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葉梨法相更迭で辞任ドミノへ、岸田首相の孤立深まる〜大連立視野に立憲にさらに近づくのか、立憲と決別し自民党内と融和するのか、このまま挟み撃ちで瓦解するのか

法相は朝、死刑のハンコを押し、昼のニュースのトップになるのは、そういう時だけという地味な役職だーー葉梨康弘法相が死刑執行の最終責任を負う立場にありながら、耳を疑う発言をして更迭された。

死刑は国家権力が合法的に人の生命を奪う重い制度。人権尊重の立場から大多数の国ではとっくに廃止されている。先進国で死刑制度が残っているのは、日本、米国、韓国だけだ。

死刑制度を存続させているだけでも「人権後進国」のそしりを免れないと私は思う。

そのなかで死刑制度が現実に存在する以上、最終執行責任を負う法相はその決断にあたり、尋常ではない心の苦しみを抱えるに違いない。現に在任中の死刑執行サインを拒んだ法相も過去にはいるし、サインした葛藤を吐露した法相もいる。

そのなかで死刑制度を軽々しく扱う葉梨氏の発言は、一発で法相辞任に値するものというほかない。

葉梨氏の発言に国民世論の批判が殺到し、与野党双方から辞任を求める声があがるなかで、岸田文雄首相がいったんは留任させようとしたことは、彼が世間の一般感覚からいかにずれているのかを浮き彫りにした。

統一教会問題で「記憶にない」を連発した山際大志郎氏を更迭したばかり。ここで葉梨氏を更迭すれば政治資金問題を国会で追及されている寺田稔総務相らの「辞任ドミノ」を誘発することへの警戒感があったのだろう。

しかし世論の反発は沸騰し、与野党双方から辞任要求が強まるなかで、岸田首相は方針を一変。外遊日程を遅らせて葉梨氏の更迭に踏み切った。政権末期を思わせる右往左往ぶりだ。

振り返れば、歴代最長となった安倍政権は閣僚にさまざまな疑惑が浮上しても更迭せずに守り続けた。それが可能だったのは、国会で圧倒的多数を占める自民党内を、最大派閥・清和会の「数の力」で完全掌握して「安倍一強」体制を確立していたからだ。

岸田首相は第四派閥の領袖にすぎない。後ろ盾の麻生太郎副総裁も第三派閥の領袖だ。宏池会の流れをくむ麻生派、岸田派、谷垣グループだけでは自民党内のマジョリティーは取れない。自民党内から閣僚の更迭論が浮上すれば無視はできない。

さらに葉梨氏が岸田派所属だったことが打撃だった。自民党内から「自分の派閥だけに甘いのか」という不満が噴出したのだ。もはや派閥闘争に突入したのである。

岸田首相が自民党内の非主流派を牽制するために、立憲民主党に急接近したことが、さらに自民党内の亀裂を拡げた。内閣支持率が続落する岸田首相に代わって、立憲最高顧問の野田佳彦元首相を首班に担ぐ大連立構想が宏池会や財務省、立憲のなかで囁かれ始めると、自民党内の非主流派の警戒感を刺激し、岸田首相や宏池会への風当たりはますます強まったのである。

頼みの立憲民主党からも葉梨氏の更迭を求める声が噴き出し、万事休す。岸田首相としては続投方針を撤回して更迭に踏み切るしかなかった。

葉梨更迭が辞任ドミノの引き金を引く可能性は極めて高いだろう。

すでに立憲は寺田総務相の辞任を求めている。私は立憲との連携を確立させるため立憲に国会論争の「成果」を差し出す「貢ぎ物」として寺田総務相を国会最終盤に更迭するとの見立てを示してきたが、その時期も早まるかもしれない。寺田総務相もまた岸田派であり、自民党非主流派からも岸田首相を揺さぶるため辞任要求を強めることが予想される。寺田総務相が前倒しで陥落すれば、辞任ドミノはさらに広がるかもしれない。

統一教会問題から目を逸らしたい清和会にとっては、葉梨氏や寺田氏の問題に世間の耳目が移るのは好都合でもある。

立憲は自民党と連携を深めて大連立に発展させる場合、首班を立憲から出すことを求めるだろう。念頭にあるのが首相経験者である野田氏だ。

宏池会や財務省には、消費税増税に後ろ向きな清和会を弱体化させるため、大連立構想(その有力案が立憲の野田佳彦首班説)を打ち上げて清和会分裂を誘発する構想もある。岸田首相が最終的にこれを受け入れるには、内閣支持率は下落していたほうがよい。岸田内閣の弱体化は、「消費税増税のための大連立」を画策する立憲や財務省の後押しにもなるのだ。打倒・清和会を目指す宏池会(岸田首相を除く)や麻生派にとっても悪いことではない。

岸田首相は最大派閥・清和会や菅義偉前首相ら自民党非主流派と、消費税増税を目論む財務省に同調する立憲民主党の板挟みとなり、双方から突き上げられる板挟み状態に陥った。政権運営はますます混迷を深め、政権末期の様相を深めていくだろう。ふってわいた葉梨更迭劇は、政局の歯車を一気に回したのではないか。

立憲との対決姿勢に逆戻りして自民党内と融和をめざすのか、それとも立憲との大連立を視野にさらに歩み寄って清和会の弱体化をめざすのか、はたまたどっちつかずで挟み撃ちにあい瓦解していくのか。岸田政権は重大な岐路に立っている。

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