東欧ルーマニア発のドキュメンタリー映画を試写して推薦コメントを寄稿してほしいという依頼が届いたのでURLを何気なくクリックして見始めたのだが、あまりの質の高さに釘付けになってしまった。
この東欧の国を私は訪れたことがない。民主主義という点では発展途上の国であるとばかり思っていた。だが、画面に映し出されるこの国の政治腐敗のありさまは、私たちの国・ニッポンに何と似ていることか!その政治不正を暴く調査報道を引っ張るのがテレビや新聞といった大手マスコミではなくスポーツ紙であるというジャーナリズムの現況も酷似している。
それをものの見事に描くドキュメンタリー作品。押し付けがましいナレーションやインタビューは一切なく、実写の場面だけをつなぎ合わせて克明に描くその手法に、私は感嘆してしまった。長い歴史のなかで東西の文化が融合してきたこの地の文化的厚みを感じずにはいられなかったのである。
「コレクティブ 国家の嘘」。本年度アカデミー賞2部門にノミネートされるなど世界各地で絶賛されたルーマニア映画が10月2日、ついに日本でも全国公開される。世界最高水準のドミュメンタリー映画にぜひ触れてみてほしい。
2015年10月30日、ブカレストのクラブ「コレクティブ」で実際に起こった火災の場面からはじまる。若者27人の命を奪った大惨事はそれだけで終わらなかった。火災現場から救出されて大病院に運ばれ、一命を取り留めたはずの入院患者が次々に死亡していったのだ。最終的な死者は64人に膨れ上がる。政府も病院もその理由を明かさない。
相次ぐ謎の死と政府や病院の隠蔽体質に不正を感じ取って調査報道に着手したのは、スポーツ紙の編集長だった。内部告発者の情報提供をもとに彼が突き止めたのは、病院が使用している消毒液が薄められていたという驚愕の事実だ。莫大な利益を手にする製薬会社と、彼らと癒着する病院経営者、そして政府要人たち。多くの若き命を奪った「医療利権」を暴く調査報道を当局者たちは矮小化して誤魔化そうとするが、粘り強く続報を展開するスポーツ紙に世論の怒りは爆発し、ついに内閣は総辞職に追いやられる。一連の様子をカメラは淡々ととらえていく。
映画の前半は、ジャーナリスト必見の調査報道実話だ。国家権力を監視し「国家の嘘」を暴くことこそ、ジャーナリズムの至上の価値であることを再確認させてくれる。大手マスコミが政府に飼い慣らされ、国家権力に擦り寄り、大本営発表を垂れ流すのは、東欧の小国も東洋の島国も変わらない。そこに風穴を開けるのはあちらはスポーツ紙、こちらは週刊文春や赤旗であるというマスコミの現況も実に似通っていて、思わず苦笑が漏れてしまうのだった。
後半は主役が入れ替わる。内閣総辞職のあとに登場したのは、ウィーンから帰国して保健省大臣に起用され、腐敗にまみれた医療行政の再建に挑むひとりの政治家だった。彼はドキュメンタリー取材班を引き連れて役所に乗り込む。役所の実態を可視化することで改革を進めようとしたのだろう。その結果、改革に抵抗する役人たちの素顔が克明に記録されている。私が日本で取材してきた官僚の姿と実によく重なり合う。ああ、役人というものはこのように誤魔化し、このように隠蔽するのだということが伝わってくる。ルーマニアもニッポンも同じなのだ。
日本ではいまだ登場したことのない、正義感あふれる誠実なルーマニアの大臣は、医療行政を強力に変えていくのだが、その試みが挫折するところで映画は終わる。なんともいえないリアリティーあふれる幕切れだ。民主主義の現実を痛感させられる結末だ。
しかし、ほんとうの現実はそこで終わらない。映画撮影後、ルーマニアにもコロナ危機が襲う。そこで政治的に失脚した彼は医療危機を回避するため再び政治の舞台へ呼び戻されたというのである。だが、その改革も再び頓挫してしまったそうだ。挑み、破れ、挑み、破れ…。現実の政治闘争は紆余曲折を経てすこしずつ前進していくものなのだろう。日本の政界を覆う閉塞感にめげてはいけないと私は思い直したのだった。
試写を終え、短い字数で推薦コメントを書くのが困った。現実世界を追ったドキュメンタリー映画らしく、焦点がいくつもあり、どの部分を取り上げたらよいのか迷ってしまったのだ。ジャーナリストによる執念の調査報道か、孤高の政治家による改革か…。悩んだ挙句、私は「医療利権」にフォーカスすることにした。コロナ危機が襲来する前に撮影されたこの映画が、近未来の世界を予測したかのように思えたのだ。
今世界中でコロナ対策を理由に莫大な税金が製薬・医療業界に投入されている。とりわけワクチン業界の潤い方は尋常ではない。私はワクチンには一定の効果があると思うし、ワクチン陰謀論とは一線を画しているが、過剰なワクチン信奉は危ういと思っている。ワクチンの限界とリスクを認め、数多くの対策の一つに過ぎないと位置付けるべきだ。
ワクチンパスポートを導入して接種者に特典を与えてまで接種を急ごうとしているこの国の政権には、GOTOトラベルに相通じる「中抜き利権」の匂いを感じてしまう。ひとりひとりの身体への適性をよく見極めて接種するのが本来の医療なのだが、国策として莫大な税金が投入されることでワクチンそのものが巨大ビジネス化して暴走してしまうのではないか。そこが「国策」の恐ろしいところだ。
巨額の税金を投じる「国策」は徹底的に疑い、監視する必要がある。東京五輪もコロナ対策も同じ。それがジャーナリズムの責務である。
そんな思いから以下の推薦コメントを寄せた。
国家の嘘は感染症より怖い。
パンデミックで医療・製薬業界の利権が世界規模で拡大する今こそ必見の映画だ。(政治ジャーナリスト 鮫島浩)
学者やジャーナリストら多くの識者がこの映画にコメントを寄せている。見どころが満載なので、コメントも実に多様である。それがこの映画の奥深さを物語っているといえるだろう。映画をご覧いただいてうえで、皆さんのコメントを読み比べてみるのも面白いと思う。