広島県安芸高田市の石丸伸二市長(41)はネット界では超有名なインフルエンサーだ。市議会やマスコミとの激突をYouTubeで公開し、劇場型政治を展開してきた。市議会本会議でベテラン市議らの居眠りやを批判し、「恥を知れ、恥を」と叫ぶ姿はマスコミでも報道され、「あきたかたのイシマル」は全国で知られるようになった。
一方、市政は市議会との対立で混乱し、今年7月に予定されている二期目の市長選に出馬するかどうか、注目が集まっている。
石丸市長は5月10日に出馬か、不出馬かを明らかにすると予告した。自らの進退もドラマ仕立てにする徹底した劇場型政治である。
石丸市長は安芸高田市生まれ、京大経済学部を卒業し、三菱UFJ銀行へ入行、ニューヨーク勤務も経験した。大のマンガ好きで2万冊以上を読破したという。
2020年、自民党の河井克行元法相夫妻の選挙買収事件で、当時の安芸高田市長が現金を受け取っていたことが発覚して辞職。石丸氏は銀行を退職して帰郷し、この市長選に出馬して前副市長を倒し、37歳で市長になった。
ここから市議会やマスコミと激突がはじまる。ツイッターやユーチューブで「居眠り議員」や「恫喝議員」の姿を暴露し、石丸市長が市議たちを論破する様子を投稿した動画が大反響を呼び、瞬く間に「圧倒的なインフルエンサー」に躍り出た。安芸高田市公式YouTubeチャンネルの登録者数は20万人を突破し、全国自治体の最多に(現在は25.8万人)。ネット上では石丸市長の言動を切り抜いた動画が飛び交っている。
一方で、市政は市議会との対立で大混乱している。全国公募で選んだ副市長の人事案件は市議会で何度も否決され、無印良品が地元の道の駅に出店する計画も議会の否決で頓挫してしまった。
石丸市政一期目の功罪と簡潔にまとめると、「功」は安芸高田市を全国的に有名にしたこと、市議会の実態を可視化して政治への関心を高めたこと、「罪」は市議会との応酬ばかりにエネルギーを割いて政策は進まず、市政が大混乱に陥ったことといえるだろう。
石丸市長の政治手法は、兵庫県明石市長だった泉房穂氏(60)と重なるところがある。泉氏も完全無所属で元県庁幹部を打ち破り当選した後、市議会や市役所、マスコミをすべて敵に回して孤軍奮闘した。ただ、石丸市長とは違って、市役所を掌握し、市議会の一部を味方につけ、時に妥協もして政策を実現し、明石市を日本一の子育ての街に押し上げ、税収も大幅に伸ばした。劇場型政治に加え、調整能力もあったということだろう。
むしろ石丸市長と近いのは、現職市長を破って全国最年少と女性市長として注目を集めた徳島市の内藤佐和子前市長(40)だろう。内藤市政も市議会との衝突を繰り返し、徳島市は内藤派とアンチ内藤派に真二つに割れ、市政は大混乱した。内藤市長は二期目を目指すと表明していた今年4月の市長選への出馬を土壇場で撤回し、退任した。
石丸市長が同世代の内藤市長と対談したYouTubeは様々な意味で興味深い。とりわけ後半部分で、市長選出馬を取りやめた内藤市長が「石丸市長の今後について」質問する場面は、一見の価値はあろう。
この対談から類推するに、石丸市長は5月10日、7月の市長選に「不出馬」を表明するのではないかと私は思っている。ネット上でも「不出馬」を予測する声が多いようだ。
石丸市長が市長になった最大の目的は、自らの名を広めることだったのだろう。市長の地位がステップアップの手段とすれば、その目的はすでに達成された。一方で、市議会を敵に回し、市民にも市政混乱での疲弊感が広がっていることを踏まえると、市長選を勝ち抜く保証はない。出馬して落選し「石丸人気」に傷がつくよりは出馬を見送って次のステップへ向かうと考えるのが合理的だ。
一方で、それでは「石丸劇場」として完成度が低いような気もしている。
すでに「石丸市長、辞めないで!」という声はネット上で出始めている。これもまた石丸市長は織り込み済みだろう。5月10日に不出馬を表明すれば、さらに「辞めないで!」の声は広がる。まさに劇場型政治だ。
一方、アンチ石丸で結束してきた市議会も、石丸市長が不出馬となると、市長選候補の擁立をめぐって一枚岩ではなくなる可能性もある。石丸不在の市長選への候補者擁立をめぐって新たな対立が発生するかもしれない。
こうした状況を見定めて、石丸氏が不出馬表明を撤回して「やはり出馬する」と表明すれば、市長選は大揺れとなり、全国の注目を集めるだろう。この展開のほうが「シナリオなき石丸劇場」として関心は高まるかもしれない。
もちろん、そのまま市政から去って、今後はコメンテーターとしてマスコミ出演を増やし、さらに知名度を上げる道もある。大阪市長だった橋下徹氏や明石市長だった泉房穂氏の立ち位置を目指すということだ。その先には国政進出があるかもしれない。一部には7月の東京都知事選出馬を期待する声もある。
石丸氏の政治手法には賛否両論があろう。ひとついえることは、石丸氏のように市長の座を知名度アップにフル活用し、名を挙げてから転身する政治家が今後も続々と現れる可能性が高いことだ。当選回数を重ねて大臣となり、派閥を結成して総理大臣を目指すという「総理ルート」も、そのうちに昔話となるかもしれない。