衆院3補選(島根1区、長崎3区、東京15区)は自民党全敗、立憲民主党全勝というはっきりした結果に終わった。裏金事件を受けて自民党にNOを突きつける世論の声が野党第一党の立憲を浮かび上がらせたといっていい。
自民党は3補選のうち2補選(長崎3区、東京15区)で不戦敗、唯一独自候補を擁立した保守王国・島根1区でも約2万5千票の大差で惨敗した。もともと岸田文雄首相の6月解散を阻止して9月総裁選での再選を阻止するには補選惨敗のほうが都合がよいという空気が党内にあり、力のこもらない選挙戦だった。
党内には「岸田首相ではやはり選挙は戦えない」という声が広がっており、6月解散は困難との見方がさらに強まっている。
岸田首相は今国会での政治資金規正法の改正を公約しているが、野党が求める抜本改革に自民党内は慎重で、与野党協議はまとまりそうにない。自公与党が骨抜き法案を強行採決して成立させれば世論の反発は必至で、ますます6月解散どころではなくなる。岸田首相は6月解散に踏み切れず、9月総裁選に不出馬・退陣の流れが強まってくる。自民党内ではポスト岸田レースが本格化してくるだろう。
立憲民主党は裏金事件による漁夫の利を独り占めした格好だ。泉健太代表は早期解散・総選挙を求め、終盤国会で攻勢をかける構えだ。政治資金規正法の改正協議では自公与党と妥協せず、ハードルをつりあげ、改革に後ろ向きな自民党というイメージをさらに膨らませる戦略を描く。
泉代表は一時、党内で吹き荒れた「泉おろし」を受けて「次の衆院選で150議席を取れなければ退任する」と表明するまで追い込まれていたが、補選全勝で勢いを盛り返した格好だ。6月解散が見送りになった場合、9月の代表選も現体制で乗り越えられるメドがついたといえる。
とはいえ、岸田首相が9月総裁選を機に退陣し、自民党が新しい首相に差し替えた後に解散総選挙を断行した場合、世論の空気が変わる可能性もある。自民党は新しい顔、立憲は泉代表のまま衆院選に突入すれば、新味にかけて失速する恐れは否定できない。
今回の3補選を「自民党にお灸をすえる」という一時的な現象に終わらせないためには、立憲民主党が政権を取った場合の具体的なイメージをつくる必要があろう。
立憲が単独過半数をいきなりとる可能性は低く、連立政権を樹立する必要があるが、野党第二党の維新は立憲への敵対心を鮮明にし、反自民よりも反立憲の姿勢が明確だ。仮に自公与党が過半数割れした場合でも、維新や国民民主党が連立入りして政権の枠組みが変わるだけで、政権交代は起きない可能性が高い。そのような疑問が広がると、政権交代への期待が一気にしぼみ、立憲の勢いが止まる恐れは十分にある。
政権交代後の具体的な政権像を描けるかどうかが今後の課題だ。
日本維新の会は自民不在の東京15区、長崎3区で立憲との戦いに惨敗し、野党第一党争いから脱落した。大阪万博に対する世論の風当たりは極めて強く、これまで全国で躍進してきた勢いは完全に止まった格好だ。
馬場伸幸代表は「関西以外の小選挙区で勝つのは難しい」と総括しており、次の衆院選にむけて大幅な戦略転換を迫られることになる。これまでとおり立憲との対決姿勢を強めるだけでは、議席増は難しそうだ。
とはいえ、「立憲をぶっ潰す」と公言する馬場体制のもとでは、立憲との協調は難しそうだ。さらに立憲批判を強めれば、仮に自公与党が過半数割れした場合でも、議席不足を補うために連立入りして自公与党の補完勢力となる道が強まってくる。ただ、その場合でも自公与党との連携を模索してきた国民民主党との連立入り争いという構図が浮かんでくる。こうなると政権批判票がさらに遠のくことになり、維新は関西限定の地域政党に逆戻りする可能性が高い。
公明党はサボタージュの補選だったといえるだろう。唯一の与野党対決となった島根1区も公認決定したのは告示目前だった。山口那津男代表も現地入りしない考えを早々に表明し、あからさまに半身の姿勢をみせていた。
自民党の岸田首相・麻生太郎副総裁・茂木敏充幹事長の元執行部とは折り合いが悪く、不人気の岸田首相のもとでの6月解散には大反対だ。今回の自民全敗で6月解散の可能性が萎んだのはむしろ歓迎といっていい。9月の総裁選で新しい首相を誕生させ、ただちに10月解散総選挙を望んでいる。気脈を通じている菅義偉前首相らが9月の総裁選で復権することに期待しているのが現状だ。
東京15区への電撃出馬による国政復帰を見送り、かわりに作家の乙武洋匡氏を擁立した小池百合子知事は惨敗に終わった。小池氏は12日間の選挙戦のうち9日間は選挙区に入る異例の支援体制をとったにもかかわらず、乙武氏は大混戦の東京15区で無所属の須藤元気氏、維新の金澤ゆい氏、日本保守党の飯山あかり氏を下回る5位に沈んだ。前週末の目黒区長選でも小池知事が擁立した候補は敗れており、「選挙に強い女帝」という小池神話は完全に崩壊した格好だ。
背景には小池氏自身の学歴詐称疑惑の再燃がある。カイロ大学が卒業を証明する声明文をエジプト大使館のフェイスブックで公表して疑惑は沈静化していたが、元側近が文藝春秋にこの声明文を作成したのは小池知事自身であることを暴露。7月の知事選に出馬すれば公選法違反で刑事告発すると表明している。
小池知事が東京15区補選への出馬を断念したのも、学歴詐称疑惑の再燃を予期していたためとみられ、7月の都知事選出馬を危ぶむ声もある。そこへ目黒区長選、東京15区補選の敗北が重なり、小池知事の求心力は大幅に低下しそうだ。
乙武氏敗北が決まった夜、小池知事は乙武事務所には姿をみせず、雲隠れした。このまま都知事選不出馬・政界引退に追い込まれる可能性もある。