世論調査「次の首相」でトップを走り、自民党総裁選への出馬に意欲をみせてきた石破茂元幹事長が、世論調査2位の小泉進次郎元環境相の出馬説が急浮上し、一転して窮地に立っている。
石破氏は安倍晋三、麻生太郎の元首相二人に疎まれ、最大派閥・安倍派と第二派閥・麻生派には石破アレルギーが強く、国会議員にはまったく支持が広がっていない。これに対し、小泉氏は党内に敵が少なく、国会議員票と党員投票の総合力では石破氏を大きく上回る。
非主流派のドンである菅義偉前首相は、すでに石破氏を見切り、小泉氏擁立に動き始めた。石破氏は自前で推薦人20人の確保を目指しているが、仮に確保できたとしても支持が広がる見込みはなく、苦戦は必至だ。
石破氏は過去4度、総裁選に出馬して負け続けた。今回は5回目の挑戦となる。安倍氏と総裁選で激突したことから安倍氏に警戒され、安倍政権下で干され続けた。麻生氏は自らが首相のときに石破氏が麻生おろしに動いたことを根に持っており、石破氏だけは首相にしないという姿勢だ。
自民党内で石破アレルギーが強い背景には、石破氏がいちど自民党を離党し、新進党に参加したことがある。老舗政党の自民党には一度でも離党した者は「裏切り者」扱いされやすい。森喜朗元首相は石破氏の離党の過去を持ち出して批判を重ねていた。
実際、過去の自民党総裁で離党経験があるのは、河野洋平氏だけだ。その河野氏も野党自民党時代の総裁であり、首相にはなれなかった。自民党は「裏切り者」に冷たいのだ。
今回の総裁選出馬に意欲を示している茂木敏充幹事長は、国会デビューが日本新党である。高市早苗経済安保担当相は新進党から自民党へ移ってきた。どちらも「生粋の自民党」でないのが弱みだ。しかし、石破氏と違って、自民党を飛び出したわけではなく、石破氏と比べれば「過去への風当たり」は弱いと言えるだろう。
それでも小泉氏のように「自民党の生粋の世襲議員」と比べれば「外様」の印象は拭えない。自民党はどこまでも老舗政党なのである。その意味で、河野太郎デジタル担当相も父・洋平氏の離党経験は決してプラスには働かないだろう。
やはり決選投票に残る可能性が高いのは、小泉氏、林芳正官房長官、小林鷹之衆院議員の「生粋の自民党議員」なのではないかと私はみている。
石破氏の人気は、自民党支持層よりも野党支持層や無党派層で高い。石破氏には「自民党を飛び出して野党と組む政界再編に動いたほうが首相になれる可能性が高いのではないか」との指摘も相次いできた。
私も石破氏と会って、そう話を振り向けたことがある。石破氏は「私は一回失敗していますから」と慎重だった。自民党に復党した後、離党経験を責め立てられ、それを払拭するのに長い歳月を要したのだから、再び離党して失敗したら政治生命が終わるという危機感がにじんでいた。
もっとも自民党を飛び出して政界再編に動く気はゼロではなかろう。自民党を飛び出せば必ず首相になれるという局面がくれば決断するに違いない。問題は、そのような政治情勢が生まれるかどうかだ。
橋下徹氏は石破氏が自民党議員のままでも野党が国会での首相指名選挙で勝手に石破氏に投票すれば、自民党を分裂させ、自民党の一部と野党による石破政権を誕生させることができるという奇策を提唱している。そのような虫のよい話があるかどうかは別にして、野党がそのくらい石破氏を持ち上げ、首相の座に据えるお膳立てをしてくれない限り、自ら自民党を飛び出して政局を動かす気骨は、私には感じられなかった。
とはいえ、石破氏は8月12日から超党派の国会議員団「日本の安全保障を考える議員の会」を率いて台湾を訪問した。与野党の防衛族議員の議連で、「石破応援団」といっていい。
訪問団は6人。自民党から石破氏(元防衛相)、中谷元氏(元防衛相)、長島昭久氏(元防衛副大臣)、野党から前原誠司氏(教育無償化を実現する会、元外相)、渡辺周氏(立憲民主党、元防衛副大臣)、北神圭朗氏(無所属)である。このうち、中谷氏は自衛隊出身で、自民党内では数少ない石破氏の盟友だ。前原氏は民主党時代から石破氏とは安全保障政策をめぐって親密な関係を続けており、石破氏にとっては野党の盟友である。
この台湾訪問は、石破氏が総裁選出馬にあたって、安倍支持層など右派の取り込みを狙った側面がある。石破氏は憲法9条2項の削除も打ち上げ、右派取り込みに躍起だ。しかし安倍支持層には石破嫌いが浸透しており、右派取り込みは簡単ではない。
むしろ石破氏の最大の狙いは、前原氏ら野党との連携強化だろう。自民党総裁選で5度目の敗北を喫すれば、もはや自民党内で復権の芽はない。最後の大勝負として前原氏らとの連携による政界再編を仕掛ける選択肢を残しておきたいということだ。
だが、野党との連携をちらつかせるほど、自民党内では支持を失っていく。石破氏が抱えるジレンマだ。