自民党の中枢で、見逃せない動きが始まった。表向きは外交戦略を議論するための組織である「自由で開かれたインド太平洋戦略本部」に、約60人の議員が集結。その中心にいるのは、麻生太郎副総裁と高市早苗元総務相。顔ぶれを見れば一目瞭然、この会合の実体は「石破おろし」のための決起集会に他ならない。
安倍派の裏金問題で自民党の派閥がほぼ解体され、これまで政局の主役だった「派閥政治」が事実上終焉を迎えるなか、反主流派が結集する“器”が求められていた。麻生氏が主導するこの戦略本部は、まさにその受け皿となる存在だ。
麻生氏には、今なお現役の麻生派という武器がある。しかし、それだけでは石破茂首相を引きずり下ろすには力不足。かつてのように派閥間で密室協議をして政局を動かすことができない以上、新たな集結の場を用意し、反主流派の議員たちを吸収しなければならなかった。
戦略本部の発足そのものは、岸田政権初期に遡る。高市氏が政調会長だった当時、故・安倍晋三元首相の意向を踏まえて立ち上げたものだ。しかし、安倍氏の死去により立ち消えに。これを3年半ぶりに再起動させたのが、今年3月の麻生・高市会談だった。
表向きは外交を語る会合だが、参加者の本音は「石破おろし」。ネーミングも“自由で開かれたインド太平洋”と、安倍氏が愛用したキーワードを借りており、対石破の意志がにじみ出る。
初会合には、高市氏や麻生氏のほか、小林鷹之氏、茂木敏充氏、さらに裏金問題で処分を受けた萩生田光一氏、西村康稔氏までが顔を揃えた。この顔ぶれが意味するのは、旧安倍派、麻生派、茂木派というかつての三大派閥の再結集であり、弱小派閥出身の石破首相に対抗する“本格政局”の到来だ。
だが問題は、「次の総理」を誰にするのかという一点に絞られる。
高市氏は前回総裁選で第一回投票トップ。敗れはしたが、自信を強めている。一方、小林氏は保守系中堅・若手の支持を得て5位に食い込み、着実に存在感を増している。茂木氏は党内での人気こそ振るわないが、幹事長や外相のキャリアは随一。みな「自分こそ」と譲らず、一本化は困難だ。
そこで期待がかかるのが、麻生氏の調整力。戦略本部に集う議員たちは、「ここに参加していなければ、ポスト石破候補として選ばれない」と考えており、主導権は自ずと麻生氏に集中している。
だが、今の国会は自公少数与党。誰が自民党総裁になっても、野党の一部の支持がなければ、国会で首相指名を勝ち取れない。そのため、「誰が勝っても政権が動かない」という事態も想定される。
ここで浮上するのが、玉木雄一郎・国民民主党代表を首相に据えるという「玉木総理構想」だ。麻生氏は国民民主との連携を視野に入れており、その場合の自民党総裁には、玉木氏と相性のよい茂木氏を据えるというプランが現実味を帯びてくる。
茂木氏は副総理兼外相として入閣。外交経験のない玉木氏をサポートし、政権の安定感を演出する。高市氏や小林氏には、それぞれ重要ポストを配分し、反主流派を一枚岩にまとめ上げる──。麻生氏が描く政権プランは、そんな青写真ではないか。
もちろん、これは現時点での大胆な仮説にすぎない。だが、「玉木総理・茂木総裁」体制の可能性は、水面下で確実に動いている。森山幹事長による林芳正官房長官擁立、そして立憲との大連立構想に対抗する意味でも、麻生氏が新たな“連立のかたち”を模索しているのは確かだ。
今、自民党の権力闘争は、かつての派閥主導から、“戦略的合従連衡”の時代へと移りつつある。「麻生の乱」は、その第一歩にすぎないのかもしれない。