高市総理が、通常国会の冒頭解散を否定してきた従来の姿勢を転換し、1月解散へ大きく舵を切った。しかも、自民党のキングメーカーである麻生太郎副総裁を蚊帳の外に置いたまま、その構想を読売にリークし、選挙モードへ突入したのだ。
この異例の展開の背後にいる人物として、永田町で囁かれているのが、安倍政権時代に「影の総理」と恐れられた経産省出身の官邸官僚、今井尚哉内閣官房参与である。
高市総理は、麻生支配からの脱却を図り、官邸主導で権力を完全掌握するため、今井氏に賭けた。その決断が、解散総選挙を前にした官邸と自民党の壮絶な権力闘争を引き起こしている。
象徴的だったのが、1月5日の伊勢神宮参拝だ。高市総理は安倍晋三元総理の遺影を携え、「私は安倍後継者だ」と強く印象づけた。これは同時に「私は麻生の傀儡ではない」という無言のメッセージでもあったのではないか。この参拝もまた、今井氏と練り上げた解散戦略の一部だったと見るのが自然だ。
その4日後、読売が1月解散をスクープする。麻生副総裁は地元で「ないでしょうね」と露骨に不快感を示し、官邸と党の対立が表面化した。さらに高市総理は1月12日、総理就任後初めて地元・奈良に戻り、安倍氏の慰霊碑に献花。「総理就任を報告した」とSNSに投稿し、解散を断行する覚悟をにじませた。
総理官邸は、入ってみなければ分からない世界だ。第一次安倍政権が短命に終わった際、官邸でその現実を直視していたのが、経産省出身の今井氏だった。第二次安倍政権では事務次官への道を断ち、政務の筆頭秘書官として官邸に戻り、先手必勝の解散戦略で憲政史上最長政権を支えた。霞が関とマスコミを抑え込み、麻生氏や菅氏をしのぐ影響力を持った官僚――それが今井氏である。
官邸経験のなかった高市総理にとって、官僚統制、マスコミ対応、解散権の行使は未知の領域だ。そこで高市総理は、官邸運営を安倍政権にならうことを決断し、今井氏を参与に迎えた。政務の中枢には今井氏の後輩官僚が配置され、内閣広報も安倍政権人脈で固められた。官邸の中枢ラインに今井一派が並ぶ、「第三次安倍政権」とも言うべき体制が整ったのである。
この官邸中枢で、麻生外しの1月解散計画が密かに練られ、読売へのリークに至った。安倍政権と読売の近さを知る今井氏にとって、リーク先として読売を選ぶのは必然だった。
だが、今井氏には決定的な弱点がある。政治家ではないことだ。官僚やマスコミへの影響力は絶大でも、自民党内や国会運営を束ねる力はない。安倍政権が回ったのは、安倍氏自身が最大派閥の事実上のトップだったからだ。
一方、高市政権下の自民党は麻生独裁体制にある。高市総理は派閥も党員基盤も乏しく、野党や連立相手との人脈も細い。1月解散を麻生氏に拒否されれば、そこで行き詰まる。
だが解散を見送れば、予算審議で旧統一教会問題などの追及を受け、支持率低下のリスクを抱える。今井氏の成功体験である「先手必勝の解散」に、高市総理が最終的に乗った理由がここにある。
もし麻生氏に正面から相談していれば、政局調整による別の解もあったかもしれない。だがそれは、麻生氏のキングメーカーとしての力をさらに強める選択でもあった。高市総理に突きつけられたのは、「麻生を軸に政権を回すのか、それとも官邸官僚を軸に回すのか」という究極の二択だった。
高市総理は、今井氏を選び、麻生氏を切った。その結果、麻生氏の反発は避けられず、政権内部の緊張は一気に高まっている。総選挙を前に、最大の焦点となっているのは野党との戦いではない。高市官邸と麻生自民党、その内部抗争の行方なのである。