9月に自民党総裁選に向けた動きが激しくなってきた。現時点の状況は①岸田文雄首相は再選へ意欲を示しているが、内閣支持率は低迷して「次の総選挙の顔」にはなりえず、自民党内では不出馬論が大勢、②今回の総裁選は麻生太郎氏と菅義偉氏の元首相同士のキングメーカー争いであり、安倍政権時代から続く両氏の最終決戦に意味合いがあるーーという二点だ。
当面の焦点は、麻生氏と菅氏がそれぞれ誰を担ぎ出すか。麻生氏のカードは茂木敏充幹事長であり、菅氏のカードは石破茂元幹事長である。
麻生氏は岸田再選を全否定していないが、岸田首相との信頼関係が壊れきっているうえ、内閣支持率が低迷している岸田首相では総裁選に勝てないと判断している。8月中に岸田首相が出馬断念を決意した時点で、茂木擁立に動くだろう。一時は上川陽子外相の擁立も探ったが、上川氏は原稿棒読みで「選挙の顔」になり得ないとの見方が広がっており、残るカードは茂木氏しかないのが実情だ。
一方、菅氏は本来は小泉進次郎元環境相を擁立したいのだが、父親の純一郎元首相が猛反対していて難しそうだ。そこで世論調査では人気一位の石破氏を担ぐ方向で検討している。前回擁立した河野太郎氏がマイナンバーカード問題やワクチン問題で失速し、今回は選択肢から外している模様だ。非主流派グループの加藤勝信元官房長官も選択肢に入れているが、加藤氏はあまりに地味で「選挙の顔」にはなり得ないだろう。
茂木vs石破。両者の強み弱みは明確だ。
世論調査では石破氏が独走している。読売新聞の6月調査では、石破氏は23%でトップ。小泉氏が15%で続くが、茂木氏は最下位の1%だった。国民人気では茂木氏は石破氏にとてもかなわない。
党内力学は真逆だ。石破氏は安倍晋三元首相に疎まれ、最大派閥・安倍派には石破嫌いが蔓延している。石破氏はかつて麻生内閣の閣僚でありながら麻生おろしに真っ先に動いたことで麻生氏にも憎悪され、第二派閥・麻生派にも敬遠されている。石破派は長く干されたためとっくの前に解散しており、党内基盤は極めて脆弱だ。非主流派のドンである菅氏の力を借りなければ推薦人20人の確保もままならない状況である。
一方、茂木氏は第三派閥を率いてきた。裏金事件を受けて小渕優子氏らが離脱し、派閥は解散に追い込まれたものの、一定の支持基盤を抱えている。何よりも唯一存続した麻生派を率いる麻生氏を後ろ盾にしていることが大きい。党内の多数派工作・派閥の数合わせでは、茂木氏が石破氏を圧倒しているといっていい。
茂木氏は世論調査での不人気について「しょうがない。名前順(50音順)だから、圧倒的に不利な立場にある。石破氏が最初に出てくる」と釈明し、石破氏への対抗心をあらわにしている。一方、石破氏も「党務を仕切るのは幹事長だ。今の幹事長のグループは裏金事件に関与していないが、自分は関係ないから責任をとりません、と言ったら(幹事長の)ポジションは成り立たない」と公言し、「総理総裁に責任が及ばないように、いろんな火の粉を浴びるのも幹事長の仕事だ」と茂木氏を強く牽制している。
総裁選は茂木vs石破を軸に展開していく様相だ。
しかし、どちらも決定力不足は否めない。
裏金事件を受けて政権交代の危機感が高まれば、「野党に転落するよりは、石破氏を首相に担ぐ方がマシ」という空気が広がり、石破氏に有利となろう。しかし、立憲民主党が都知事選で惨敗し、政権交代の機運はしぼみつつある。さらに危機感が薄れれば「あえて石破氏にしなくても…」というムードになり、石破氏は劣勢となる。
さらに米大統領選の行方も影響しそうだ。健康不安説が高まるバイデン大統領は撤退論が強まっている。岸田首相はバイデン氏との蜜月を演出し、内閣支持率が低くても米政権の後ろ盾があれば巻き返せると考えてきたが、銃撃事件を受けてトランプ氏の勝勢がますますはっきりしており、岸田首相は万事休すの状態だ。
逆にトランプ氏と真っ先に会談した麻生氏は、対米関係の窓口として影響力を増しそうだ。さらに茂木氏はかつて経済再生担当相としてトランプ政権と経済協議にあたり、トランプ氏の覚えがめでたいといわれている。米大統領選の状況も麻生・茂木ラインはに追い風だ。
現時点では茂木氏が一歩リード。しかし決定力はない。総裁選に高市早苗氏や小林鷹之氏ら多数の候補者が乱立して決選投票に持ち込まれる公算が最も高い。その場合、麻生氏主導の派閥間工作で茂木氏が勝利する展開は十分にありえる。
しかし、そのような内向きの権力闘争を繰り広げれば、岸田首相が交代しても、内閣支持率は上がらない恐れがある。その場合は10月解散は困難となり、来年夏の衆参ダブル選挙の可能性も見えてくる。