岸田文雄首相の地元・広島が「サミット特需」に沸いている。5月19日〜21日開催のG7首脳会合にむけて国・県・市の巨額予算が道路整備や関連イベント等に投入され、警備や工事の関係者らが押し寄せている。
首脳会議は瀬戸内海を眼下に眺望できるグランドプリンスホテル広島、国際メディアセンターは原爆ドームに近い市中心部の県立総合体育館。外務省は会場の借り上げや警備などの費用として、22年度と23年度の予算に約260億円を計上した。安倍政権下の伊勢志摩サミット(約232億円)より12%増だ。警察庁は要人警備やテロ対策で約91億円を積んでいる。
広島県は23年度当初予算にサミット関連予算を31億円盛り込んだ。22年度と合わせると114億円で、こちらも伊勢志摩サミットで三重県が投入した約94億円を超える。00年の沖縄サミットの県負担(約77億円)、08年の北海道洞爺湖サミットの道負担(約22億円)と比べても突出した予算規模だ。
広島市も新年度当初予算案にサミット関連予算として6億6000万円を計上し、広島城を七色でライトアップしたり、サミットを舞台とした漫画を作成してSNSで発信したりするPR事業に力を入れる。都市部のインフラ整備を進める22年度の補正予算をあわせて総額は30億円を超え、国や県とあわせて大盤振る舞いの様相である。
岸田政権は、G7首脳ら各国関係者が被爆地・ヒロシマの顔である平和記念公園に加え、世界遺産に登録されている厳島神社にある宮島を訪問して大鳥居を背景に記念撮影することも計画しており、要人移送のためのヘリポートや道路舗装工事、救急医療体制の整備などのインフラ整備も急ピッチで進んでいる。
昨年夏に奈良で起きた安倍晋三元首相の銃撃事件に加え、4月に和歌山で起きた岸田首相の襲撃事件を踏まえ、広島サミットでは警備体制が厳重に強化され、警備予算は惜しげもなく投入されそうだ。サミット関連予算として計上されないかたちでの支出も相当出てくるのではないだろうか。
伊勢志摩や北海道洞爺湖、沖縄という過去のサミットと違って、要人警護が難しい都市部での開催に踏み切った結果、警備費用を中心に予算が膨らむのは避けられない。
サミット特需の影で「勇み足」も発生した。原爆による焼失を免れた「被爆樹木」と呼ばれるシダレヤナギを、広島県発注の景観整備工事で誤って伐採してしまったのだ。
広島市東区の京橋川の護岸下にあったこのシダレヤナギは高さ3メートルほどで、2017年に「被爆樹木」に登録された。「被爆樹木」は、原爆で被害を受けながら枯れずに残った樹木を保存するために広島市が登録しているもので、爆心地から半径2キロ圏内に160本が登録されている。
世界平和を願う被爆地ヒロシマの思いをサミットを機に世界にアピールするはずが、サミットに向けた景観整備で被爆樹木を切り倒してしまったのだから、本末転倒としかいいようがない。
広島サミットでG7首脳の記念撮影が予定される宮島では県道を舗装し直す工事が急ピッチで進み、文化財保護法で定められた現状変更許可を得ないまま実施されていたことも発覚した。サミットに向けて巨額予算が一気に計上されて道路整備を急いだことと無縁ではなかろう。首脳らを乗せたヘリコプターを迎えるため、島にある自然公園の運動広場をヘリポートに改修する工事も進む。
平和記念公園から主会場のホテルへ向かう「吉島通り」では、警備をしやすくするため約300メートルにわたり中央分離帯を撤去。平和大通りではケヤキなど31本を伐採。公園西側の本川の対岸では南北約600メートルにわたる街路樹のキョウチクトウが半分の高さの約1・5メートルまで剪定された。警備や景観に配慮して視界を広げるためだとう。
サミット開催が決定し、巨額予算が計上され、警備や景観の整備を理由に至る所で工事が進む。土木・建設業界への利益誘導の典型的な図式である。
地元・広島でのサミット開催を決定したのは、岸田首相自身である。昨年5月に訪米し、バイデン大統領との首脳会談後の共同記者会見で「広島ほど平和へのコミットメント(誓約)を示すのにふさわしい場所はない」と強調し、広島開催を華々しく打ち上げたのだった。
開催地に名乗りを上げていたのは名古屋、広島、福岡の3市。外務省は4月中旬、3市のホテル収容人数や警備のしやすさなどを審査して「横一線」とする報告書を官邸に提出。しかし、国際社会に向けて「被爆地ヒロシマ」のメッセージ性が最も高いという理由で広島が選ばれたという経緯がある。
しかし広島サミットに向けた岸田首相の取り組みは「平和」とは逆方向だ。
サミット議長としてウクライナ戦争を続行するゼレンスキー大統領と事前に対面するためキーウを訪問し、広島サミットへのオンライン参加で合意して軍事的・資金的な支援の強化を表明。ウクライナへの軍事支援を強化してロシアのプーチン政権打倒を目指すバイデン大統領に追従し、ロシアとウクライナの停戦に動く中国とは一線を画す。停戦よりも戦争の長期化・泥沼化を後押しする姿勢なのだ。
それならば広島開催の意味はない。単なる地元への利益誘導と批判されても仕方がない。
岸田首相は安倍政権で外相を務めていた7年前のG7サミットの際も、G7外相会合を地元・広島に誘致することに成功した。首相としてサミット首脳会合を地元に誘致し、外相としてサミット外相会合を地元に誘致した政治家は過去にいるのだろうか。今回のG7サミットは「被爆地ヒロシマ」というよりも「岸田首相の選挙区」での開催と呼んだ方がふさわしいのではないか。
私はこの原稿をサミット主会場のグランドプリンスホテル広島で執筆している。ここ数日、「サミット特需」に沸く広島市内を歩いたが、街の外観を整えることや警備体制を強化することが優先され、被爆地ヒロシマでのサミット開催で世界平和を推し進めるという理念は後回しにされている気がしてならない。
原爆ドームや平和記念公園には様々な国の旅行者の姿があった。誰もが戦争を憎み、平和を願ってこの地を訪れている。その思いの数々が広島のブランドを支え、広島に人々を引きつけ、広島の経済を支えてきた。それはサミットに備えた一時的な予算の膨張とは違って、広島の真価であった。
その広島から世界の評価を二分する戦争当事国の一方に加担し、停戦を阻むメッセージを世界に向けて発することは、世界中の多くの人々を幻滅させ、平和都市ヒロシマの魅力を傷つけることを忘れてはならない。
広島取材の結果は鮫島タイムスのユーチューブでも近く報告したい。