高市早苗総理が、これまで否定し続けてきた「1月解散」に踏み切るーー読売新聞が1月9日深夜にそんなスクープを配信した。予算成立を最優先すると明言し、解散は6月が本線とみられていただけに、まさに方針転換だ。なぜ高市総理は勝負を前倒ししたのか。そこには、表では語れない三つの理由が透けて見える。
読売報道は「高市総理が衆院解散を検討」「通常国会冒頭で解散、2月上中旬投開票の公算」。1月27日公示ー2月8日投開票か、2月3日公示ー15日投開票という具体的な日程まで示され、永田町に衝撃が走った。
自民党内には、内閣支持率が高いうちに「今なら勝てる」とする1月解散論が根強くあった。しかし高市総理自身は、参院で自民・維新の与党が過半数を割る中でも、国民民主党や公明党の協力で予算成立のメドが立ったことを理由に、解散を急ぐ必要はないという立場を取り続けてきた。
では、なぜここで判断が変わったのか。そのヒントは、翌朝にFNNが報じた、もう一つのスクープにある。高市総理が9日夜、赤坂の衆院議員宿舎で国民民主党の玉木代表と極秘会談していたというのだ。片山財務大臣や木原官房長官も同席していたという。玉木代表はこの極秘会談を否定しているが、何らかのやりとりはあったのだろう。高市総理はそこで、国民民主に連立入りを打診した可能性が高い。
しかし、国民民主は総選挙前の連立入りに極めて慎重だ。選挙前に自民党と組めば、反自民票が立憲民主党や参政党に流れ、これまでの躍進の勢いが止まりかねない。玉木代表は「解散前の連立入りは難しい」と伝えたはずだ。そこで高市総理は、「それなら先に解散し、選挙後に連立を組もう」と提案したのではないか。これが、解散戦略を大転換させた第一の理由だ。
実際、衆院は現在、自民と維新、維新離党組を合わせてギリギリ過半数にすぎない。しかし高市人気のもとで1月解散に打って出れば、自民単独過半数回復の可能性がある。仮に届かなくても、国民民主と組めば確実に過半数を超える。一方、参院では自民と国民だけで過半数に達する。つまり、総選挙後に国民民主を連立に迎えれば、維新に依存しない安定した衆参両院体制が完成する。高市政権にとって、これ以上ない布陣だ。
第二の理由は、旧統一教会をめぐるスキャンダルである。韓国発の報道で、教団の内部報告書に高市総理の名前が32回も登場していたことが明らかになり、国内メディアも一斉に報じ始めた。通常国会で予算審議が始まれば、この問題で高市総理が追及の矢面に立つのは避けられない。支持率が急落すれば、6月解散は遠のき、国民民主や公明党が予算成立に協力しなくなる恐れも出てくる。
高市政権の基盤は決して盤石ではない。解散のタイミングを逃せば、国会で防戦一方に追い込まれる――そんな危機感が、総理の背中を押したのだろう。ならば先手必勝で解散し、総選挙で国民の信任を直接得る。選挙後に国民民主との連立が実現すれば、国会運営は一気に安定する。統一教会問題が本格化する前、まだ傷が浅いうちに勝負に出る。高市総理の勝負師としての一面が垣間見える。
第三の理由が、キングメーカー・麻生太郎の存在だ。麻生氏はもともと、公明党を切り、国民民主を連立に迎える政権の枠組み変更を構想していた。しかし国民民主が決断できず、やむを得ず、麻生氏のライバルである菅義偉元総理と近い維新と組む形になった。だが麻生氏は諦めていなかった。今度は維新を切り、国民民主を引き込む連立拡大を狙い続けてきたのである。
玉木代表や榛葉幹事長が「選挙前の連立は難しい」と伝えた以上、残る道は一つ。1月解散を断行し、総選挙後に連立を組み替えることだ。85歳の麻生太郎にとって、政治家人生の最後の大仕事は、公明党に代わる新たな安定連立を築くことだろう。時間は多く残されていない。その焦りが、解散前倒しへの強い意向となって表れた可能性は否定できない。
もっとも、高市総理の当初の本命が1月解散ではなかったことも見逃せない。1月23日召集では、投開票は最短でも2月8日となり、そこから予算審議を始めれば年度内成立は極めて厳しい。予算を速やかに成立させるという、これまでの説明は破られることになる。なぜ予算よりも解散を急ぐのか。その説明責任は重い。
しかし、①国民民主の連立入りを急ぐ狙い、②統一教会問題からの回避、③麻生太郎の強い意向――これらは表で語れる理由ではない。高市総理は「解散の大義」を、国民にどう説明するのか。ここが、総選挙への最初の関門となるだろう。