし、責任を回避するときは公務員制度の保護に逃げ込む。いいところ取りで、不公正なのである。

今回の判決は、高級官僚の「いいところどり」特権を容認したといっていい。

そうは言っても、現行の法律や判例に基づくなら、佐川氏個人の法的責任を認める判決は書けないのではないかーーもしそういう法律家が身近にいるとすれば、もうしわけないがその人も二流と思っていい。

高級官僚にとって都合のよい今の制度を前提としても、まともな裁判官なら、赤木雅子さんの訴えを認める判決を書ける。その理由を以下に示したい。

私は大学で憲法や法律を学んだ。裁判官の友人もいる。今回の判決に怒り心頭なのは、裁判官の役割について心を揺さぶられた実体験があるからだ。

最高裁が昨年6月、夫婦別姓を認めない民法の規定を「合憲」とする判断を示した時、私はプレジデントオンラインに『「国民の多くは夫婦別姓に賛成なのに」最高裁が”ずるい判決”を出した本当の理由』という記事を寄稿した。ここに私の考え方は凝縮されているので、その一部を抜粋したい。

 私は京都大学で憲法や法律を学んだ。最初に戸惑ったのは、日本の裁判所の「統治行為論」という立場である。「自衛隊は憲法9条に違反しているか」というような国家統治の基本にかかわる高度な政治問題について、裁判所は司法判断を避けるべきであるという考え方だ。

 法学部生なら誰しも最初に戸惑うこの問題について、ある教授が宴席で披露してくれた解説がとても印象的だった。おおむね以下のような内容である。

 「裁判所は政治問題を決着させる場所ではありません。それは国会の役割です。裁判所は憲法が最も重視している基本的人権を守る場所なのです。政治的に対立している問題に立ち入ることは極力避けます。しかし、ひとりひとりの基本的人権が侵害される個別の問題には積極的に介入し、その人の基本的人権を救済しなければなりません。裁判所はひとつひとつの具体的な事案を詳細に検証して、目の前にいるひとりの人を救うための場所なのです」

 若き学生の私は半分わかった気がしたが、半分もやもやした気分が残った。だが、それに続く教授の「仮定の話」で、目が開く思いがした。

 「例えば、いま目の前に、離婚訴訟を争っている夫婦がいると仮定しましょう。夫には高い地位と十分な財産があります。妻にはそれらがありません。ところが、離婚の直接的原因はどうも妻にあります。過去の判例に照らせば夫が勝訴します。その結果、妻が路頭に迷うことは間違いありません。さて、あなたが裁判官ならどうしますか? 夫を勝たせますか? 優秀で誠実な裁判官なら躊躇します。夫の勝訴が公正な社会をつくるとは思えないからです。いま目の前にいる妻を救う方法がないかを真剣に考えます。あらゆる判例やあらゆる法令を探して、妻を勝訴させる合理的な判決を導き出せないかを懸命に探ります。さて、それでも妻を勝たせる法理が見つからない場合、あなたが裁判官ならどうしますか? 泣く泣く夫を勝たせますか? たいがいの裁判官は心にわだかまりを抱えながらも夫を勝たせるかもしれません。しかし、ほんとうに優秀で誠実で勇気のある裁判官なら、その不公正な結論を受け入れることができません。そのときはじめて、妻を勝たせるために「新しい判例」に一歩踏み出すのです。このようにして、ひとりの人間の具体的な事案が判例を塗り替え、世の中を変えていくのです」

 私は感動した。裁判所とは何か、司法とは何か。この教授が語った「仮定の話」がすべてを言い尽くしていると思った。これは正規の授業では講義しにくい「司法の真髄」であると思った。やはり宴席でしか伝えられないものはあるのだろう。裁判所は「いま目の前にいるひとりの人間を救うための場所」なのだ。私は法学部のいかなる授業からも、いかなる法律の教科書からも、この宴席における教授の「仮定の話」以上の感銘を受けたことはない。

 

以上の立場に立つならば、赤木さんの妻雅子さんの請求を退け、佐川氏個人の法的責任を問わない中尾彰という裁判官は、裁判所とは何かという根源的な問いと真摯に向き合ったことがないとしか思えない。

理財局長という絶大な権限と責任を持つ立場にありながら、公文書改竄という看過できない不正行為を指示した佐川氏に「説明や謝罪をすべき法的義務が発生するとは考えられない」と言ってのけたことがどれほど高級官僚のモラル崩壊を招くか、そしてその判決を突きつけることで赤木雅子さんにどれほどの精神的ダメージを与えるのかということに想像が至らず、そのような「不公正な結論」を受け入れてしまったのだ。不優秀で不誠実で勇気のない裁判官としかいいようがない。

法律の条文や過去の判例をどんなに頭に入れたところで、裁判所とは何かという根源的な問いに対する答えを履き違えた裁判官は、やはり二流なのである。上級国民の恵まれた境遇を満喫しているだけのエスタブリッシュメントではないか。

裁判所は「いま目の前にいるひとりの人間を救うための場所」なのだ。あらゆる法律や判例、法理に照らしても、いま目の前にいるひとりの人間を救うことができないという不公正に直面した時、はじめて新たな判例が生まれる。そこに「司法の真髄」がある。どんな裁判官にも、不公正な法制度に支配された現実に取り残された人々を切り捨てる資格などない。すべての裁判官に理解してほしい「きほんのき」だ。

毎度のことながら、この判決を伝えるマスコミ報道は私が見た限り、どれも薄っぺらく、読むに値しなかった。各社社会部の司法記者のレベルが低すぎる。裁判所の判決は正しいという前提に立って記事を書くから、核心とかけ離れていく。

裁判所は国家権力の一部だ。裁判官は上級国民そのものである。彼らをジャーナリズムは厳しい目で監視しなければならない。このような官尊民卑の判決には猛烈な批判を加えなければならない。裁判官個人の資質も問わなければならない。彼らは人を裁く権力者なのだ。

赤木さんは控訴するだろう。高裁ではまともな裁判官のもとで、まともな判決が下されることを願ってやまない。


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