2021年10月に就任した岸田文雄首相の在任期間が2月15日で865日となり、宏池会(岸田派)の先輩に当たる鈴木善幸内閣を抜いた。宏池会では初代の池田勇人内閣に続いて歴代2位に躍り出た。
岸田首相は記者団に「能登半島地震への対応や政治の信頼回復、賃上げやデフレ克服、さらには緊迫する国際情勢への対応といった先送りできない課題に全身全霊で取り組む毎日だ」と語ったうえ、「在任期間については何も考えていなかった」と述べた。
これは大ウソだ。
複数の宏池会関係者は、岸田首相が「鈴木善幸超え」を強く意識してきたと証言している。最側近の木原誠二幹事長代理も内閣支持率の低迷が続く中で「2月に鈴木内閣を越えればもう満足だろう」と周辺に明かしていた。
宏池会が誕生した1957年に生まれた岸田首相はブランド志向で、エリートがひしめく宏池会のトップに立ったことを誇りに思ってきた。創始者の池田勇人に続く首相在任期間となり、宏池会史に名を刻んだことは鼻高々に違いない。
だが、「鈴木内閣超え」を機に、もっと野望が膨らんでくる可能性はある。今年9月の自民党総裁選で再選を果たせば、小泉純一郎政権(2001年〜06年)や安倍晋三政権(2012年〜20年)に匹敵する長期政権が見えてくるのだ。
21世紀に入って、衆参国政選挙に勝利したのは小泉政権、安倍政権、そして岸田政権しかない。次の衆院選に勝利して「国政選挙3連勝」を果たせば、長期政権が現実味を増してくる。
問題は、9月の総裁選の前に衆院解散・総選挙に踏み切るのかどうかだ。
その前に、岸田首相の政治遍歴を振り返っておこう。
世襲3代目として1993年に初当選した後、岸田首相は宏池会で決して目立った存在ではなかった。宏池会で将来の首相候補と目されてきたのは4歳下の林芳正氏(現官房長官)だった。
その岸田首相が2012年に古賀誠元幹事長から宏池会会長の座を受け継いだのは、①古賀氏に従順で刃向かいそうにない②2012年に自民党総裁に復帰した安倍氏と当選同期で親しいーーの二つの理由からだ。林氏は安倍氏の地元・山口で長年敵対関係にあり、当時は安倍氏の反対で参院議員から衆院議員への鞍替えを阻まれており、派閥会長に起用しにくかったという事情もあった。
岸田首相は派閥会長に就任した後も林氏にコンプレックスを抱いており、「僕が総理になったら君は官房長官、君が総理になったら僕は官房長官」と伝えていたという。
岸田首相の転機は安倍内閣が退陣した後の2020年総裁選に初めて挑戦し、菅義偉氏に惨敗したことだ。この後、安倍政権で菅氏とナンバー2争いを繰り広げてきた麻生太郎氏に接近することになる。
ところが、麻生氏は古賀氏と地元・福岡で宿敵関係にあった。麻生氏は古賀氏と決別するように迫り、岸田首相はこれを受け入れ、古賀氏を宏池会の名誉会長から退任させたのだ。
これを受けて麻生氏は、菅内閣が退任した後の2021年総裁選に岸田首相を擁立して勝利。岸田政権の生みの親として君臨し、岸田政権は麻生氏の傀儡といえた。
ところが、岸田政権が2年に近づくあたりから、岸田首相は麻生氏からの自立を探り始める。昨年9月の人事では麻生側近の茂木敏充幹事長の交代を画策。土壇場で麻生氏に反対されて断念したものの、その後も麻生氏の反対を振り切って所得税減税を断行し、両者の関係は冷え込んだ。
麻生氏はついに岸田首相に3月退陣を迫り、茂木政権への移行を探り始めた。そこで岸田首相は「宏池会解散」で反撃し、派閥存続にこだわる麻生・茂木両氏を逆に窮地に追いやって3月退陣論を回避したのである。
「宏池会解散」の奇策を岸田首相に入れ知恵したのは古賀氏であると私が分析しているのは、すでに紹介したとおりだ。その古賀氏はこれまで非主流派のドンとして「派閥解消」を唱えてきた菅氏と連携しているのだから、岸田政権の権力基盤を大きく入れ替わったとみていい。
岸田首相は政権発足2年を超え、政権基盤を麻生・茂木両氏から古賀・菅両氏へ移しつつある。これは、今後の政権運営に大きな変化をもたらすだろう。
これまで岸田首相は衆院解散風を繰り返し煽ってきたが、あくまでも党内駆け引きの側面が強く、本気ではなかった。だが、今後はわからない。政権を支えるメンツが入れ替わったのだから、解散戦略も大きく変わる可能性がある。
岸田首相が長期政権を目指すにあたり、最大のハードルは9月の自民党総裁選だ。
岸田首相にとって有利な点は、①派閥解散ドミノで自民党議員の7割が「無派閥」となり、相対的に総裁の政治的立場が強くなった、②派閥解消論の高まりで岸田首相よりも派閥会長にとどまる麻生氏への批判が高まった、③最大のライバルだった茂木氏が派閥解散ドミノで追い込まれ、有力なポスト岸田が不在となったーーの3点である。
③については世論調査の人気トップの石破茂元幹事長の存在が気になるのは事実だが、石破氏擁立を検討している菅氏と「派閥解消」で連携を強化しているのは、石破氏擁立を阻む政略的思惑もあろう。
逆に岸田首相にとって不利な点は、①内閣支持率はなお低迷している、②主流3派体制は崩壊し、安定した権力基盤を失った、③足元の岸田派メンバーも含め、岸田首相ひとりが「いいとこ取り」する派閥解消論に対して不満が募っているーーことだ。
このままでは「岸田おろし」を防いで9月の総裁選まで政権を延命させることはできても、9月の総裁選で過半数の支持を得て再選を果たす道筋は見えてこないのが実情といえるだろう。
そこで浮かぶのが、先手必勝の「総裁選前の解散総選挙」である。総裁選に先駆けて衆院選を断行し、国民の信を取り付けてしまえば、その後の総裁選は事実上の無投票で乗り切れるというわけだ。
タイミングとしては二つある。
ひとつは4月10日の国賓待遇の訪米直後の衆院解散だ。訪米で内閣支持率が上昇すれば、その勢いでただちに解散を断行し、逆風が予想される衆院3補選が予定されている4月28日に投開票日を設定してしまう超短期決戦のシナリオだ。若干日程的に窮屈だが、不可能ではない。敗北濃厚の衆院3補選を吹き飛ばす効果もある。
次は通常国会終盤の5月〜6月の解散だ。
終盤国会最大の焦点は、裏金事件を受けた政治資金規正法改正の与野党協議である。野党は解散総選挙を見据えてハードルをあげてくるのは間違いない。自民党は野党に歩み寄れば政治資金集めが困難となる。さりとて野党と決裂してザル法改正案を強行採決すれば、自民党批判が沸騰するだろう。
そこで浮上するのは、改正論議が本格化する前に解散総選挙を断行してしまう戦略だ。選挙中は「なんでもやります」「検討します」と打ち上げ、選挙が終わった後にザル法改正案を成立させてしまうという姑息な手段である。
もっとも、内閣支持率が20%台以下に低迷していたら、いくら野党が不甲斐なくても解散総選挙を断行することには躊躇があるだろう。総裁選前の解散総選挙を仕掛けられるかどうかは、内閣支持率の動向しだいともいえる。そこで解散できなければ、9月の総裁選で再選を果たすのは険しい道となろう。