岸田文雄首相が3月28日に新年度予算案が成立したことを受け記者会見した。安倍派幹部を処分した後に4月裏金解散に踏み切ることを否定し、6月の国会会期末の解散にも慎重な姿勢をにじませる内容だった。
岸田首相は「解散はいま考えていない」と述べ、「今後、政治資金規正法の改正に本格的に取り組む。今国会中にやる」とも強調した。4月に衆院解散を断行したら国会は停止し、「今国会で法改正」の宣言に反することになる。この発言は4月解散の完全否定とみていい。
法改正後の解散についても「政治への信頼回復、経済再生、賃上げ、先送りできない課題に取り組むに尽きる。それ以外のことは今は考えていない」と強調し、慎重な姿勢を示した。6月の会期末までに法改正が実現したとしても、経済再生や賃上げなど先送りできない課題は山積している。いまの時点でこのような発言をすること自体が6月解散に極めて後ろ向きなメッセージを発したといえるだろう。
岸田首相がこの記者会見で大半の時間を割いたのは、安倍派処分や解散ではなく、「国民への二つの約束」だった。①今年、物価上昇を上回る所得を必ず実現する②来年以降に物価上昇を上回る賃上げを必ず定着させるーー目標を「必ず」という言葉付きで期限付きで掲げたのである。「賃金が上がることが当たり前という意識へ変える」「デフレ脱却の千載一遇のチャンスだ」「6月からは所得税減税を行う」などと威勢の良い言葉を並べ立てた。
安倍派幹部らを処分し、その勢いで政治への信頼回復を掲げて裏金解散に踏み切るのなら、この日の会見では安倍派処分の意義をアピールするはずだ。主要テーマをデフレ克服に入れ替え、今年末や来年以降の目標を打ち出したということは、裏金解散を仕掛ける意思が乏しいことの証左といっていい。
内閣支持率はなお低迷し、自公与党は9月の自民党総裁選前の解散に反対一色である。岸田首相は総裁選前の解散を断行して再選の流れを作るシナリオを練ってきたが、解散したくても踏み切れないと判断したということだろう。そこで解散権を封印し、デフレ克服の旗印を掲げることで総裁再選を狙う方針に転じたのではないか。
つまり、総裁再選戦略は大幅に見直しのである。総裁選前の解散にはこだわらず、自民党内のライバルを潰していく党内闘争によって「ポスト岸田」を不在とし、総裁再選の環境をつくる方針に転じたといえるだろう。
4月解散の見送りを機に、6月解散の可能性もかなり少なくなったとみていいのではないか。
岸田首相は1月以降、トップダウンで岸田派解散を断行し、政倫審にも自ら出席してサプライズを続出。「何をしでかすかわからん」という不安を掻き立て、4月裏金解散をちらつかせることで、求心力を辛うじて維持してきた。
今回の4月解散の見送りで岸田首相への恐怖心は消え失せ、「とても解散できない」との見方が急速に広がるだろう。その結果、岸田首相は舐められ、求心力は一気に低下し、ポスト岸田レースが本格化しそうだ。
しかも4月解散の見送りで4月28日の衆院3補選が予定通り行われることになり、自民3敗の可能性が指摘されている。予想通り3敗となれば「岸田首相では選挙は戦えない」として岸田おろしが再燃することが予測される。
政治資金規正法の改正も政局運営の手足をしばりそうだ。今国会成立を公約したことで、逆に法案審議を自公与党に人質にとられ、6月解散のタイミングを逸する恐れがある。
自民党は抜本改正に慎重だが、野党は改正協議のハードルを上げるのは必至で、与野党協議がまとまる保証はない。法改正に手間取ったり、不十分な法改正にとどまれば、支持率はさらに低下する恐れがあり、6月解散どころではなくなる。
6月解散は4月解散より難しい。岸田首相もそれを見据えて「総裁選前の解散」から「解散権を封印しデフレ克服の旗印による総裁再選」へ舵を切った可能性が高い。
これはイバラの道だ。なぜなら、9月の総裁選時点で、衆院任期は残り一年。参院選も来年夏に予定されている。つまりこの総裁選は「選挙の顔」を選ぶ戦いとなり、内閣支持率が低迷している限り、岸田首相の勝ち目は薄いからだ。
解散したくても、できなかった。それが真相だろう。内閣支持率が回復しなければ、9月の総裁選不出馬に追い込まれる可能性が高い。
岸田首相は石破茂元幹事長や上川陽子外相らポスト岸田候補が出馬できないように麻生太郎副総裁や菅義偉前首相ら重鎮との駆け引きを通じて主導権を握るつもりだろうが、解散カードを手放すと求心力が大きく低下するのは疑いなく、先行きはますます不透明になってきた。
岸田首相が打ち上げた「二つの約束」の期限は、いずれも9月の総裁選後だ。「今年中に物価上昇を上回る所得」が実現したのかどうか、総裁選時点では検証しようがない。
内閣支持率が回復して出馬にこぎつけることができれば、これを公約に総裁選を戦うつもりなのだろう。逆に内閣支持率が回復せず不出馬に追い込まれた時は「二つの約束」を後継者に託すと言うに違いない。
どちらに転んでも、総裁選時点で「二つの約束」はまだ実行過程にあるというのは、いささか不誠実な約束というほかない。
安倍派を悪者に仕立てて4月や6月に総選挙に挑む「裏金解散」の筋書きが困難になったことを受けて、新たな旗印をとして掲げた「今年中に物価上昇を上回る所得」と「来年以降に物価上昇を上回る賃上げ」を必ず実現させるという公約は、総裁選日程を重視した政局的意味合いが濃いものであることは間違いない。
岸田首相が総裁選不出馬に追いまれて退陣しても、総裁再選を果たしても、総裁選が終われば「二つの約束」は棚上げされてしまう恐れがかなりあると私は思っている。