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おねだり知事はなぜ誕生したのか?総務省キャリア官僚だった斎藤元彦氏が兵庫県知事になれたワケ〜知事への最短コースを目指す人々の実像

パワハラ疑惑に続いておねだり疑惑。兵庫県の斎藤元彦知事の「傲慢さ」が次々に明らかになっている。辞任論は強まるばかりだが、本人は知事の職にとどまる意向を崩していない。
それにしてもなぜこのような人物が知事になれたのか。

斎藤知事は兵庫県神戸市出身。東大を卒業後、総務省(旧自治省)にキャリア官僚として入った。

総務省(旧自治省、行政改革で旧郵政省などと統合された)は全国の自治体を管理統制する役所である。キャリア官僚は若くして、自治体の幹部に出向する。財政課長、総務部長など要職を各地で歴任し、中央省庁と自治体のつなぎ役を務める。

総務官僚たちは「地方の声を中央に届ける」というが、「中央の目線で地方を管理統制する」のが実態だ。その証拠に、彼らは政府の意向に反して独自政策を進める自治体にとても冷たい。中央の指令に横一列に従う優等生自治体をできるだけ多く作るのが彼らの使命といっていい。

他の省庁が所管業界に天下る(出向する)とすれば、彼らの天下り先(出向先)は地方自治体だ。だから20代から自治体の要職を担い、年上の自治体職員たちに命令する。東京と地方を行ったり来たりして出世の階段をのぼっていく。

彼らの最終目標は、自らの出身県か出向先の知事になることだ。

通常、中央省庁に入ったキャリア官僚たちが目指すのは官僚トップの事務次官である。だが、総務官僚たちは総務省に残ってトップを目指すより、途中で知事に転身し、都道府県の「トップ」になることを志している者が多い。

私は京都大学法学部時代に国家公務員I種の筆記試験に合格し、「官庁訪問」をしたことがある。国家公務員は就職活動の本命ではなく、最終的には朝日新聞社に入社したのだが、何事も経験と思って、京大OBを中心に中央省庁のキャリア官僚たちと面会した。その時に旧自治官僚たちにも会った。彼らは私の強く勧誘してくれたが、その際の誘い文句が「自治省に来れば、知事になれるかもしれないよ」だった。

斎藤知事も宮城県や大阪府に財政課長として出向し、キャリアを積んだ。いずれ故郷の兵庫県か、もしくは出向先の都道府県で知事になることを狙っていたのだろう。

維新の本拠地・大阪府の財政課長に出向していた時、運命が巡ってきた。出身地であるお隣の兵庫県知事選に、自民党と維新の相乗りで出馬する話が転がり込んできたのだ。

当時の上司は維新の吉村洋文知事である。維新は関西圏で躍進していた。大阪に続いて兵庫や京都に進出し、勢力を拡大していた。

自民党は維新を恐れた。大阪府知事に続いて兵庫県知事のポストを奪われば、関西圏は次々に維新の軍門にくだるだろう。そこで維新とは激突せず、相乗り候補を探したのである。

目をつけたのが、大阪府財政課長に出向していた兵庫出身の斎藤氏だった。これなら相乗りする口実ができるというわけだ。

こうして斎藤知事は2021年、難なく最初の知事選に当選したのである。

知事になるにはおもに3つのコースがある。

①政治家コース

近年は国会議員から転身するケースが増えている。都知事選で3選を果たした小池百合子氏は典型だ。自民党で防衛相や環境相を歴任したうえ、自民党総裁選に出馬したこともある大物国会議員として都知事選に出馬したのだった。当初から知名度は抜群で、選挙ノウハウもしっかりしているのが強みだ。

今回の都知事選で小池氏に挑んだ蓮舫氏(立憲民主党参院議員)と石丸伸二氏(広島県安芸高田市長)もそうだが、石丸氏は政治家としてキャリアを重ねたというよりは人気ユーチューバーとして著名だったため、②に近いかもしれない。

大阪府の吉村洋文知事や沖縄県の玉城デニー知事、群馬県の山本一太知事、徳島県の後藤田正純氏らも国会議員からの転出組である。

②著名人コース

知事選は選挙区が広い。現職の国会議員でもなく知名度もない新人がいきなり挑戦しても泡沫扱いされることが多い。そこで担ぎ出されやすいのは、テレビをはじめメディアでお馴染みの著名人だ。

弁護士としてバラエティー番組に出演して知名度が高かった橋下徹氏が大阪府知事に転身したのは典型的な事例である。過去にはテレビ司会者の青島幸男氏が選挙活動をしないで東京都知事選に当選したこともある。現職では神奈川県の黒岩祐治知事もテレビキャスターだった。

③官僚コース

最も多いのが、中央省庁のキャリア官僚である。とりわけ自治体を管理統制する立場にある総務省(旧自治省)の官僚は、知事への最短コースといっていい。

総務官僚が知事選に担ぎ出される場合、出身地のケースと出向先のケースがある。兵庫県の斎藤知事は出身地型だ。

一方、宮崎県知事となった東国原英夫氏の下で総務部長や副知事を務め、後任となった河野俊嗣知事は出向型の代表例だ(河野氏の出身地は広島県)。私が朝日新聞政治部に着任する前に勤務していた浦和支局(現さいたま総局)で埼玉県庁を担当していた1997~98年、河野氏はまちづくり支援課長や財政課長として出向していた。私は当時、彼をしばしば取材していたが、まさか宮崎県知事になるとは思っていなかったし、本人も思っていなかっただろう。

キャリア官僚は選挙地盤がなく、選挙のノウハウもない。にもかかわらず知事選に担ぎ出されることが多いのは、中央省庁とのパイプがあることに加え、地元政界の権力バランスを維持するのに適任だからだ。

知事は都道府県政界では絶大な権力者である。地元の国会議員や県議らは日常的に主導権争いを続けているのだが、そのうちの一人が知事に転身すると、強大な権力を一手に握ることになり、地元政界の権力バランスが崩れてしまう。政治基盤のないキャリア官僚は、権力バランスを維持するのに都合がよい。

斎藤知事も自民と維新の双方が折り合える候補として白羽の矢が立った。このため、当選1期目は政治家たちに頭があがらないことがおおい。

しかし、知事選で2回、3回と当選を重ねると、官僚出身知事でも次第に力を増していく。県政界の実力者が代替わりするとなおさらだ。小選挙区制度が導入されて衆院議員の選挙区が小さくなった後、知事の想定的な力はいっそう増した。東京都の小池知事や大阪府の吉村知事は段違いだが、その他の知事も地元では国会議員より大きな影響力を握っているのが一般的だ。

斎藤知事も今のパワハラ疑惑やおねだり疑惑さえ乗り切って来年の知事選で再選を果たせば、長期政権が見えてくると思っているに違いない。

だが、ここまでイメージが悪化すれば、来年の知事選への出馬自体が困難であろう。政治家であればここで電撃辞任し、一か八かの出直し知事選に挑んで政権基盤を立て直す勝負に出るという発想になることが多い(兵庫県明石市長だった泉房穂氏は暴言問題を批判を浴びた時、市長を辞任して出直し市長選に勝利して政治基盤を固めた)。だが、選挙が不得手で担がれることに慣れている官僚出身の知事にその大胆さは通常はない。

本人は単に居座れば何とかなると考えているのだろうか。今後の出方に注目したい。

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