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自民党の衰退で高まる「憲法改正リアリズム」──護憲派こそ危機感を持つべき理由

5月3日は憲法記念日だ。護憲派のみなさんの中には「自公与党が過半数を割った。これで憲法改正の危機は遠のいた」と、ほっとしている人もいるかもしれない。

しかし、それは大きな誤解である。むしろ、自民党が衰退し、野党が躍進するこれからの政治情勢こそ、憲法改正のリアリズムが高まる局面なのだ。

なぜそう言えるのか、そのカラクリをじっくり解説していこう。

自民党は憲法改正を本気で目指してこなかった

私は京都大学法学部で、憲法学の権威・佐藤幸治氏のゼミに学び、朝日新聞記者としても憲法改正をめぐる与野党協議を取材してきた。

しかし、取材を重ねるうちに、次第に憲法改正に関心を失っていった。理由は簡単だ。自民党には、憲法改正を本気で実現する気などなかったからである。

自民党にとって憲法改正は、あくまで選挙対策のカードだった。憲法改正を訴えれば保守層を結束できる。野党内部の護憲派と改憲派の対立をあおって分断できる。選挙を有利に運ぶための「道具」であり、目的そのものではなかったのだ。

もし憲法改正が実現してしまえば、保守層の熱狂は冷め、野党は対立を乗り越えて結束するだろう。自民党にとっては百害あって一利なしだ。

だからこそ、自民党は「あと一歩で改憲!」というニンジンをぶら下げ続け、保守層の動員に使い続けてきたのである。

歴史が示す「自社体制」という談合

このカラクリは、1955年体制下の「自社体制」を振り返ればよく分かる。

当時、自民党は万年与党、社会党は万年野党という安定した構図だった。中選挙区制のもと、自民党内では激しい派閥争いがあり、社会党は候補者数を絞って議席維持を優先していた。

社会党の目標は、選挙で過半数を獲得して政権交代を実現することではなかった。自民党に「3分の2」の議席を取らせないこと──すなわち、憲法改正を阻止することを旗印に、選挙を戦ってきたのだ。

勝敗ラインは「過半数」ではなく「3分の2」だったのである。

結果、自民党は憲法改正は実現できないものの、万年与党として権力を握り続けた。社会党は万年野党でありながら、憲法改正は阻んできた。

自民党も社会党も、既存の国会秩序を守ることで、それぞれの勢力を維持していた。この暗黙の談合が、「自社体制」の正体だった。

二大政党制でも改憲は進まなかった理由

1990年代、小選挙区制の導入とともに社会党は消滅し、自民党と民主党が政権交代を競う時代が到来した。与野党が憲法改正を議論する「憲法審査会」も設置され、改憲への道筋は整ったかに見えた。

しかし、いざ改憲勢力が衆参で3分の2を占めた場面でも、憲法改正は発議されなかった。安倍政権という改憲を掲げる強力な政権が、憲政史上最長の7年8カ月も続いたにもかかわらず、である。

理由は明白だ。自民党にとって改憲は「選挙対策」であり、本気で実現する意志はなかったからだ。

むしろ近年では、裏金問題や格差拡大といった国民の怒りをそらすために、憲法改正の議論を打ち上げるという世論操作にも使われてきた。

自民党衰退で高まる改憲リアリズム

ところが今、自民党は裏金問題などで深刻な打撃を受け、かつての勢いを失いつつある。旧安倍派も崩壊し、自公与党は衆院で過半数を割った。

ここで護憲派が「危機を脱した」と思うのは早計だ。

実は、自民党が衰退し、野党勢力が拡大するこれからの政界でこそ、憲法改正が一気に現実味を帯びてくる。

なぜか。今の野党には、「左翼と見られたくない」という強い意識があるからだ。

維新は自民党以上に右寄りの政策を掲げ、無党派層の支持を狙っている。国民民主も同様だ。玉木代表は憲法議論に積極的で、リベラル色の薄い「改革中道」をアピールしている。

さらに注目すべきは立憲民主党だ。リベラル色の強かった枝野幸男氏が憲法審査会長に就任し、毎週のように積極的な審議を進めている。枝野氏もまた「左翼」のレッテルを貼られることを極度に嫌っている。

少数与党であっても、むしろ憲法改正論議は加速しているのだ。

次の参院選後には、立憲・維新・国民を巻き込んだ連立政権ができる可能性がある。大連立が成立すれば、野党主導で憲法改正発議に突き進む展開もあり得るだろう。

加えて、トランプ再登場の可能性により、アメリカの世界戦略は大きく変わる。米軍が撤退すれば、日本の自前の防衛力強化が急務となり、憲法改正への世論が高まるのは避けられない。

護憲派にとっては皮肉な現実だが、自民党の衰退と野党の台頭こそ、憲法改正のリアリズムを加速させる要因である。自民党の「改憲詐欺」に慣れてしまった人々こそ、今こそ目を覚ますべきだろう。