米国のエマニュエル駐日大使の動向に注目が集まっている。中国の習近平国家主席を挑発するメッセージを相次いで発信していることに対し、バイデン大統領側近が「中国との関係修復に向けた努力を損なう」としてやめるように要請したーーと米国NBCニュースが報じたからだ。
エマニュエル大使は、中国の秦剛前外相や李尚福国防相の動静が長く伝えられていないことについてSNSに「習主席の閣僚陣は今やアガサ・クリスティの小説『そして誰もいなくなった』の登場人物のようになっている。誰がこの失業レースを制するのか」「シェイクスピアが『ハムレット』で書いたように『何かが怪しい』」などの投稿を重ねていた(こちら参照)。
バイデン政権は中国との覇権争いを続け、8月には日米韓首脳会談を米国・キャンプデービッドで開催して中国包囲網を強化する一方、レモンド商務長官が訪中して関係修復を探るなどの動きも出ている。テスラのマスク氏ら大物財界人も訪中も相次いでいる。
一方、エマニュエル氏は対中強行姿勢を崩さず、9月22日の講演でも福島第一原発の処理水(汚染水)の海洋放出に対抗して中国が日本産水産物の全面禁輸に踏み切ったことを激しく批判し、「中国の狙いは日本を孤立させることだったが、私は中国が孤立していると信じている」「中国は日本産海産物の輸入を禁止したが、中国の漁船は日本の海域で操業している」と指摘。「海産物が健康上の問題であるのなら、なぜ漁を続けるのか」と中国を牽制した(こちら参照)。
このエマニュエル大使が岸田政権の外交政策に大きな影響力を及している。日本側のカウンターパーとは、木原誠二幹事長代理(前官房副長官)だ。ふたりは毎週のように会合を重ねてきた。エマニュエル大使の意向に沿って、岸田外交も対中強硬論に大きく傾いているといっていい。
岸田首相が木原氏を側近中の側近とし、疑惑渦中にいながらも政権中枢から外せないのは、エマニュエル大使との窓口役だからである。一方で、親中派の林芳正外相が今回の内閣改造で閣外へ追いやられたのも、エマニュエル大使の意向が働いた可能性が高い。
エマニュエル大使は近年の駐日大使としては大物政治家である。
民主党のクリントン政権の大統領上級顧問として頭角を表し、下院議員を4期務め、オバマ政権では大統領首席補佐官として政権中枢を担った。
この時、副大統領だったバイデン氏と親密になった。バイデン氏とエマニュエル氏はオバマ政権中枢ではどちらかというと非主流派だったとされるが、その分、二人の結束は強まったようだ(こちら参照)。
エマニュエル氏はその後、シカゴ市長に転じるが、黒人がシカゴ市警の警察官に射殺された事件の対応の遅れで民主党内からも強い批判を浴びた。
バイデン大統領はエマニュエル氏の閣僚起用を検討したが、民主党左派の反対で見送り、駐日大使に起用したと言われている。
エマニュエル大使は長年の議会対策や資金集めを通じて米国内の政界・財界に強力なパイプがある。最大の後ろ盾はバイデン大統領であり、それが強気な言動を支えているのだろう。
一方で、政治的野心は強く、「ポスト・バイデン」を狙っているとも評される。バイデン大統領には高齢不安が強まっており、仮に来年の大統領選不出馬ということになれば、エマニュエル大使がいきなり名乗りをあげるという憶測もある。一連の対中強行姿勢も、将来の大統領選出馬を視野に政治的立ち位置を鮮明にする戦略なのかもしれない。
日本にとって見逃せないのは、岸田政権の外交方針が、エマニュエル大使の影響を強く受けていることだ。それはエマニュエル大使と接触を重ねてきた木原氏の影響力増大に現れている。
他方、エマニュエル氏が米国内で失脚すれば、岸田外交は梯子を外される危険もある。岸田政権の行方は米国内の政局に極めて左右されやすい状況に陥っていることは留意しなければならない。