岸田内閣は閣僚20人のうち初入閣が13人。最大派閥を牛耳る安倍晋三氏と第二派閥を率いる麻生太郎氏のふたりの長老に支配される「傀儡政権」のイメージを薄めるため、「新しい顔」を増やした。この人事に込められた意図を深掘りしてみよう。
●「元民主党組」を起用
初入閣13人のうち2人は民主党から自民党へ移ってきた「元民主党組」である。
コロナ禍の医療崩壊の立て直しにあたる厚労相に起用された後藤茂之氏は旧大蔵省出身。2000年衆院選に民主党公認で長野4区から出馬し初当選し、2003年に離党して自民党に移った。当選6回、無派閥。
自民党に強い政治基盤を持たず知名度に欠けめぼしい実績もない後藤氏をコロナ対策に責任を負う厚労相に起用するのは、官僚出身の実務家を伝統的に好む宏池会(岸田派)らしい人選といえる。
もうひとりは環境相に起用された山口壮氏。こちらは外務省出身だ。兵庫12区、当選6回。
新進党を旗揚げした小沢一郎氏の誘いで政界入りし、民主党政権では外務副大臣を務めた。民主党政権崩壊後の2013年に離党し、無所属のまま二階派に入会。2014年衆院選で兵庫12区の自民党公認を争う無所属対決を制して翌年に自民党入りした。菅政権では筆頭副幹事長に就任し、二階派事務総長を務めた。じわじわ自民党に溶け込んでいったといえる。山口氏も後藤氏と同じく「エリート官僚好み」の人選だろう。
この2人の入閣は、同じように民主党を離れ自民党入りした松本剛明氏(麻生派、民主党政権で外相)や長島昭久氏(二階派、民主党政権で防衛副大臣)に加え、自民党入りを目指す細野豪志氏(二階派、民主党政権で環境相)らの期待を膨らませるだろう。さらに野党共闘と一線を画す国民民主党の玉木雄一郎代表(財務省出身)らが自民党との連携を探る機運を高めるかもしれない。
野党から自民党に移っても大臣になれるーーこのような「希望」をちらつかせて野党陣営を揺さぶる狙いが込められた人事といえよう。
●「ワクチン」と「デジタル」に当選3回の女性
河野太郎氏の後任としてワクチン担当相に起用された堀内詔子氏は岸田派、山梨2区、当選3回。岸田氏の2代前の宏池会会長だった堀内光雄氏の長男である富士急社長と結婚した後、地盤を受け継いで政界入りした。
山梨2区では二階派の支援を受ける長崎幸太郎氏(現山梨県知事)と激しく競い合ってきた。山梨県は今回の総裁選で岸田氏の党員票が河野氏を上回り、堀内家の底力を示した。論功行賞としての閣僚抜擢の側面に加え、山梨で長崎氏と主導権を争う堀内氏の地盤を強化する狙いもあろう。
岸田派の女性登用では菅義偉前首相に近い上川陽子氏が繰り返し法相に抜擢され、存在感を示してきた。岸田氏は対立関係にあった菅氏の影響力を削ぐためにも、上川氏に代わる岸田派の「女性リーダー候補」として堀内氏に白羽の矢を立てたとみられる。
デジタル担当相に抜擢された牧島かれん氏は当選3回、麻生派。河野太郎氏の父・洋平氏から後継指名され神奈川17区の地盤を受け継いだ(河野太郎氏は神奈川15区)。総裁の座を争った河野氏の足元に手を突っ込む抜擢人事といえる。
牧島氏の起用は、河野氏と同じ麻生派・神奈川県選出でありながら確執が深い甘利明幹事長の発案だろう。甘利氏は麻生派継承をめぐって河野氏と競い合う立場にある。総裁選で河野氏支援に回った麻生派の中堅・若手を引き寄せ、河野氏の求心力を削ぐには、牧島氏の抜擢は極めて効果的だ。
●甘利幹事長側近を経済対策の要である「経済再生・コロナ担当相」に
岸田政権はコロナ対応で数十兆円の巨額経済対策を掲げ衆院選に臨む構えだ。経済対策を仕切る「経済再生・コロナ担当相」に起用されたのは、甘利幹事長側近の山際大志郎氏(神奈川18区、麻生派)。甘利氏主導の人事に間違いない。安倍氏に近い細田派の西村康稔氏が担ってきたポストを甘利氏側近が受け継ぐ格好だ。
甘利氏は、神奈川県政界でタッグを組む菅氏、河野氏、小泉進次郎氏とは一線を画し、「甘利派」を形成してきた。そのひとりが山際氏である。かつては甘利氏に従って山崎派に加入していた。山崎拓氏が派閥会長を甘利氏ではなく石原伸晃氏に譲ったことを機に、甘利氏は山崎派を離れて麻生派へ。山際氏もこれに伴った。
甘利幹事長は安倍政権時代に経済再生相を務めた当時、UR(都市再生機構)口利きをめぐって現金を受領した問題を週刊文春にスクープされ辞任している。この「経済再生」分野は甘利氏の政治力の源泉であり、とりわけコロナ対策の主導権を握るポストだけに、側近を送り込むことにこだわったとみられる。岸田政権全体が「甘利人事」といわれるのを象徴する起用といっていい。
●派閥の浮沈
閣僚を派閥別でみると、細田派4人、麻生派3人、竹下派4人、二階派2人、岸田派3人、無派閥3人。
安倍最側近である萩生田光一氏は文科相から経産相へ横滑り。安倍氏は内閣の要である官房長官への起用を望んだが、森喜朗元首相らが細田派内の序列を重視して松野博一氏の官房長官起用を主張したといわれている。官房長官は首相の右腕であり、首相と同じ派閥から起用されることが通例だが、安倍氏が牛耳る細田派の松野氏の官房長官起用は、安倍氏の実弟の岸信夫氏の防衛相留任とあわせ、岸田政権が「安倍傀儡」であることを象徴する人事といえる。
一方で、安倍最側近の萩生田氏に比べて影響力に欠ける松野氏が官房長官となったことは、相対的に甘利幹事長の影響力アップにつながりそうだ。麻生氏が閣外へ転じて党副総裁に就任すること、初入閣組が13人にのぼることとあわせ、岸田政権は首相官邸より自民党の力が強い「党高官低」になる可能性が高い。
麻生氏は閣外に転じ、自らの野望である「大宏池会」結成に動きそうだ。麻生派(53人)に岸田派(46人)を吸収する「大宏池会」の会長に就任し、安倍氏率いる細田派(96人)と交互に首相を輩出して自民党を完全支配するという構想だ。
麻生氏自身は党副総裁、麻生派重鎮の甘利氏が幹事長、岸田氏が首相ーーという布陣は「大宏池会」結成のまたのない好機である。財務相の後任に麻生氏の義弟である鈴木俊一氏を押し込み、引き続き経済財政政策にも影響力を行使できることを含め、麻生氏としては閣外に外れたものの満足の人事となった。
竹下派は総裁選中に竹下亘会長が死去し、今後の派閥運営が焦点となる。リーダー格の茂木敏光氏と加藤勝信氏はともに安倍氏や麻生氏に近く、歩調をあわせるのは間違いない。
外相に留任する茂木氏は、岸田政権の支持率が急落して来年夏の参院選に黄信号がともった時、安倍氏が首相に返り咲くまでの「中継ぎ」として担がれる有力候補の一人である。安倍氏に追従する動きをますます強めるだろう。
5年守り続けた幹事長の座を追われた二階俊博氏は、菅氏と並んで今回の政局に完敗したといっていい。すでに82歳であり、今回の衆院選に出馬せず政界引退するのではないかとの憶測も流れたが、本人は出馬する考えを表明。小池百合子東京都知事や野党との人脈を駆使して政界再編の機運を高めることで影響力回復をめざすとみられるが、展望は見えない。
二階派の当選3回の小林鷹之氏は新設の経済安全保障担当相に抜擢された。小林氏は岸田氏と同じ名門進学校の開成中・高から東大、財務省へ進んだエリートで、二階派の切り崩しを狙った一本釣りとみられる。石破派を退会した古川禎久氏の法相起用にも、石破派の弱体化を加速させる狙いが込められている。
●「官邸官僚」は一新。キーパーソンは栗生官房副長官と嶋田首相秘書官
岸田首相の脇を固める「官邸官僚」の顔ぶれも注目すべき点だ。
官僚トップの官房副長官には元警察庁長官の栗生俊一氏が起用された。前任の杉田和博氏も警察官僚出身で、安倍・菅政権の8年7ヶ月(歴代最長の在任日数)にわたって霞ヶ関に君臨した。
官房副長官は旧内務省系の総務省、厚労省、警察庁の出身者が入れ替わり就任するのが通例で、二代続けて警察庁出身者が就任するのは異例である。菅首相は「総務族議員」であり、杉田氏の後任を総務省OBから起用する検討を進めていたが、岸田首相は警察権力を背景とした内部統制力が安倍長期政権を支えたと判断したのだろう。政権中枢で警察庁の影響力がますます拡大する可能性がある。
当初は安倍首相の秘書官を務めた後、安倍氏を後ろ盾に内閣情報調査室トップの内閣情報官、そして国家安全保障局長に抜擢されてきた北村滋氏の起用も浮上した。北村氏は公安畑の警察官僚で、杉田氏と並んで「官邸ポリス」の中核として恐れられた。岸田氏とは開成高校の同窓ということもあり官房副長官への起用が有力視されたが、警察庁を含め霞ヶ関には抵抗感が強く、最終的には栗生氏起用で決着したようだ。
菅首相最側近としてカジノからコロナまで幅広いテーマについて官邸を取り仕切った国交省出身の和泉洋人首相補佐官は退任。代わって「官邸官僚」の実務を取り仕切る存在として注目を集めるのは、安倍最側近の首相秘書官・首相補佐官として官邸に君臨した今井尚哉氏と経産省の同期で事務次官も務めた嶋田隆氏だ。事務次官経験者としては異例の首相秘書官就任である。
嶋田氏も岸田首相と同じ開成高出身。今井氏とも関係も深く、キングメーカーの安倍氏の意向は今井・嶋田ラインで岸田首相に届くことも増えるだろう。一方で、嶋田氏は故・与謝野馨元官房長官の側近中の側近として知られ、財務省に近い財政健全派の顔を持つ。財務省は首相秘書官に次官候補の宇波弘貴主計局次長ら二人を送り込む力の入れようで、安倍政権で重用された警察・経産両省庁と嶋田氏や宇波氏ら首相秘書官チームが主導権を争う場面もありそうだ。