勝ちすぎると、政治は腐る。
野党がどんなに吠えても、政権はびくともしない。
昼間の永田町では、大臣が閣議に遅刻し、委員長が国会に遅刻する。ところが夜になると空気が変わる。高級料理店に議員たちが集まり、解散したはずの派閥の仲間と酒を酌み交わす。そして話題は決まっている。「派閥をどう復活させるか」だ。
戦後最多の316議席。総選挙の圧勝が自民党に強烈な「万能感」を生み出した。その結果、政治を前に進めるはずの大勝利が、かえって古い派閥政治を呼び戻そうとしている。
大臣と委員長の「ダブル遅刻」
その象徴的な出来事が、3月6日に起きた。
小野田紀美経済安全保障担当大臣が閣議に5分遅刻したのである。官邸前に車で到着し、エントランスを走り抜ける映像が話題になった。原因は事故渋滞だったという。
しかしこの時期、世界は緊張状態にある。アメリカとイスラエルがイランを攻撃し、中東情勢は緊迫。原油価格も高騰している。経済安全保障を担当する大臣として緊張感が欠けているという批判は避けられない。
同じ日、衆院文部科学委員会でもトラブルが起きた。斎藤洋明委員長が理事会に遅刻し、委員会が開けなかったのだ。予定されていた高校無償化関連法案の審議は延期された。こちらも理由は自宅から国会に向かう途中の渋滞だった。
斎藤委員長は「緊張感が足りなかった。心からお詫びする」と謝罪。だが野党の反発は強い。中道の小川淳也代表は記者会見で「本当にふざけるな。真面目にやれ」と激しく批判し、「与党のゆるみ、おごり、万能感は目に余る」と断じた。
実際、かつての与党にはもっと強い緊張感があった。2024年衆院選、2025年参院選で与党は過半数を割り、法案を通すためには野党との協議が欠かせなかった。閣僚の失言や不祥事があれば、すぐ辞任に追い込まれる状況だった。
石破内閣の江藤拓農林水産大臣が「コメは買ったことがない」と発言した際も、当初は石破茂総理がかばったが、野党の辞任要求を受けて更迭に追い込まれた。
ところが1月の解散総選挙で情勢は一変する。自民党は衆院で3分の2を突破。参院が否決しても衆院で再可決できるため、野党の協力は必要なくなった。小川淳也代表がいくら批判しても、高市早苗総理の政権が揺らぐことはない。政府与党に安心感が広がるのも無理はない。
夜の会合で進む派閥再結集
しかし、この余裕が別の動きを生んでいる。夜の永田町での派閥再結集だ。
2月25日夜、都内の中華料理店に旧安倍派の約20人が集まった。呼びかけたのは萩生田光一氏と西村康稔氏。かつて安倍派「5人衆」と呼ばれた中枢メンバーだ。
今回の総選挙では裏金問題で批判を受けながらも、裏金議員44人のうち42人が当選。そのうち39人が旧安倍派だった。
さらに萩生田光一氏は高市政権で幹事長代行、西村康稔氏は選対委員長、松野博一元官房長官は組織運動本部長として党執行部に復帰した。
裏金問題で解体された安倍派は、かつて100人規模の最大派閥だった。岸田文雄政権、石破茂政権では冷遇されていたが、高市政権の誕生で復活の兆しを見せている。
その最大のライバルが、麻生太郎副総裁率いる麻生派だ。裏金問題で各派閥が解散する中、唯一存続を宣言した派閥であり、高市政権では副総裁、幹事長、総務会長を押さえて党中枢を掌握した。
総選挙前は43人だったが、選挙後は60人へと拡大した。森英介衆院議長の離脱があった一方で、新たに18人が加わったためだ。
しかし高市早苗総理と麻生太郎副総裁の関係は悪化している。高市総理は麻生氏に相談せず1月解散を決断し、麻生氏が反対する消費税減税を公約に盛り込んだ。さらに選挙後、麻生氏を副総裁から外して衆院議長に回す人事を打診したが、麻生氏は拒否した。
この対立に乗じて旧安倍派が勢力拡大を狙う。7月の国会閉会後に予定される内閣改造と党役員人事で、幹事長ポストを麻生派から奪えるかが焦点になる。
二階派と岸田派も動き出す
麻生派への対抗勢力は旧安倍派だけではない。旧二階派も再結集の動きを見せている。
裏金問題で二階俊博元幹事長は引退し、大番頭の武田良太元総務大臣は前回総選挙で落選。派閥は解散し、メンバーは散り散りになった。
だが今回の総選挙で武田良太氏が国政復帰する。福岡政界では麻生太郎氏と犬猿の仲で知られる人物だ。年末年始には高市総理に中華おせちと豚まんを送り接近し、総選挙では高市総理自身が福岡入りして応援した。
復帰した武田氏は早速動いた。3月5日夜、東京・銀座の日本料理店に20人以上を集め、研究会の結成を宣言。自ら代表に就任した。事実上の「武田派」の旗揚げである。ここでも狙いは麻生派から幹事長ポストを奪うことだ。
一方、旧岸田派も内部対立を抱えている。岸田文雄元総理は2月26日夜、木原誠二氏ら側近と会食し、新人議員12人も招いた。勢力拡大を狙う動きだ。
同じ日の夜には、林芳正総務大臣を支持したグループも会合を開き、小野寺五典税調会長らが参加した。旧岸田派の主導権争いも続いている。
世界は緊張、永田町は弛緩
世界情勢は緊迫している。アメリカとイスラエルによるイラン攻撃は国際法違反の疑いが指摘され、日本外交は難しい立場に置かれている。高市総理の3月訪米も控え、大きな外交判断が迫られる。
イランはホルムズ海峡封鎖に踏み切り、原油価格は高騰。日本の石油備蓄は254日分と世界最高水準だが、物価高への影響は避けられない。円安も進み、株価も下落している。これまで高市政権を支えてきた株高という前提も崩れつつある。
本来なら政治が最も緊張感を持つべき局面だ。しかし永田町では大臣と委員長が遅刻し、与党議員は夜の派閥会合に忙しい。
野党は議席が少なすぎて、国会で政権を揺さぶることができない。結果として政治の舞台は国会から自民党内の派閥抗争へと移りつつある。
総選挙の圧勝で誕生した高市一強体制。だがその強さが、かえって政治の緊張を失わせ、派閥政治という「自民党の先祖返り」を招こうとしている。
激動する世界の中で、日本だけが内向きの権力闘争に沈んでいくのではないか。いまの永田町を見ていると、そんな危機感を抱かずにはいられない。