今回の総選挙で、自民党は一つの決断を下した。
裏金議員は、全員公認。「この話は、もう終わった」―そう言わんばかりの判断である。
だが、本当に終わったのか。
裏金事件で失脚した二人の大物、萩生田光一と武田良太の選挙を見れば、その答えは見えてくる。
前回の総選挙で、萩生田は無所属で勝ち上がり、政権中枢に復活した。
一方の武田は、自民党公認を得ながら、まさかの落選。
今回、二人は再び試される。
鍵を握るのは、「高市人気」か、それとも「公明票」か―だ。
東京24区 萩生田光一の危機
萩生田光一は、森喜朗元総理が最も寵愛した政治家だった。
森派から安倍派、そして将来は「萩生田派」。
本人も、森も、そう信じて疑わなかった。
その運命を一変させたのが、安倍派を直撃した裏金事件である。
派閥は解散し、森は表舞台から退いた。
萩生田も失脚し、前回総選挙では党公認を得られず、無所属での出馬に追い込まれた。
地盤は八王子、東京24区。
都議時代から固めてきた選挙区であり、これまでは公明党と強固な選挙協力関係を築いてきた。
しかし裏金問題に加え、旧統一教会問題が重なり、創価学会内には萩生田批判が一気に広がった。
そこで頼ったのが、高市早苗だった。
総裁選で石破に敗れ、「党内野党」を宣言していた高市は、無所属となった萩生田の応援に駆けつけた。
当時、立憲民主党がぶつけた対抗馬は、ジャーナリストの有田芳生だった。
旧統一教会問題の追及者として、萩生田撃沈の切り札と考えたのだろう。
だが、この選択が裏目に出る。
有田は若い頃、公明党や創価学会を厳しく批判する著作を出していた。
学会員はそれを忘れていなかった。
結果は、萩生田7万9216票、有田7万1683票。
わずか7533票差の辛勝だった。
公明票がなければ、萩生田は敗れていた。
公明離反と「中道改革連合」
しかし、公明党は萩生田を許したわけではない。
高市政権発足後、萩生田が幹事長代行として執行部に復活したことは、公明が連立離脱に踏み切る理由の一つとなった。
萩生田は、維新との協議を進め、国民民主を連立に引き込む裏交渉も担っていた。
解散は先送りし、まずは連立拡大――それが萩生田の描いたシナリオであり、そう公言もしていた。
だが高市は待たなかった。
萩生田ばかりか、キングメーカの麻生太郎にも相談せず、1月解散を決断。
萩生田にとって、最悪のタイミングでの総選挙となった。
追い打ちをかけたのが、立憲と公明が合意した新党「中道改革連合」だ。
東京24区では、有田に代わり、八王子出身の若手都議・細貝が擁立された。
敵の少ない32歳。これなら創価学会も「打倒・萩生田」で結束できる。
裏金批判、旧統一教会問題、公明票離反。
萩生田の頼みは、もはや高市人気しかない。
福岡11区 武田良太の賭け
一方、裏金で失脚したもう一人の大物が、武田良太だ。
二階派の大番頭として君臨してきたが、親分の二階が政界引退に追い込まれ、自身も福岡11区で敗れた。
維新新人の村上に、2235票差の惜敗だった。
武田は公認を得ていたが、比例重複は認められず、復活はない。
57歳、政治家として最も脂の乗った時期に、議員バッジを失った。
背景には、福岡政界の主導権争いがある。
武田の後ろ盾は菅義偉。
宿敵は麻生太郎だった。
麻生は公明嫌いで知られ、その裏返しとして、公明党は武田と良好な関係を築いてきた。
裏金批判に加え、麻生が武田をつぶすため、維新に票を回した――そんな見方も根強い。
その後、政局は激変する。
高市政権が誕生し、麻生がキングメーカーに復活。
公明は連立を離脱し、代わって維新が与党入り。
さらに、立憲と公明が中道改革連合を結成した。
武田は早期の国政復帰を望み、1月解散は歓迎だ。
だが、福岡11区の構図は一変した。
維新の村上は、今や与党側。
政権批判票は見込めない。
一方、村上は「高市支持」を前面に出し、武田は非主流派。
高市人気が争点になれば、票は村上に流れかねない。
さらに、中道改革連合は地元市議の辻を擁立した。
これまで武田を支えてきた公明票が、どこまで流れるのか。
私は、公明票の多くは武田にとどまると見る。
福岡で公明が最も警戒するのは、今も麻生だからだ。
麻生を牽制するためには、武田の国政復帰が必要なのである。
高市人気にすがる萩生田。
公明票に望みを託す武田。
東京24区と福岡11区――
今回の総選挙の本質は、ここに凝縮されている。