岸田文雄首相が9月の自民党総裁選への出馬を断念した大きな理由は、政権の生みの親である麻生太郎副総裁の支持確約を取り付けることができなかったことだ。
今回の総裁選は、麻生氏と菅義偉氏と首相経験者ふたりのキングメーカー争いである。麻生氏としては岸田首相を擁立しても、菅氏が担ぐことを検討している石破茂元幹事長や小泉進次郎元環境相には勝てないと判断していた。ここで敗れれば菅氏にキングメーカーの座を奪われるだけに、岸田首相を担ぐ気にはなれなかったのだ。
麻生氏の岸田離れは、足元の麻生派議員たちの動きをみれば明らかだった。麻生派の閣僚3人がこの夏、相次いで政治資金パーティーを開催した。大臣規範は「大規模パーティーの自粛」を定めているが、お構いなしに開催に踏み切ったのだ。
麻生氏は、岸田首相が打ち上げた派閥解消に強く反発し、派閥トップとしては唯一、派閥存続を表明。しかも通常国会末の政治資金規正法改正をめぐっては、岸田首相が政治資金パーティーの公開基準について公明党案を丸呑みしたことに猛反発し、両者の関係はいっそう冷え込んでいた。
麻生派の閣僚3人が公然と政治資金パーティを開いたことは、「麻生派の岸田離れ」「麻生氏は岸田首相を見切った」との憶測を呼んでいた。
この3閣僚は、鈴木俊一財務相、武見敬三厚労相、松本剛明総務相の3人。いずれも重要閣僚だ。
鈴木氏は麻生氏の義弟で、麻生派ナンバー2である。地元岩手で8月3日に開催。会費1万円で約250人が参加した。鈴木氏が1時間講演したという。鈴木氏は「規模が小さい。違法でもなければ脱法でもない」と開き直った。
自民党岩手県連は広瀬めぐみ参院議員(自民党離党)が秘書給与詐取の疑いで東京地検特捜部に強制捜査されたスキャンダルで大揺れだ。株価暴落で日銀や財務省の対応が問われている最中に財務相の鈴木氏が政治資金パーティーを開催したことにも批判がくすぶっている。
武見氏は7月29日に開催した。「事務所の金庫は7月中旬で空になるところだったので、現行法に基づいて開催した」とこちらも開き直った。
松本氏は地元姫路で8月3日開催。「必要な経費を確保するため、法令に基づき大臣規範に従ってパーティーの開催含めて活動を行う」と話している。
いずれもこの時期の閣僚によるパーティー開催が批判を浴びることは織り込み済みだ。その結果、岸田内閣の支持率に影響してもかまわないということだろう。
総裁選を控えた重要局面に、ベテラン3閣僚が麻生氏に無断でパーティーを開催するとは思えない。麻生氏も了承していたのは間違いない。麻生氏も岸田首相に遠慮してパーティーを自粛する必要はないと考えていたのだ。
岸田派ナンバー2の林芳正官房長官は記者会見で「大臣規範の趣旨も踏まえ、各閣僚が適切に判断すべきものだ」と述べるにとどめた。岸田首相の総裁再選の鍵を握る麻生氏を敵に回すわけにはいけず、3閣僚のパーティー開催を黙認したといっていい。
こうなると、もはや岸田内閣のモラルは崩壊し、誰も岸田首相に遠慮しなくなる。
退陣表明前夜の岸田政権は「麻生派の乱」ですでに崩壊状態にあったのだ。