自民党政権の中枢にいた元官房長官が中国新聞の取材に匿名で「官房機密費を国政選挙の陣中見舞いに使った」と証言した。
官房機密費は官房長官が管理し、領収書不要で使える「合法的な裏金」だ。本来は外交安全保障など国家機密のために使用する目的で認められているものだ。選挙という党利党略に使用されているとすれば、明らかな目的外使用である。
自民党の派閥の裏金に続いて、首相官邸の裏金にも、批判が向かい始めた。
官房機密費は毎年約12億円が計上され、毎年ほぼ使い切られている。歴代最長の官房長官だった菅義偉氏は在任7年8ヶ月で90億円近くを使った。その使い道はすべてブラックボックスだ。
私は朝日新聞政治部に着任した1999年、首相官邸を担当し、当時の事務の官房副長官に機密費について尋ねたことがある。彼は「機密費は官房長官室の金庫に常に数千万円は保管されている。機密費を使うと翌朝には元の金額に補充されている」と教えてくれた。まさに「打ち出の小槌」だ。
外交安全保障など国家機密に使用という名目だが、実際は選挙や国対など政治工作、マスコミなど世論対策に使われているのは間違いない。首相と官房長官の権力の源泉といっていい。
今回、中国新聞に匿名で証言した「元官房長官」は、麻生内閣で官房長官を務めた河村建夫氏とみられている。自民党二階派に所属した大物文教族議員だった。麻生氏も文教族で、自らの政権の要職を文教族で固めた。河村氏とも文教族として親しかったのだ。
だが、河村氏は岸田政権下で、地元・山口で衆院鞍替えを目指す岸田派の林芳正氏(現官房長官)との山口3区公認争いに敗れ、政界引退に追い込まれた。長男に国会議員を受け継ぐため、比例中国ブロックの上位に押し込むことを目指したがかなわず、長男は比例北関東ブロックの下位に位置づけられ、落選した。この後、長男は自民党を利用して維新から東京6区で出馬する予定だ。
河村氏はこうした経緯から岸田政権への怨念を募らせており、今回の「暴露」は意趣返しとの見方は少なくない。とはいえ、官房機密費を扱う官房長官経験者の証言とすれば、信憑性は高いとみていいだろう。
官房機密費が首相や官房長官の権力の源泉なら、自民党から幹事長に年間10億円支給される政策活動費は幹事長の権力の源泉だ。いずれも領収書不要で自由に使える「合法的な裏金」といってよい。
二階俊博元幹事長が5年で50億円の政策活動費を受け取り、その使途が明らかにされていないことは、世論の批判を浴びた。官房機密費も政策活動費も使途が一切公開されないのは、あまりに歪んだ制度である。世論の怒りが沸騰するのは当然だ。
火に油を注いだのは、自民党で政治資金規正法改正案をまとめる座長になった鈴木馨祐衆院議員のNHK日曜討論での発言だった。官房機密費について「選挙目的で使うことはない。断言する」と明言したのだ。
そもそも領収書不要で使途が明かされない機密費について、「選挙目的で使うことはない」と明言しても立証のしようがない。それを「断言する」と言い切ること自体、鈴木議員の言葉の軽さは否めない。
しかも鈴木議員は官房長官や官邸の要職を経験していない。それなのになぜ、断言できるのか?
さすがにこの発言には批判が噴出した。このような言葉の軽い政治家が改正案をとりまとめる実務責任者というだけで、自民党のやる気のなさがにじんでくる。
諸外国でも機密費は存在する。しかしその多くは20年とか30年とかしたら公開されることになっている。そこで使途に一定の歯止めがかかるのだ。日本の場合は永久的に使途は公開されない。だからこそモラルが崩壊して党利党略・私利私欲に使われることが常態化しているのではないのか。少なくとも一定期間が過ぎた後は使途を全面公開する制度に改めるべきである。