野党統一の首相候補に期待される泉房穂・前明石市長が芸能プロダクション・ホリプロと専属契約を結んだことが波紋を広げている。
政治家ではなく芸能人になるのか、政治活動は制約されないのか、政界に復帰して首相を目指さないのか、自民党安倍派の裏金問題で党員資格停止になった西村康稔前経産相を倒すため衆院兵庫9区(明石市と淡路島)に出馬しないのか…。
泉氏と共著『政治はケンカだ』(講談社)を出版した私のもとには、たくさん問い合わせが届いている。
泉氏は何を考えているのか、本人が語らないことを含めてじっくり解説してみたいと思う。
私たちが『政治はケンカだ』を上梓したのは昨年5月1日、泉氏が明石市長を退任した翌日だった。
この出版に向けて、私たちは今後の政局展望について突っ込んだ議論を重ねた。その後も出版記念イベントなどに一緒に登壇した。私は一般的な政治記者よりも泉氏の考えを知る立場にあると思う。
ホリプロ所属を検討していることは知らなかった。だが、思い当たる節はいくつかある。
まずは市長退任後、全国各地を重い荷物を背負ってひとりで飛び回っていたことだ。宿や新幹線の手配も大変そうだった。明石市長時代は秘書がやってくれていたことを自分自身で行うのは辛そうだった。マネージャーがほしいと強く願っていたのは間違いない。
日々の切実な問題に加えて、芸能事務所を欲したのにはさらに大きな理由があると私はみている。
泉氏は「明石にできたことは全国でもできる」と公言し、国政関与への意欲は隠していなかった。「自分は主役ではなく政権交代のシナリオを書く脚本家になる」として国政復帰には慎重な姿勢を示しながらも、完全否定はしてこなかった。
私は、①泉房穂待望論が高まって野党統一の首相候補として担がれれば次の衆院選に出馬する、②そこまで待望論が高まらなければ衆院選出馬を見送り、政権交代のサポート役に徹するーーという二本立ての戦略だろうと推察していた。泉氏が常々「政治の枠を超えたムーブメントを起こさないと、政治は動かない」「政界は芸能界に比べてマイナーすぎる」なとど語り、政治に関心のない層にも「泉房穂」の名前を浸透させることに強い意欲を示していたからだ。
泉氏に強烈な影響を与えたのは、司法修習同期の友人であり、政治家としてはライバルでもある橋下徹氏であろう。
弁護士仲間の橋下氏がテレビ出演で全国的な知名度を獲得し、そのまま大阪府知事として政界デビューしたことは、泉氏にとって衝撃だったに違いない。
明石市長として子ども支援などでどれだけ実績を積み上げても、テレビの寵児として大阪府知事となり、政党まで立ち上げた橋下氏の影響力にはかなわない。橋下氏のツイッター(X)のフォロワーは262万。泉氏は62万。「まずは橋下氏を越えないと話にならない」とよくこぼしていた。橋下氏を「成功モデル」と考え、まずはテレビ出演を増やし、できればレギュラー番組を持ちたいとずっと考えていたようだ。
市長退任後、泉氏はツイッターに加えてユーチューブでの発信をはじめ、ネットメディアでの露出度も急増し、テレビ出演の機会も増えた。他の政治家からすれば、泉氏ほどメディア出演が急増した例は珍しいと映っていたが、本人はまだまだ足りないと感じていたようだ。
スケジュール管理などの事務処理から解放されたいという思いに加え、テレビ出演の機会をもっと増やしたいというのが、ホリプロ所属の第一の理由であると私は思っている。
私は、政局中心に取材してきた政治ジャーナリストとして、泉氏には政界の仲間も資金力も不足しており、野党統一の首相候補に担がれるには「政界工作」が足りないと感じていた。泉氏にもそれとなく伝えたこともあったが、泉氏は意に介していなかった。「政局など仕掛けなくても、圧倒的な人気があれば、金も人も自ずから集まる」と考えているように見えた。だからこそ、テレビ出演の機会を増やし、圧倒的な人気を勝ち取るという目標にまっしぐらに突き進んできたのだろう。
ホリプロ所属で、確かにテレビ出演の機会はさらに増えるかもしれない。だが、懸念もある。
泉氏はツイッターで「これまでと変わらない。言うべきことはハッキリと言う」「マネージャーが私に代わって事務処理してくれる。これまで以上に発言しやすくなると判断した」「ホリプロには感謝している。専属契約だが、TwitterやYouTubeは私自身の判断で続ける」「私は私であって、何かに縛られることはない」などと語っている。
とはいえ、ホリプロは営利企業だ。あくまでもタレントとして泉氏を使い尽くし、いかに利潤を最大化するかを考える。タレントを「商品」として「消費」することによって「利潤」を得るのが芸能事務所というものだ。果たして政治活動と両立しうるのか。
泉氏を支持する人々は、泉氏の政界復帰を強く望んでいる。コメンテーターやタレントとして大活躍し続けることを期待しているわけではない。政界復帰の可能性を完全否定し、タレント業に専念した途端、泉房穂待望論は急速に萎んでいくだろう。
泉氏が財界や芸能界の利益に反する政治的発言を繰り返した場合、ホリプロが介入しないという保証もない。少なくともそのような疑念を有権者に抱かれるだけで、政治家としてはマイナス要因となる。
維新と吉本興業、自民党と電通など、政界と芸能界や広告代理店との「癒着」はこれまでたびたび指摘されてきた。泉氏がタレント活動に専念するのならともかく、政界復帰を考えたり、そうでなくても政権交代のシナリオを描くにあたって、「泉房穂とホリプロ」の関係は「維新と吉本」や「自民と電通」とは違うということで、世論の納得を得られるのかは見通せない。
泉氏が「影響はない」と明言しても、スケジュール管理をホリプロに委ねれば、おのずからホリプロに不都合な活動は敬遠されていくだろう。ホリプロの意向に沿った「仕事」が優先され、泉氏の周辺が「ホリプロ人脈」に固められる懸念もある。
専属契約する以上、ホリプロの影響から完全に脱して政治活動をすることは不可能だ。
泉氏がホリプロ経由で知る情報も増え、逆に泉氏の動向がホリプロから漏れる恐れも否定できない。旧ジャニーズ事務所が自民党と密接だったように、芸能界は政界とさまざまな裏ルートを持っている。
それらの懸念は、NHKやテレビ朝日などマスコミ業界に身を置いたこともある泉氏は百も承知だ。
それでもなお「全国的な知名度」と「圧倒的な人気」を獲得するにはホリプロ所属になるほかないと決断したと考えてよいだろう。
契約内容の詳細は知る由もないが、契約した以上は数ヶ月で解消することは難しい。ホリプロ所属のまま衆院選に出馬することは法的には問題ないとしても、政治的には反発が予想される。
泉氏は少なくとも6月解散はないと判断したのだろう。9月の自民党総裁選後の10月解散の可能性も低いとみて、来年夏の衆参同日選が本命とみたのではないだろうか。
テレビ出演を増やしても、10月解散では泉氏が期待するほどの「知名度アップ」効果は間に合わない。
①一年をかけてテレビ出演を増やし、来年夏までに「圧倒的な人気」を手に入れて泉房穂待望論が高まれば衆院選に出馬する、②それまでに解散総選挙が行われれば出馬を見送り、政権交代をサポートする役に徹するーーという二本立ての戦略を描いていると私はみている。首相候補に名が上がる政治家としては前代未聞の戦略だ。注視していきたい。