ジャニーズ事務所が社名変更に踏み切りそうだ。
新社長の東山紀之氏の署名で「ジュリー氏が保有する株式の取り扱いや社名変更」など今後の会社運営に関する大きな方向性について方針を確認し、10月2日に公表する考えをサイトで表明した。
グローバル企業を中心にジャニーズ事務所所属タレントの起用を打ち切る動きが続出している。「ジャニーズ離れ」を食い止めるのは、社名変更は避けられないという判断だろう。
性加害を繰り返した創業者のジャニー喜多川氏の名を掲げた社名のままでは、国際社会の批判は免れない。グローバル企業は「性加害に甘い企業」とみなされれば国際的信用を失う危機感を募らせている。ジャニーズ事務所に社名変更を求める圧力は強まっていた。
これに対し、ネット上ではジャニーズファンらから「社名変更しても『元ジャニーズ事務所』と書かれるだけだ」「親しみのある社名を残してほしい」との声が相次いでいる。関ジャニ∞などジャニーズの名を全面に打ち出したグループもあり、ファンにとっては死活問題だ。
所属タレントが個人の魅力よりは「ジャニーズ」の社名の影響力で人気を得ていた実態にかんがみれば、ジャニーズ事務所自体の社会的責任やガバナンス不信が問われている以上、事務所所属を続けるのなら起用を見送られるのはやむを得ない。それが不服ならばジャニーズ事務所の経営陣を突き上げて改善を迫るか、事務所を離れて独立するほかない。
知名度が高く社会的影響力の大きいタレントたちには社会的責任が問われる。とりわけテレビキャスターやコメンテーターとして政治・社会問題について発信し、世論形成に影響を与えてきた著名タレントたちの社会的責任は無視できない。
ジャニーズ事務所に関して言えば、社名変更は免れないと私は考える。一方で、社名を変更すれば、その影響は想像以上に大きくなるというファンたちの懸念はその通りだと思う。
名称変更といえば、戦後日本に君臨してきた大蔵省が「ノーパンしゃぶしゃぶ」での接待問題で社会的批判を浴び、2001年の中央省庁再編時に「財務省」に名称を変更されたことが思い浮かぶ。
私が朝日新聞政治部に着任した1999年には、「大蔵省→財務省」の名称変更はすでに決定しており、実施を待つ段階だった。私は当時、小渕恵三政権で首相秘書官を務めていた大蔵省出身の細川興一氏(のちに大蔵事務次官)を担当していたが、彼はこの名称変更に怒りが収まらない様子で、「朝日新聞も夕日新聞に名称変更したらいいんだ」としばしば私に毒づいた。それほど「大蔵省」という名前への愛着を抱いていたのだろう。
私は「そうは言っても、大蔵省が失った社会的信頼はあまりに大きく、名称変更しなければ国民の信頼は回復できない」と反論していたが、細川氏は名称変更によって大蔵官僚たちは「自分たちが国家を率いているというプライド」を喪失し、組織よりも個々人の栄達を優先するように変貌し、その結果として大蔵省(財務省)の組織力や影響力は大幅に低下するだろうと強く懸念していた。
当時の私は「何というエリート目線なのか」と感じていたが、今振り返ると、細川氏の懸念は的中したように感じる。
2001年に再出発した財務省では「役所で出世して日本の財政政策を担う」ことよりも「政治家や経営者に転身して個人として飛躍する」ことを志向するエリート官僚が急速に増えた。その是非はともかく、大蔵省の最大の強みであった「組織への忠誠心と団結力」が減退し、財務省の政治的影響力が低下したのは間違いない。その意味で「名称変更」の威力は絶大だったのだ。
同様のことは、共産党の党名変更問題にもいえる。共産党アレルギーを払拭して無党派層への支持を広げるため、共産党以外の野党支持層には党名変更への期待が強い。
しかし共産党は100年を超える日本一伝統のある政党だ。共産党員ほど党名変更には抵抗がある。
党名変更の是非はともかく、実際に党名を変更した場合、長年の共産党員たちのプライドや帰属意識は大幅に低下し、共産党の強みである組織力も低下すると私は思う。そのマイナス面を払拭するほど、無党派層への拡大効果を得られるかどうかはわからない。共産党執行部が名称変更を否定し続けるのは理解できなくはない。
私は朝日新聞社に27年間務め、政治部や特別報道部のデスクを担い、会社中枢で紙面改革や組織改革を立案することもあった。私は基本的には「改革」を推進する立場にいたが、「天声人語」や「時時刻刻」という伝統的な名称の変更には常に慎重な姿勢をとった。
仮にそれらの名称が時代に沿わなくなってきたとしても、新しい名称を広く知ってもらうには長い歳月と膨大な努力が必要であり、そのような名称変更にエネルギーを注ぐよりも記事の質の向上に全力を挙げたほうが良いと考えたからだ。
名称には長い歴史の良い面も悪い面も詰まっている。それを抱えながら新しい歴史を積み重ねていくことが本来の「保守」の考え方だろう。
その意味で、民主党が2009年からの民主党政権の失敗に対する世論の批判に堪えられず「民進党」と党名変更したことが、今の野党分裂・低迷につながっていると私は思う。民主党政権の負の遺産を受け止め、なぜ失敗したのかを真正面から総括し、それを背負いながら次へ進む。そのプロセスを省略して、その時その時の世論に迎合して右往左往してきた成れの果てが、今の立憲民主党の体たらくなのだろう。
以上の考察は、ジャニーズ事務所の名称変更に反対するものではない。やはり創業者による数えきれない性加害と、同族経営によって長年にわたってそれを隠蔽してきたという事実は、企業名の看板を降ろすしかないほどの重大問題であり、名称変更によって想像を絶する影響力低下を招いて当然であると考えるべきなのだろう。