宮崎県の日向沖を震源に震度6弱の地震が発生し、気象庁が南海トラフ地震が起きる可能性が相対的に高まっていると発表した。夏休み真っ只中、お盆前の混雑時に東海道新幹線が減速運転するなど影響が広がっている。
この一週間、どう過ごすのか、大議論になってい家庭も少なくないだろう。
政府が発表した「巨大災害リスク」をどう受け止めたらよいのか、政治の視点で考えてみよう。
日向灘で地震が発生したのは8月8日午後4時43分ごろ。マグニチュード(M)7.1だった。
気象庁は「南海トラフ地震の想定震源域では、大規模地震の発生可能性が平常時に比べて相対的に高まっていると考えられる」とし、初めて「臨時情報(巨大地震注意)」を発表した。
気象庁の「臨時情報」は2019年に運用が始まった仕組みで、専門家らによる評価検討会が発する。
いったい、巨大地震の発生リスクはどのくらい高まったのか。評価検討会会長の平田直・東京大名誉教授は「普段より数倍、地震が起きる可能性は高くなった。地震学的には数倍は極めて高い」と説明した。
しかし、巨大地震の発生確率はそもそも非常に小さい。それが数倍に跳ね上がったとして、確率的にはなお小さいだろう。
気象庁は「今後M8以上の地震が起きる可能性は数百回に1回程度」「1週間以内にM8クラスの地震が起きる確率は0.5%」と説明したと報道されている。
このリスクをどう考えたらいいのか。
平田会長は「元々いつ起きても不思議でない所で、さらに可能性が高まっており、十分に注意してほしい」とも語っている。結局、これまでと何が違うのか、いまいちわからない。
専門家は「パニックになり食料品や防災用品を買い占めるのは絶対にやめてほしい」というが、リスクをどう評価していいのかわからない以上、各自がそれぞれの対応に走ってパニックが生じるのはやむを得ない面もある。
気象庁の発表を受けて、あちこちで影響が広がっている。
JR東海は東海道新幹線の一部区間で速度を落として運転すると発表。すでに遅れが生じている。在来線の特急も、サンライズ瀬戸・出雲号、南紀号、伊那路号、ふじかわ号を8月15日までの間運休するという。
JR東海はリニア開通が最優先課題だ。世論の理解を得るために「震災に備え、新幹線以外にリニアが必要」と主張してきた。もちろん安全第一もあろうが、気象庁が「巨大地震注意」を発表したのを機に新幹線を減速運転して「やはりリニアは必要だ」という世論を醸成する狙いもあるだろう。
JR東海にかかわらず、気象庁の「巨大地震注意」の発表を、それぞれがそれぞれの立場で利用し、さまざまな発信をしていく可能性は極めて高い。私たちは、それぞれの思惑を見抜いて情報を読み解く必要がある。
これは政府(気象庁)にもあてはまることだ。
気象庁は、日向沖を震源とする地震が発生した前日の7日、南海トラフ地震評価検討会の定例会合で、大規模地震発生の可能性について「平常時と比べ、高まっていると考えられる特段の変化は観測されていない」と評価をまとめたばかりだった。今回の地震をまったく予期していなかったのだ。
地震学の専門家たちは、東日本大震災も、阪神大震災も、そして今年初めの能登半島地震も予測できず、地震予知(地震学)への信頼は大きくずれた。南海トラフのエリア内である日向沖の地震が発生したことを受けて、南海トラフ巨大地震のリスクを訴えないで、万が一、巨大地震が発生したら、今度こそ猛烈な批判が吹き荒れるのは避けられない。
そこで彼らが恐れるのは、予算の削減だ。「どうせ地震の予知なんて不可能だ」という世論が広がれば、地震予知に投入されてきた巨額の予算が大幅に削られてしまうだろう。それを阻止するためには、巨大地震リスクを強めにアピールし続けるしかない。
初めてとなる今回の「巨大地震注意」には、地震学会の自己防衛意識が強くにじんでいる。
地震学の専門家たちは「情報は必ず、気象庁や自治体の出す公式情報などを参考にしてほしい」と注意喚起しているが、当の地震学の専門家たちが自己防衛意識が強く、バイアスがかかった情報を出していると疑われれば、国民は何を信用していいのかわからなくなる。
巨大地震を恐れてすべての予定をキャンセルしていたら、日常生活は回らない。しかも今は夏休み真っ只中、帰省のピークでもある。楽しみにしていた予定を「巨大地震注意」でキャンセルすれば、家庭内でもさまざまな亀裂が生じるであろう。
地震学の専門家は「リスク」を大袈裟にアピールして自分たちの「業界」を守ればよいが、私たち国民には日々の暮らしがあり、専門家たちの自己防衛に付き合ってばかりはいられない。彼らの「確率論」に振り回されてばかりはいられないのだ。
常日頃から巨大地震に備えることはとても重要だ。しかし今回の日向沖地震をうけて、巨大地震のリスクがこれまでと比べて「数倍」高まったとして、それはどれほど差し迫った危機なのか。専門家たちの説明ではよくわからず、自分たちの行動をどこまで制限したらいいのかわからない。
さらに判断を迷わせているのは、そもそも政府発表が信用できないことである。
ここ数年だけでも、財務省による公文書改竄、厚労省による統計不正、防衛省による文書の廃棄・隠蔽など、政府の信用を根底から揺るがす事案が相次いだ。国家権力は都合の悪いことは隠すというのは今や常識になりつつある。
しかもそれをただすべき検察・警察は、自民党裏金事件で明らかになったように、本当に「悪」には手を出さない。
振り返れば、東日本大震災で起きた福島第一原発の事故でも、政府は当初、パニックを恐れて情報を出し渋った。いまなお原発批判を警戒してすべての情報を出し尽くしたとは言い難い。
結局、政府が信用できないと、自然災害や金融危機のような非常事態時に、政府発表が信用できなくなり、パニックを引き起こすのだ。
だからこそ、政府は常日頃から嘘をついたらいけないし、隠し事をしてもいけない。危機の備え、国民の信頼を得ておくことが何よりも重要なのである。
このところの政府を見ていると、今回の「巨大地震注意」にもさまざまな思惑が背景にあるのではないかと疑いたくなる。
例えば、緊急事態条項を盛り込む憲法改正だ。岸田文雄首相は9月の自民党総裁選にむけて改憲論議を強調しはじめている。そこで巨大地震のリスクをあおり、緊急事態条項が必要だという世論を高める狙いもあるのではないか。
さらには裏金事件や株価暴落に対する政権批判を、巨大地震への不安に振り向けようという政治的思惑から、あえてリスクを煽る世論工作を進める恐れもあろう。
自然災害よりも怖いのは、災害リスクを政治利用して、国家による管理統制を強化する方向へ世論を誘導したり、国防をはじめとして巨額予算をぶんどったりする、権力者たちの所作ではないかと私は思っている。