今春の統一地方選にあわせて、衆院4選挙区(千葉5区、和歌山1区、山口2区、山口4区)と参院大分補選の5つの補選が行われる(4月23日投開票)。岸田内閣の支持率は低迷しているものの、野党は立憲民主党、日本維新の会、国民民主党、共産党の足並みが乱れており、「自民全勝」の見方が強まっている。岸田首相が息を吹き返す転機になりそうなのだ。
岸田首相は2月25日、党本部で開かれた全国政調会長会議で「(5補選は)今後の政局に大きな影響を与えるかもしれない大事な選挙だ」と訴えた。「自民全勝」の情勢分析を踏まえ、菅義偉前首相が狼煙を上げた「岸田降ろし」の動きを封じ込めるためにも、5補選をあえて「政治決戦」としてクローズアップさせる意図がありありだ。
3月5日には5補選の遊説第一弾として山口県に入った。まずは4区の下関市へ駆けつけ、安倍晋三元首相が地元事務所として使っていた建物(現在は後継者として補選に出馬する吉田真次・前下関市議が使用)を訪れ、安倍氏の遺影に黙祷した。その後、吉田氏の集会に参加して「安倍元総理の志を継ぐ人物を選ぶのはもちろん大事だが、今の時代にどの政党に日本の政治を託すのかも問われる」と強調し、補選勝利を「岸田内閣への信任」と位置づける思惑をにじませた。それから2区の岩国市へ移り、岸信夫前防衛相の長男・岸信千世氏の集会に参加した。
山口2区、4区は岸・安倍家を中心に自民党が地盤を固めており、優位は動かない。和歌山1区は、国民民主党の岸本周平氏が知事に転じたことに伴う補選だが、岸本氏は自民党の二階俊博元幹事長と気脈を通じながら保守王国・和歌山で当選を重ねてきた経緯があり、今回の補選では自民優勢が予想されている。
野党の不甲斐なさが目立つのは千葉5区だ。自民党の薗浦健太郎氏が「政治とカネ」の問題で議員辞職したことに伴う補選。しかも無党派層の多い首都圏(市川市の一部と浦安市)の選挙区で、本来ならば野党有利の状況なはずだ。ところが、自民党が公募で元国連職員を擁立するのに対し、立憲、維新、国民、共産4党はそれぞれ自前の候補者を立てるため、「共倒れ」で「自民が漁夫の利」の見方が強まっている。「野党共闘の崩壊」を象徴する選挙区になりそうな雲行きだ。
参院大分補選も野党に逆風である。2019年参院選の大分選挙区では、連合大分を核に、立憲、国民、社民3党が無所属新人の安達澄氏を推薦し、共産も支持する「野党共闘」が実現。自民現職だった礒崎陽輔氏(安倍首相の補佐官として総務省に放送法の解釈修正を迫った人物として、いま注目を集めている)を接戦で破って当選させ、「大分方式」として全国の注目を集めた。
ところが、その安達氏が昨年11月、広瀬勝貞知事の引退表明を受けて今春の大分県知事選へ出馬を表明し、任期途中で議員辞職することになった。
立憲民主党が共産党との共闘に距離を置き、国民民主党との関係も修復できず、2019年参院選の時の「大分方式」を再構築する機運が失せるなかで、安達氏は次期参院選で再選する自信を失ったのだろう。それが参院議員を辞職して大分県知事選に挑戦する背中を押したに違いない。野党共闘の崩壊が参院大分補選を招いたともいえる。
大分県知事選は自公推薦の大分市長と安達氏の激突になるとみられるが、連合や立憲はどちらを応援するかでまとまれず、自主投票の方針だ。同時期に行われる参院補選でも野党が結束する「大分方式」が機能するのは難しい情勢で、2019年参院選のようにはいきそうにない。
自民党の森山裕選対委員長も5補選に手応えを感じている様子で、「補選をしっかり戦い抜きたい」と余裕の表情だ。一方、立憲の泉健太代表は「選択肢を示せるよう最大限の努力をしていきたい」と述べるにとどめ、劣勢の感じは否めず、立憲幹部の弱音が相次いで報じられている。
自民党が5補選に全勝すれば「岸田降ろし」の勢いはいったん止まるだろう。菅義偉前首相らはそもそも5月の広島サミット後の防衛増税政局を政局の山場と見据えており、ただちに戦略の練り直しを迫られるわけではないが、仕切り直し感が出てくることは避けられない。
岸田首相は広島サミットに向けて「岸田降ろし」を一時的に抑え込み、政局的には一息つけることになる。野党の低迷に救われて政権が延命される典型的なパターンに入る展開は十分にあり得る。
岸田首相は「5戦全勝」を当てこみ、衆参補選をあえて「政治決戦」とアピールすることで政権立て直しのきっかけにする狙いだろう。「岸田降ろし」の行方は自民党内の力学だけではなく「野党」の不甲斐なさもからんで決まってくる。
岸田降ろしを狙う菅氏は、維新と連携し、維新を水面化で支えることで野党を分断し、安倍・菅政権を支えてきた。その野党分断工作が非主流派に転落した今になってブーメランのように跳ね返り、岸田降ろしの足を引っ張っている。