自民党裏金議員たちへの処分は、岸田文雄首相、麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長、森山裕総務会長の密室協議で最終的に決まった。政治の信頼回復のためというよりは、4人の思惑が入り乱れる党内闘争の帰結として決定されたとみていい。
その結果、5人衆ら安倍派幹部の明暗はくっきり分かれた。
最も重い「離党勧告」を受けたのは塩谷立氏(座長)と世耕弘成氏(参院安倍派会長)。離党勧告に応じなければ除名され、原則として復党は認められなくなる。塩谷氏は不満を公表して異議申し立てをする構えをみせている。世耕氏は離党届を提出して「明鏡止水の心境」と平静を装ったが、悔しさがにじんでいた。
次の重い処分となったのは、下村博文氏(元会長代理)と西村康稔氏(元事務総長)の「党員資格停止1年」。塩谷氏と世耕氏とともに還流継続を協議したとされる派閥幹部会議に出席していたことが痛手となった。1年後には党員資格が回復するが、政治的には失脚だ。西村氏は「すべてを失った」と落胆を隠せない。
裏金事件発覚時に事務総長だった高木毅氏は「党員資格停止半年」。4人会議に加わっていなかったとして4人より処分が軽減された。
以上の5人は、次の選挙で党公認を得られず、無所属で出馬するしかない。党から選挙資金や運動員の支援を受けられず、政見放送もできない。たたでさえ裏金事件の大逆風が吹き付けるなか、厳しい選挙戦となる。何よりも比例区に重複立候補できず、比例復活の道は閉ざされ、選挙区で敗北すれば即落選だ。
塩谷氏は前回衆院選で比例復活でかろうじて当選しており、次回は無所属出馬となれば落選の可能性が高い。自力で当選すれば「禊を済ませた」として復党のへの道が開けるが、当選は難しいとみて不出馬・政界引退へ追い込まれる可能性も高い。
世耕氏は地元・和歌山で衆院への鞍替えを目指しながら、政敵である二階俊博元幹事長に阻まれてきた。今回の離党で衆院鞍替えへの道はほぼ閉ざされただろう。来年夏の参院選で改選を迎えるが、参院和歌山選挙区(定数1)に無所属で出馬できるのか、二階氏が自民党公認候補を擁立しないのか、正念場となる。いずれにせよ、政治的復権への道のりは相当に険しい。
世耕氏は二階氏が先手を打って次期衆院選不出馬を表明したのも響いた。二階氏はそれと引き換えに世耕氏の厳罰を岸田首相に迫ったとみられる。さらに世耕氏は国会質問で岸田首相を「国民の期待に応えるリーダー像を示せていない」と突き上げていたことも裏目に出たのではないか。
西村氏は地元・兵庫9区(明石市と淡路島)で、野党第一党が強力な対抗馬を擁立することを水面化で封じることで当選を重ねてきた。しかし次回は泉房穂・前明石市長の出馬が取り沙汰されている。それが実現すれば厳しい選挙戦となり、落選の現実味が増す。こちらも正念場であろう。
一方、5人衆でダメージを最小限に抑えたのは、萩生田光一氏(前政調会長)と松野博一氏(前官房長官、元事務総長)だ。「党の役職停止1年」というのは、すでに党幹部や閣僚を辞任している二人にとって、事実上のお咎めなしといえる大甘処分である。世耕氏や西村氏と明暗がくっきり分かれたといっていい。
萩生田氏は森喜朗元首相の寵愛を受け、非主流派の菅義偉前首相とも気脈を通じている。5人衆のなかでは岸田首相とも距離が近かった。さらに裏金事件後は茂木幹事長にも接近し、厳しい処分を回避するため手を尽くしてきたことが功を奏したといっていい。9月の総裁選に向けて、萩生田氏を取り込んでおきたいという心理が岸田首相にも茂木幹事長にも働いたといえるだろう。
萩生田氏は5人衆のなかでダメージを最小限に切り抜けた。最大のライバルだった世耕氏や西村氏と比べて処分が軽かった政治的効果は大きい。森喜朗元首相の寵愛を受け、世耕氏や西村氏よりも「子分」が多い。9月の総裁選にむけて、世耕氏や西村氏よりも萩生田氏を取り込んでおくメリットが高いと判断されたのだろう。次の衆院選で逆風を跳ねのけて当選すれば、政治的復権の可能性はいちばん高いといえる。
松野氏は岸田内閣で官房長官を務めていたことで命拾いした。岸田官邸の内情を知りうるだけに、岸田首相としては松野氏を切り捨てるわけにはいかなかった。松野氏を断罪して「岸田首相に味方しても切り捨てられる」という印象が広がれば、9月の総裁選にマイナスだ。松野氏は何としても守るしかなかったといえるだろう。とはいえ、千葉3区の選挙地盤は決して固くはなく、党公認を得ても苦戦は免れない。党内基盤も決して強くはなく、萩生田氏と比べると政治的復権の芽は小さい。
岸田首相や茂木幹事長が総裁選に向けて萩生田氏らの貸しをつくることに主眼を置いたことに対し、麻生氏は地元・福岡の天敵である二階派の武田良太氏(事務総長)を「党員資格停止」に追い込むことに躍起になった。次の衆院選で党公認を与えず、無所属での出馬を強いて、地元での影響力を落とす狙いがあったのだろう。
これに対し、二階氏と気脈を通じている森山氏は武田氏擁護にまわり、武田氏の処分が土壇場まで決まらず、難航した。岸田首相は森山氏に軍配を上げ、武田氏は萩生田氏らと同じ「党の役職停止1年」にとどめた。
麻生氏とすれば、武田氏を失脚させるだけではなく、「岸田首相は俺の言うことを聞いた」ということをアピールしてキングメーカーとしての立場を党内向けに誇示する狙いもあっただろうが、逆に岸田首相との関係が冷え込んでいることを露呈することになった。森山氏としては麻生氏の影響力低下に成功したといえ、そこにこそ最大の狙いがあったとみられる。
今回の処分は、安倍派幹部らの政治人生を大きく左右しただけではなく、岸田政権の中枢4人の力学にも影響を与えたといっていい。9月の総裁選にむけて4人がどのように立ち回るのかを方向づけるものになったのではないか。