参院選惨敗を受け、自民党内では石破総理への退陣要求が噴出している。一方で世論調査では「続投支持」が優勢という逆説的な状況が浮かび上がる。党内と世論の乖離が広がるなか、石破政権の行方を左右するのは、国会議員の多数派工作ではなく、地方組織の動向である。
9月上旬、党則6条に基づき、国会議員と都道府県連代表計342人を対象に「総裁選前倒し」の賛否を問う記名投票が行われる予定だ。過半数の172人が賛成すれば、任期途中にもかかわらず総裁選が実施される。これは事実上の「総裁不信任投票」に等しい。
国会議員の多くは派閥の論理で動くが、地方組織は必ずしもそうではない。しかも47県連の票は数にすれば全体の14%程度だが、早期に賛否を表明すれば国会議員の判断に大きな影響を与える。
すでに愛媛や宮崎が「賛成」を表明、山形・秋田・静岡でも同調の動きが強まる。
こうした中で注目を集めるのが、鹿児島・神奈川・島根の三県連である。ここには石破政権の存続に直結するキーパーソンが存在している。
鹿児島――森山幹事長の本音を映す鏡
まずは「保守王国」鹿児島。ここは森山裕幹事長の地元であり、県連会長も務めている。
だが近年の選挙戦績は惨憺たるものだ。昨年の衆院選で自民党は1勝3敗。さらに今年の参院選では、尾辻参院議長の引退に伴う後継候補をめぐり保守分裂が生じ、立憲推薦の尾辻氏の娘に敗北を喫した。
森山氏は県連会長の辞任を表明したものの、地元の慰留を受けて撤回。この「辞任撤回劇」が、石破政権の命運を大きく左右する。
森山氏は党本部の幹事長についても、当初は辞任を示唆していた。しかし県連会長を続投する以上、幹事長ポストも手放さないのではないかという疑心暗鬼が広がっている。もしそうであれば、石破総理の退陣も遠のく。
逆に鹿児島県連が総裁選前倒しに「賛成」を決めれば、森山氏が幹事長辞任に踏み切るサインとみなされ、石破政権崩壊の引き金となる。鹿児島の一票は、幹事長本人の本音を映す鏡なのだ。
神奈川――菅義偉の胸算用と進次郎の将来
次に神奈川。ここは小泉進次郎農水相が県連会長を務め、さらにその後ろ盾には菅義偉元総理が控える。石破政権にとって、最大の潜在リスクを抱える地域といえる。
参院選惨敗を受け、石破総理が三人の元総理を招いて意見を聞いた際、麻生太郎と岸田文雄は明確に退陣を迫った。態度を明らかにしなかったのは菅義偉ただ一人。副総裁として政権を支えるポジションにありながら、本音は「進次郎の総理待望論」を温めているとされる。
ただし進次郎には課題が多い。昨年の総裁選では党員人気の低さが露呈、農政改革でも農村部の反発が強い。加えて世論調査で石破続投支持が伸びているのは、「進次郎や高市よりも石破のほうがマシ」という消極的支持の影響が大きい。無理に石破おろしを仕掛けても再び惨敗すれば、進次郎に「負け癖」がつきかねない。
菅氏は状況を見極めながら、進次郎を幹事長に送り込み、自らがキングメーカーとして再浮上する構想も温めているとみられる。神奈川県連が「反対」に回れば石破続投が一気に現実味を帯びる。鹿児島に続き、ここでも一票が政局を決定づける。
島根――青木と細田の遺産が火花を散らす
最後は島根だ。鳥取・島根の参院合区により石破総理の地元とも密接に結びつくが、ここでは石破派と旧安倍派の対立が渦巻く。
青木幹雄元官房長官は生前、石破を支える後ろ盾だった。その長男である青木一彦参院議員は現在、官房副長官として官邸入りしている。一方、島根は細田博之元衆院議長という旧安倍派の牙城でもあった。
両巨頭が他界した後の県連は空白状態に陥り、賛否が真っ二つに割れている。こうした中で存在感を増しているのが丸山達也知事だ。丸山氏は「総裁選は前倒しすべきだが、その上で石破総理に勝ち上がってほしい」と発言し、石破派・反石破派双方に配慮した。
だがもし島根県連が「前倒し賛成」に舵を切れば、石破支持派の地元ですら不信任が噴出しているという象徴的なメッセージとなり、他県連の雪崩を誘発しかねない。
三県連の一票が日本政治を揺さぶる
鹿児島は森山幹事長の去就を映す鏡。神奈川は菅義偉の胸算用と進次郎の将来を左右する試金石。そして島根は石破と旧安倍派の代理戦争の舞台。それぞれの一票は単なる14%の一部ではなく、政局全体の方向を決める「触媒」となる。
総裁選前倒しの賛否確認は、単なる手続きではない。地方組織の判断が連鎖し、国会議員の算盤勘定を一変させる。石破続投か退陣か、決めるのは国会の数の論理ではなく、地方の風向きかもしれない。
永田町の権力闘争は、いまや鹿児島・神奈川・島根の三県連に委ねられている。三つの地方票が、日本の政治地図を塗り替える引き金になる可能性を、誰も否定できない。