マイナンバーカードの不具合続出と健康保険証の廃止について、岸田文雄首相が8月4日に記者会見は、何を伝えたいのか極めてわかりにくい内容だった。トラブル続出について国民に謝罪したことを除き、何もかも「判断を先送り」する内容で、政治指導者が国民に受けてメッセージを発する記者会見としては最悪の出来だったといえる。
来年秋に紙の保険証を廃止してマイナ保険証に一本化する政府方針が不評のため、岸田首相は当初、廃止時期の延期を検討していた。
これに対し、これまでマイナ保険証を推進してきた河野太郎デジタル担当相と加藤勝信厚労相が強く反発。岸田首相は来年秋の廃止方針は維持し、マイナカードを保有しない全員に資格確認書を発行して「誰一人取り残さない」ことで世論の理解を得る方針に転じた。
この方針が事前に報道されると、今度は世論は猛反発。岸田首相はこれに怯み、記者会見では保険証廃止の時期を明示せず、最終決定を先送りしたのである。
保険証廃止は「国民の不安払拭のための措置が完了することが大前提」と言いながら、「廃止時期の見直しありきではない」と留保し、さらに「さらなる期間が必要と判断される場合は、廃止時期の見直しを含め、適切に対応する」という首相の説明は、何を伝えたいのか極めてあいまいで、社会を混乱させるだけではないか。
要するに、河野大臣と加藤大臣を抑えきれず、国民の反発にも怯え、何も最終決定していないのだ。
マイナ保険証を保有していない人(受け取り拒否の人を含む)については、申請の有無にかかわらず、全員に対してマイナ保険証に代わる「資格確認書」を交付し、適切な医療を受けられない事態を回避することにしたものの、資格確認書の期間は「5年を超えない範囲」でそれぞれの保険者の判断に委ねるとし、これも国民にすればわかりにくい内容だった。
無能なリーダーの典型のような右往左往の振る舞いである。
記者会見で唯一目を引いたのは、岸田首相が日本政府のコロナ対応の遅さについて「我が国がデジタル後進国だった」ことに愕然とし、「デジタル敗戦」だったと正式に認めたことである。
岸田首相は、給付金や支援金の遅れ、Fax集計による保健所業務の逼迫、ワクチン接種システムと接触アプリの混乱などを例示し、「欧米、台湾、シンガポール、インドなど他国で円滑に進む行政サービスが日本ではできない現実に直面」して愕然としたという。日本のデジタル行政は「主要先進国に大きく遅れをとっている」と認めたうえ、「デジタル敗戦を二度と繰り返してはならない。日本の行政のデジタル化の遅れを取り戻したい」と表明し、マイナ保険証の推進に理解を求めたのだった。
日本が「デジタル後進国」であり、先進国から大きく出遅れたコロナ対策が「デジタル敗戦」だったという現状認識に異論はない。むしろ「ようやく首相が公式に認めたか」という印象である。
まずは政治が信頼を取り戻し、デジタル化へのさまざまな懸念を払拭したうえで、行政のデジタル化を進めることは避けては通れない道であると私も思う。
だが、その前に、「デジタル敗戦」の政治責任を明確にすることが大前提だ。
コロナ危機が発生した時の厚労相は加藤勝信氏だった。加藤氏はその後、菅政権で官房長官を務め、岸田政権で厚労相に復帰し、今、保険証の廃止を推し進めているのだ。
菅政権でワクチン担当相を務め、岸田政権でデジタル政策を担ってきたのは、河野太郎氏である。とくにマイナ保険証の導入については「国民の利便性」ばかりを強調し、デメリットを覆い隠し、国民の不安を高めてきたのだ。
河野氏と加藤氏。この二人こそ、日本の「デジタル敗戦」の主犯である。
岸田首相がコロナ対策での「デジタル敗戦」を認め、行政のデジタル化への理解を求めるのなら、まずは河野氏と加藤氏を更迭して政治責任を明確にするべきだ。そのうえで、新しい大臣のもとで仕切り直すのが筋だ。
ところが、岸田首相は河野氏と加藤氏に押し切られ、保険証廃止時期の延期案を引っ込める始末である。さらに記者会見では「これまでの進め方に瑕疵があったとは考えていない」と二人を擁護し、8〜9月に予定される内閣改造人事についても「いまの時点では何も考えていない」と言葉を濁した。
これでは二人の反対を押しきってマイナンバー政策を大転換することは不可能だーー国民の多くはそう感じたはずだ。
岸田首相は国民が不安を募らせる「保険証廃止」について決断を先送りし、人事刷新による政策の大転換にも踏み切れそうにない。「聞く力」「歴史的使命」など言葉ばかりが踊るリーダーのもとで、日本社会はますます混迷の度を深めていく。
岸田首相のマイナ保険証をめぐる記者会見について、鮫島タイムスYouTube「5分解説」でも取り上げました。ぜひご覧ください。